4. 自分を信じるな!
悪霊との戦いから一夜明け、時男と雛は他の隊外構成員と共に帝霧館のテニスコートにいた。
隊員の一人から、戦闘指導を受けられることになったのである。
「指導してくれる人、イズミさんだといいなあ」
「何言ってんのよ。隊員の人に指導してもらえるなんて滅多にないのよ。誰でもいいじゃない」
「いや、イズミさんがいいっ」
時男が口を尖らせて、雛に言い張る。
「大体あんた、イズミさんと話したことあんのっ?」
「それは……ない。近くに行くと緊張しちゃってよ~。でも、目が合ったことがある……気がする。へへっ」
――ポッ――
「恋する乙女かっ! 顔赤くすんなっ!」
雛は、赤くなった時男の頬を思い切りつねった。
「いたたたっ! 何すんだよっ!」
「そろそろ目を覚ませっ。あんたはイズミさんにはなれんっ。自分を信じるな!!」
「なんてこと言うんだ、おめーはっ。俺が信じなくて誰が俺を信じんだよっ。俺だけは俺を信じてやるんだっ。俺は絶対にこっから成り上がる!」
時男と雛の長い問答が始まる。
そんなことをしていると、隊外構成員の一人が時男に話しかけてきた。
「中級レベルの悪霊を倒したというのは、君か?」
「ん?」
質問してきたのは長髪の男で、話し方がどこか気取っている。
「昨晩の話らしいんだが、そんな噂を聞いてな」
「ああ~っ。戦ったのは確かだけど……」
「やっぱりそうかっ! すごいじゃないかっ!」
「いや……でも倒したのは赤……」
「弱そうな奴だと思ってたが、見直したぞ!!」
――ガッ――
男は時男の話を最後まで聞かずに、時男の肩に片手を置いた。
「俺は響斗。新海響斗だ。よろしくな」
「お、おお。俺は時男だ」
響斗という男の勢いに押され、時男もそのまま自分の名を告げる。
結局、悪霊の話はしどろもどろになった。雛も説明が面倒くさかったらしく、本当のことを話す気配がない。
「君は、確か雛さんだったか? 君の名前は知っていたよ。訓練では、いつも素晴らしい結果を残していたからな」
「ふーん、それは光栄ですな。アタシより優秀な響斗くん」
その雛の言葉に、響斗は一瞬目を丸くした。
「……そうか。そっちも俺を知っていたようだな。ふっ。俺のことは響斗って呼んでくれていい。良いライバルになれそうだ」
「じゃあ、アタシのことは雛でいいわよ。よろしくね」
――ガシッ――
雛と響斗が、お互いを見据えながら力強く握手をする。
(いや……俺も……ここにいるんすけど……)
完全に蚊帳の外の時男は、すねた目で恨めしそうに二人を見ていた。
――フォォォォン……――
二人が握手をしていると、響斗の背後に守護霊らしき女武者が現れる。
『おい小娘、アタシがいる限り、お前が響斗に勝つことなんてねーんだよ』
――チャキッ――
女武者は、出てくるや否や、持っていた槍の穂先を雛に向けた。
「なっ、なに、この攻撃的な守護霊っ」
雛が握手していた手を離し、一歩後ずさる。
「こらこら巴、ダメじゃないか仲間を威嚇したら」
響斗は焦る様子も見せずに、ゆっくりフォローに入った。
「すまないな、二人とも。きっと俺が雛の手を握ったから、嫉妬してしまったんだ」
『はあっ!? してねーしっ!』
巴と呼ばれた守護霊が即座に否定するが、響斗は気にせず話し続ける。
「改めて二人に紹介するよ。恋人の巴だ」
『ちょっ、恋人でもねーしっ!』
「もう照れ屋さんで困っちゃうよ。ははははっ」
『照れてもねーわ!! いつまで勘違いしてんだ、てめーはっっ!』
隣で巴が否定しまくるが、響斗は笑顔が絶えなかった。
「いや……あの……響斗……その人……普通に守護霊だよな?」
「恋人だ」
時男が戸惑いながら確認するが、響斗の答えは変わらない。
「だって……どう見ても……」
「恋! 人! だ!」
響斗は、目を血走らせて威圧しながら答えた。
「お……おお。じゃ……恋人……ということで」
「いいのかよ、それでっっ!?」
雛が声を上げるが、時男は響斗の圧に負け、反論を諦める。
「俺は巴に会った瞬間、運命の相手だと感じたのさ」
「へ……へえ……」
「だから、巴が傷つかないように強い霊能者になろうと決意したんだ。ふっ、愛ってやつかな。俺は、絶対に強くなるっ」
「っ……!」
この響斗の言葉に雛は眉をひそめたが、時男のほうはハッとした。
昨夜の赤星の言葉が脳裏に蘇る。
「想いだけが、魂力を上げるんだよ」
時男は、ここにきてその意味が少し分かったような気がした。
(そうか……。相手が霊体でも、それがバカみたいな恋愛でも、こいつが巴さんを強く想ってることに変わりない。だから、こいつは強いんだな……)
時男が考えていると、響斗が「んっ、そろそろ指導の時間か」と腕時計を見る。
「じゃ、あとでな。話せてよかったよ」
そう言うと、隊外構成員たちが集まるほうへ歩き始めた。
――スルッ――
歩きながら巴の肩に手を回そうとするが、体をすり抜けてしまう。
『霊体なんだから、触れねえって。何度言ったら分かるんだ、お前はっ?』
「いいじゃないか。気分だけでも、さっ」
『ったく』
ずっと否定していたが、巴も響斗の気持ちに対して満更でもない様子だった。
「あいつ……あんたと同じくらい気色悪いわ。あれを一瞬でもライバルだと思った自分が恥ずかしい……」
響斗の後ろ姿を見ながら、雛がまた眉をひそめる。
「……まっ、いーんでねーの。少なくとも綺麗な守護霊で、俺は羨ましいよ」
雛と違い、時男は嫌悪感を見せることはなかった。頭の後ろで手を組みながら、微笑んでいる。
「あれのどこが綺麗なのよ~。なんか野獣って感じじゃなーい」
「そっか?」
「そうよ。本当に綺麗っていうのはね……あっ、そうそうっ、まさにあの人のことを言うのよっ!」
雛は話しながら、こちらに向かってくる女性に気づき、密かに彼女を指差した。
時男が目を向けると、黒スーツを着た女性が颯爽とこちらに歩いてくる。
「うおっ、なんだあの超絶美人は!?」
目を丸くする時男に対し、雛は「あんた、まだ会ったことなかったのーっ?」と驚きながら彼女の名を告げた。
「あれは二番隊の紅一点、神咲桜さんよっ」




