2. 一揆!
「んん……あれ……今何時だ?」
訓練の後、時男は疲れ果てて、自室で眠ってしまっていた。
目を覚ますと、雛との約束時間を過ぎてしまっている。
「やべっ!!」
時計を見るや否や、すぐに部屋を飛び出した。
約束の公園まで全速力で走る。
「ふひ~~~~っ」
結局、三十分の遅刻となった。
「あ~っ、しんど~~~~っ。何か普段よりしんどく感じるぞ。クラクラする。寝起きでいきなり走ったからか?」
汗ばみながら周りを見渡しても、雛の姿は見えない。
「あいつ、怒って帰っちゃったのか? それとも先に一人で……」
――ドゴォォォォンッ!――
その時、公園の中から衝突音が聞こえてきた。
「雛か!?」
急ぎ、音が聞こえてきた方向に走り出す。
「っ!!」
公園の広場まで行くと、雛と蘭丸が倒れていた。
雛たちの前には、ホームレスらしき男が立っている。直立しているが、白目をむいており、完全に意識を失っていた。
男の背後には、旧日本兵と思われる悪霊が、どす黒い空気を発しながら浮遊している。時男から見て、この悪霊が男に憑依しているのは明らかであった。
『残念だったな、女。いい守護霊を持っているようだが、お前が未熟すぎて本来の力を出せていないようだ』
話しながら、悪霊が蘭丸に拳銃を向ける。
霊は人間に触れることができないため、咒文を使わない限り、人間には危害を加えられない。この悪霊は咒文が使えないらしく、蘭丸だけを狙った。
「雛っ、まずいっ」
守護霊と宿主は感覚を共有しているので、守護霊を消滅させれば、宿主も相応の衝撃を受ける。時には衝撃が大きすぎて、精神に支障をきたすこともある。それをMISTで教えられていた時男は、一瞬にして血の気が引いた。
「茂左衛門っ、出てこいっ!」
戦いに備えて、即座に茂左衛門を呼ぶ。
――フォォォォン――
『うぃ~っく、呼んだか?』
すぐに茂左衛門が現れたが、残念ながら、とっくり片手に酔っ払っていた。
「お前っ、また酔ってんのかっ!? さっきから俺がクラクラしてたのは、感覚共有のせいだったのかよっ! 何でこんなときまで酔っ払ってんだ!!」
『へっ、バカヤロー。悪霊と戦うなんて、酔わなきゃやってらんねえだろ』
「酔ったらもっと戦えねえだろ!!」
『……っ』
時男の言葉に、茂左衛門の動きが止まる。
『ふっ。甘いな、時男は』
そのまま、悟ったような笑みを見せた。
『お前さん、酔拳って知ってるかい?』
時男に訊きながら、茂左衛門の顔に凛々しさが宿る。目つきも微かに鋭くなっていた。
「……酔拳って、酔えば酔うほど強くなるってあれかっ? お前、まさか!!」
『まあ、見てなさいや』
茂左衛門が、ふらふらしながら悪霊に向かって歩いていく。
その背中は、いつもの頼りない背中とは違っていた。
(……なっ、なんか、あいつの背中がいつもよりでっかく見えるっ)
『さてさて、そろそろ本気を出すか』
茂左衛門が、ゆっくり肩を回し始める。
(そうかっ。そういうことだったのかっ。俺だけ百姓の守護霊なんて、おかしいと思ったぜっ。あいつは酔拳の使い手だったのか。本当は強いんじゃねーかよ!)
時男は、期待と感動の眼差しを初めて茂左衛門に向けた。
――ボゴォーーーンッ!――
その瞬間、茂左衛門が悪霊に殴られ、呆気なくふっ飛んでいく。
『ほげえ~~~~っ!!』
「ぐわぁ~~~~っ!!」
感覚を共有する時男も、顔を押さえながら倒れ込んだ。
「アホかーーっ!! 数秒でもお前を信じた自分に腹が立つわーーっ!!」
蹲りながら、茂左衛門に向かって叫ぶ。
そこに悪霊が、ホームレスの男から離れて向かってきた。
『こっちは、えらい貧弱な奴らだな』
「茂左衛門っ、戻れ! 俺たちの魂帯が斬られたら、何もかも終わっちまう!」
魂帯とは、守護霊と宿主を繋ぐ紐帯である。簡単に言えば霊的な太糸であり、これが切れると二人の契りが失われる。つまり宿主と守護霊の関係ではなくなるのだ。
これは悪霊とそれに憑依された者の関係にも当てはまり、先ほど時男が悪霊の憑依を見抜けたのは、悪霊とホームレスがこの魂帯で繋がっていたからである。
『こりゃ、いかんっ!!』
茂左衛門が大急ぎで戻り、悪霊の前で鍬を構える。今度こそ、本当に真剣な表情を見せた。
しかし悪霊からすると、滑稽にしか見えない。
『ふっ、ふははははははっ! 百姓が軍人に戦いを挑むのか? これは面白い!』
――バキューーーーンッ!!――
いきなり悪霊は、拳銃で茂左衛門の太ももを撃ち抜いた。
『ぬあぁぁぁぁっっ!!』
「ぐあぁぁぁぁっっ!!」
茂左衛門が時男と共に叫びをあげ、時男の横で両ひざをついてしまう。
結果的に二人が蹲ることとなった。
(はあっはあっ。くっ、逃げて時男っ。そいつは下級の悪霊とは違うわっ。理性があるところを見ると、中級以上の悪霊よっ)
倒れている雛が顔だけ上げ、苦しそうな表情で時男を見据える。
『まったく。そもそも百姓が、祖国の軍人に手を上げるとは何事かーーっ!!』
――ドゴォンッッ!――
悪霊は、今度は怒りの形相で茂左衛門を殴りつけた。
そこから、制裁とばかりに悪霊の暴行が始まる。
――ボガッ! ドゴッ! ゴガッ!!――
拳銃や腰に差している軍刀は使わず、だだ拳で殴り続けた。
(ぐうぅぅぅっ、痛え。めちゃくちゃ痛え)
殴られる痛みは、時男にも生々しく伝わってくる。
『指導だあ! 指導! 指導っ!』
その痛みは、理不尽な言葉が叫ばれるたびに襲ってきた。
(くそっ……。やっぱり俺は、ここでもダメなのかよっ。せっかくニートから抜け出せて、目標もできたっていうのに!)
拳だけでなく、自己嫌悪も時男を襲ってくる。
『死刑! 死刑! 死刑っ!』
痛みよりも何よりも、悔しさから時男の目に涙が浮かんだ。
(おいっ、時男っ)
その時、茂左衛門が念話で話しかけてくる。念話とは、魂帯を介した会話術であり、これにより宿主と守護霊は言葉なく意思疎通がとれる。
(ぐっ、なんだよっ?)
(お前には隠してたが、俺には俺なりのとっておきがあるっ)
(なっ、嘘言うなっ! もう騙されねえっ)
(こんなときまで嘘言うわけねえだろっ。だが、これを使えるのは一回こっきりだぞ。一発すげーのが放てるが、そのあとは魂力を使いきって俺もお前もほとんど動けなくなるっ。間違いなく逃げられなくなるぞ。それでもいいかっ?)
「いいも何もねえだろっ! 本当にできるなら、とっととやりやがれーーーーっ!!」
時男は、最後の言葉だけは、念話でなく声に出した。
『おおよっ!!』
――ダッ!――
茂左衛門が後方に跳び退りながら咒文を唱える。
着地すると、すぐに咒文を発動した。
『走れ言霊、唯独一揆!!』
――ググググググググッ……――
「うおっ、何かすげえっ!!」
すぐさま時男が驚きの声を上げる。
なんと茂左衛門の体が、巨大化を始めたのである。




