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1. 成り上がってやる!

「あなた、霊(れい)能(のう)者(しゃ)ですね」


――ビクッ――


 高校を中退した寿(ことぶき)時(とき)男(お)は、街をぶらついている時に、喪(も)服(ふく)姿(すがた)の男にいきなり話しかけられた。


「突然、何すかっ!? 俺、全くそんなんじゃないけど……」


 聞けば、男はMIST(ミスト)という特(とく)異(い)事(じ)件(けん)対(たい)策(さく)組(そ)織(しき)の者だという。


「あなた、あそこに立っている女子高生をさっき見てましたよね?」


「いやあ、まあ、カワイイなあって思ったから。俺、ああいう娘(こ)が好みなん……」


「あれ、人間じゃなく霊です」


「ええぇっ!?」


 この歳(とし)になるまで気づいていなかったが、どうやら時男は霊能者だったらしい。


「MISTに入って、その能力を世の中のために使いませんか? 内(ない)閣(かく)官(かん)房(ぼう)直(ちょっ)轄(かつ)の組織なので、お給料も安定してますよ」


「マジですかっ!」


 ニートだった時男は、このスカウトによって簡単に就職先が決まった。


「おー、ここがMISTかーっ!」


 初出勤の日、MIST本部である帝(てい)霧(ぶ)館(かん)の前で、喪服姿の時男が胸をときめかせる。

 MISTには東日本全域から霊能者が集められており、組織に入ると、降(こう)霊(れい)の儀式によって守(しゅ)護(ご)霊(れい)が与えられるということだった。

 MISTが扱う特異事件では、悪(あく)霊(りょう)などの霊体、つまり人間が手出しできない存在を相手にすることが多いため、守護霊の力を借りるのだ。

 こうして守護霊の宿主(やどぬし)になると、守護霊から力を供給されることによって、自身の身体能力も大幅に向上する。この力を以(も)って、守護霊と共に特異事件の解決にあたるのである。


「うおぉぉぉっ、俺にはどんな霊体が守護霊になってくれんのかなーっ!」


 降霊の儀式を行いながら、時男の胸が高鳴る。霊界から霊体を呼び出しているMISTの古株、禅(ぜん)尚(しょう)節(せつ)子(こ)を見つめながら目を輝かせた。

 与えられる守護霊は、大抵は武士などの屈強な霊体である。時男もそれを期待していた。

 しかし、現実は異なる。


――フオォォォォンッ……――


『うい~、ひっく。おう、おめーが俺の宿主か?』


「……ど……どちらさま……?」


『俺は百(ひゃく)姓(しょう)やってる茂(も)左(ざ)衛(え)門(もん)だぁ。よろしくなぁ』


 なんと時男のために降りてきた霊体は、酒飲みの百姓だった。


「ちょっ、なんで俺だけこうなんだよ!! 刀じゃなく鍬(くわ)持ってんじゃん!! しかも、ちょっと酔っ払ってないですか~~!?」


 それから、時男と茂左衛門の共同生活が始まる。

 帝霧館に寝泊まりしながら、敷地内にある六面のテニスコートで毎日訓練を行った。

 帝霧館は表向きはホテルであるため、訓練場所も表向きはテニスコートなのである。


「いけえーっ、茂左衛門! 咒(じゅ)文(もん)だ! 咒文をぶちかませえー!」


『は……走れ言霊(ことだま)! 鬼火球投!』


 同僚である南(みな)瀬(せ)雛(ひな)との模擬戦において、時男の命令で茂左衛門が咒文を発動する。


――ボッ、フヨフヨフヨ……――


 すると飴玉(あめだま)ほどの小さな火の玉が、雛に向かってゆっくり飛んでいった。


――パシンッ――


 彼女の守護霊、武士の蘭(らん)丸(まる)が片手で簡単に弾(はじ)き飛ばす。


「なんなんだ今のボロい咒文はぁぁぁぁっ!? 線(せん)香(こう)にでも火をつけるのかっ!? お盆かなあっ!? もっとすごいの出せやぁっ!!」


 時男は、模擬戦の途中だということも忘れ、茂左衛門を叱(しか)りつけた。


「んなこと言ったって、俺はただの百姓だぞっ! いくら霊体になったって、そんなすげー咒文が使えるわけねーだろぉ!」


 二人の口(くち)喧(げん)嘩(か)が始まる。


「まあまあ。二人ともやめなさいよ。だいたいすごい咒文なんて、隊員の守護霊さんたちでもなきゃできないってば」


 雛が、ぱっつん前髪を手ぐしで整えながら、呆(あき)れ顔で仲(ちゅう)裁(さい)に入った。

 MISTには、優秀な霊能者だけで構成された“隊”というものがある。一番隊から三番隊まであるのだが、時男も雛もまだ隊員にはなれずにいた。

 したがって二人の立場は、未(いま)だMISTの隊(たい)外(がい)構(こう)成(せい)員(いん)なのである。


「できなくねえよっ。同じ守護霊なんだから頑張ればできるって。そんで俺は、いつかイズミさんみたいになるんだ!」


 イズミとは、三番隊で活躍する霊能者、花(か)風(ふう)イズミである。

 このイズミと別隊員との壮絶な模擬戦を見て以来、時男はイズミに心(しん)酔(すい)し始めた。


「それこそ無理に決まってるでしょ。イズミさんって、MISTに入っていきなり隊員になった天才よ。そこからたった半年で、エースとまで呼ばれるようになったんだから」


「そんなん知ってるよっ。だから俺もそうなるんだっ。ああいう風に猛スピードで出世(しゅっせ)すんぞっ」


「……出世ってねえ。そもそもイズミさんの守護霊って、あの大(だい)英(えい)霊(れい)よ。英霊の中で最も神(しん)霊(れい)に近い存在なのよ。それに比べて、あなたの守護霊はただのお百姓さんでしょっ。あんなふうになれるわけないじゃないの」


 雛が顔の前で手をひらひらと揺(ゆ)らし、時男の言葉を否定する。


「いや、俺はなるっ。こいつと一緒に今までの落ちこぼれ人生を終わりにして、悪霊との戦いで、守護霊バトルで、ニートから昇りつめるんだっ」


「はぁ?」


「ここからだ! ここから頂点まで成り上がってやる!」


 時男は拳を掲(かか)げ、意味もなく遠い目をした。


「……でかい口を叩くこと。バトルって、小学生か? もうバカはほっといて行こう、蘭丸」


「なっ、なんだよ!? 模擬戦は!?」


「分かりやすく言います。あんたは魂(こん)力(りょく)が低すぎて相手になりません。あんたと戦うぐらいなら、ウチの九歳の弟と戦ってたほうがマシです」


 魂力とは、文字どおり魂の力であり、霊能者の強さの指(し)標(ひょう)でもある。

 雛は対外構成員の中でも魂力が高いほうだったが、時男の魂力は並(なみ)外(はず)れて低かった。


「そんな~。お前以外、誰も相手にしてくれね~のに~~」


 雛が歩きだすと、時男ががっくりと肩を落とす。


「弟か……」


 そのまま何かを思い出したのか、伏(ふ)し目がちに呟(つぶや)いた。


(まったく時男のアホは……ん?)


 呆れてテニスコートから出ていこうとしたが、時男のもの寂(さび)しげな表情に雛が気づく。


(あんなにシュンとするの、珍しいわね。そんなに傷つくようなこと言ったかしら?)


 冷たくあしらったものの、後ろ髪を引かれて足を止めた。

 少し考えてから、思い出したように時男に声をかける。


「ああ、そういえば昨日、近くの公園で怪しいホームレスを見かけたのよね」


「怪しいホームレス?」


「あれ、多分、霊に憑(ひょう)依(い)されてるんじゃないかなあ。今夜もう一度行ってみようと思うんだけど、あんたも行く?」


「いっ、行く行く行く行く! 功績(こうせき)上げるチャンスじゃん! 悪霊だったらぶっ飛ばす!」


「いや、悪霊でもピンキリだからね。強いのならすぐ逃げるわよ。だいたい対外構成員が勝手にそんなことしたら、怒られるのは目に見えてるんだから」


「絶対勝ーーーーっっつ! そんで認めてもらって、隊員になーーーーるっ!」


 興奮した時男は、雛の言葉に耳を傾けず、また拳を掲げた。


「はあっ。悪霊と戦ったこともないくせに、何を言ってるんだか……」


 雛がため息をつき、呆れたように首を左右に振る。


「まあ、いいわ。じゃ、十時に公園の入り口で待ち合わせね」


 捨て台詞(ぜりふ)のようにそう言うと、そのままテニスコートから出ていった。


「茂左衛門、チャンスだぞ! 悪霊とバトルして勝つぜ!!」


 時男が話しながら、茂左衛門のほうに振り返る。


――シ~~~~~ン……――


 すると、さっきまでそこにいたはずの茂左衛門がいない。


――ソロ~リ、ソロ~リ……――


 茂左衛門は静かにその場を離れ、すでにだいぶ遠くに逃げていた。


「こらあっ、守護霊が宿主から離れんな!!」


『あ……いや……ちょっと厠(かわや)になあ』


「霊体はトイレに行く必要ねーだろ!」


『お……おおっ、そうだったな~~~~。生きてる時の癖(くせ)かなぁ~~~~』


 茂左衛門がわざとらしい笑顔を見せる。


「とにかく、今日は悪霊とバトルだぞ!」


『やっぱり悪霊と……バトル……するのか?』


「ああ、そうだっ」


『バトル?』


「バ・ト・ル!」


『い、いや~都会の言葉はよく分からんでごんす……あっ……ごわす……いや……ござる。というわけでまた今度っ』


「嘘つけーーーーっ! お前、自分の出身地も定まってねえじゃねえか!!」


『分からんもんはできんので、さよならずら……だす』


――ピュウッ――


 茂左衛門は、守護霊の住処(すみか)、言い換えると時男の体内に戻ってしまった。


「こら勝手に体の中に戻んな、てめえ~~~~っ! 出てこいやっ!!」


『だって悪霊とか怖いじゃんっ!』


「お前も同じ霊だろうが、ボケぇぇぇぇ!」


 ここから茂左衛門を呼び戻すのに、時男は一時間以上もかかったという。


お読みいただきありがとうございます。

時男の憧れ、花風イズミが活躍する「守護霊の王」も、ぜひご一読ください。

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