19. もう酒飲んで寝てえ
「ふっ。霊能者を強くするのは想いだと聞いていたが、どうやら本当らしい。いいね、想いなら俺も負けていないっ。遠慮しないぞ、時男!」
「上等だ、響斗! 来いやぁっ!!」
――ダッ! ダッ!――
時男の言葉を皮切りに、二人が互いに向かって跳ぶ。
――フォンッ! フォンッ!――
同時に、茂左衛門と巴がそれぞれの宿主の背後に戻った。
守護霊と二位一体の動きをしながら、時男と響斗が拳を構える。
「うぉぉぉぉっ!」
「おりゃぁぁぁっ!!」
――ドゴォォォォーン!――
スピードを落とさないまま、二人はクロスカウンターでぶつかった。
「ぬうぅぅぅっ」
「んぎぎぎっ」
二人とも、相手の拳が顔にめり込んだ状態で睨みをきかせる。
「うらあっ!」
「せやあっ!」
――ドゴォォォォンッ!――
そこからは意地と意地のぶつかり合いとなった。
防御を捨てた殴り合いが、他の隊外構成員の前で繰り広げられていく。
『ふっ。たまにはっ、こういう戦いもっ、悪くないなっ! アタシはっ、好きだね』
『けっ。俺はっ、痛くてっ、嫌だぜっ。語った後にっ、殴り合うとかっ、青春かよっ!』
巴と茂左衛門も、宿主とともに武器を使うことなく殴り合った。
――ドゴンッ、ドゴッ、ドゴンッ!――
時男も響斗も一歩も引かなかったが、やがて少しづつ差が出始める。
両者を分けたのは、やはり魂力だった。
――スッ、ドゴォォォォンッ!――
動きが鈍くなった時男の拳を躱し、響斗が重いカウンターパンチをいれる。
同じ拳の打ち合いでも、魂力を上手く纏えている響斗はダメージの蓄積が少なく、まだ動きにキレがあったのだ。
「ぐはっ!」
『うぬあっ!』
同じく巴にカウンターパンチをくらった茂左衛門も、時男と共にふっ飛ぶ。
――ガシャアンッ!――
そのままテニスコートを囲む金網に衝突した。
意識を失うことはなかったが、体中が軋むように痛む。
「痛って……。やっぱあいつ、防御力高いわ……」
『うぐっ。こりゃ、きっついなあ。う〜もう酒飲んで寝てえ』
「しっかし、どうすっか。このままじゃ、ジリ貧だぜっ」
『ちっ。要するにだ、アイツの防御力が問題なんだろ? だったら……』
二人は響斗たちに警戒しながら、密かに念話で作戦を立てた。
「マジかよ!?」
『テッペン取りてえんなら、やってみやがれっ!』
「……わっーたよっ! やってやらあ!」
念話が終わると、二人して気炎万丈に立ち上がる。
「やっと起き上がったか。だが、そろそろ終わりにしよう、時男。いや、弱小霊能者」
「言い直すなっつーのっ。その弱小霊能者に、お前は今日負けるんだよ、響斗」
「悪いな、俺に二番は似合わないんだ」
「ふんっ、最高の一撃で頂上から叩き落としてやんよ」
響斗と時男が舌戦を始める中、巴が茂左衛門に目を向けると、茂左衛門はどこからか酒入りのひょうたんを取り出した。
『へっ、景気づけだっ』
――ガブッ、ガブッ、ガブッ――
高く掲げたひょうたんから、浴びるように口に酒を入れる。
『こんな時にまで酒とはな……』
呟きながら、巴は軽蔑の眼差しを向けた。
――ニヤリッ――
茂左衛門が、そんな巴に不敵な笑みを向ける。酒が出尽くすと、威圧するようにひょうたんを投げ捨てた。
「茂左衛門、やるぜぇぇぇ!」
――フォォォォッッ!――
掛け声とともに、時男と茂左衛門が同時に拳に魂力を込めだす。
「正真正銘、最後の一撃のようだな。じゃあ巴、こちらもっ」
――フォォォォッッ!――
響斗と巴も、同じように拳に魂力を込めた。
「行くぞぉぉぉっ、響斗!!」
「来い!!」
――ダダッッ!!――
時男と茂左衛門が先手を取って飛び出す。
その突進は、まさに特攻という言葉が相応しいものだった。
(時男の奴、またクロスカウンターでもするつもりか? だとしたら今度は、魂力が多く残っている俺が有利だ!)
時男の動きを冷静に見ながら、響斗がクロスカウンターに備える。
「うぉぉぉっ!」
「やはりそうかっ!」
ここで響斗は確信を持った。
――ザザーーーーッ!!――
しかし突然、時男が急ブレーキをかける。
「なっ!」
目の前まで迫り来たのは、茂左衛門だけだった。
その瞬間、茂左衛門が口から何かを霧状にして吹き出す。
――ブシュゥゥゥゥゥッッッ!!――
「酒しぶきだとっ!?」
『ぐっ、目がっ!』
なんと茂左衛門は密かに酒を口に含ませており、それを巴の顔に向かって吹き出したのだ。
酒が目に染み、巴の視界が奪われる。
「くっ」
感覚を共有する響斗も、痛みで思わず目を閉じてしまった。
「もらったぁぁーーーーっ!!」
一瞬の暗闇の中、背後から時男の声が聞こえる。
「しまっ……!!!!」
振り向いた時には、すでに遅かった。
裏を取った時男が、両方の手のひらを合わせ、人差し指だけを突き出す。
「必殺、超カンチョーーーーッッッッ!!!!」
――ズボォォォーーッッ!!――
響斗の無防備な尻に、時男の指が深く突き刺さった。
「ふごおぉぉぉぉっっっ!!!!」
予想外の攻撃に、この世のものとは思えぬ不条理な叫び声が響斗の口から上がる。
『ぎゃあぁぁ〜〜〜〜っ!!!!』
感覚を共有する巴も、泣け叫ぶ女の子のような叫び声を上げた。
「ふっ。さすがに、ここまでは魂力を纏えてなかったようだな」
ドヤ顔でそう言いながら、時男が指を抜く。
「まさ……か……カン……チョー……とは……そんな……アホ……な……」
――ドタッ――
響斗は白目を剝いて、両手で尻を押さえながら倒れた。
『貴様ら……乙女の……尻に……。こんな……侮辱……初めて……だ……』
――フォォォンッ……――
巴も自身の尻を押さえながら、響斗の体の中に戻っていく。
「ふふ〜ん。誰が弱小霊能者だって、響斗くん?」
――ムギュッ――
巴が消え去ると、時男は倒れている響斗を片足で踏みつけ、両腕を上げた。
「うおっしゃ〜〜っ、勝ったあぁーーっ!! チャンピオーンっーー!!」
『うまくいったなーっ、時男っ。わははははっ!』
時男が喜びを爆発させると、茂左衛門も後に続く。
「ははははっ! みんな見たかーっ! 俺が隊外構成員の中で最強だーっ!」
『そうだぜーっ! 俺たちがナンバーワンだーっ!』
「これからは弱小霊能者なんて言わっ………………ん? あれ?」
周囲に目を向けると、笑顔の時男たちとは対照的に、皆は冷ややかな視線を向けていた。
「……いくらなんでも、あれは、ちょっとな……」
「人には、やっちゃいけないことってあるわよね……」
予想外の反応に、時男が「えっ……」と戸惑う。
「ああなるぐらいなら、俺、最強じゃなくてもいいよ……」
「そうだな……失うものが多すぎる……」
「もう……部屋に戻りましょ……」
雛以外の構成員たちは、興醒めして足早に部屋に戻っていった。
「なっ、なんだよ、みんなーっ! 雛っ、俺勝ったよなっ!? 最強だよなっ!?」
唯一残っている雛に、時男が問いかける。
「……えっと……すいません。どちらさまでしたっけ……」
――タッタッタッタッ――
雛は返答に困った様子で、逃げるように去っていった。
――ヒュ〜〜〜〜ッ――
追い打ちのごとく、冷たい風が時男に吹きつける。
「な……な……なんだよーっ! 俺は何を失ったんだーーっ!」
その後、時男の望みどおり、誰も時男を弱小霊能者と呼ばなくなった。
ただ、誰も彼に近づかなくなったという。
『ほっほっほ。実にブサイクな戦い方でしたなあ、坊っちゃん』
叫ぶ時男を遠目で見ながら、烏帽子をかぶった霊体が、三番隊の巫月に話しかける。
「そうだね。でも相手の弱点に気づいた洞察力、迷わずそこを突く実行力、そしてそれを可能にした度胸と瞬発力は大したものだよ」
『彼は、坊っちゃんが敬服するイズミさんとは正反対だと思いますが。なかなかに評価が高いですなあ。まあ、かくいう私も、ああいう男は嫌いじゃありませんが』
「これからきっと、僕たちの戦いはどんどん大きくなっていくよ。そんなときに、どんなことをしてでも勝つって気持ちがないと、きっと負けてしまうでしょ」
『彼は、その点において合格だと』
「そうだね。彼はいつか、MISTにとってなくてはならない存在になるかもよ」
『ほっほっ。それは楽しみです』
「そうだね。本当に、楽しみだ」
そう独り言のように言うと、巫月は立ったまま頬杖をつき、時男を見つめながら微笑んだ。




