18. 底は何なんだっ?
「うーん、やっぱ無理かあ。ちょっと期待したんだけどなあ。凡人でも、才能ある奴に勝てるかもって……」
「でも、よく頑張ったわよね」
観戦していた隊外構成員の男と女が呟く。
テニスコートには、時男たちの敗北を予感させる空気が、うっすらと流れていた。
それというのも、腹部に重い一撃を食らってから、時男たちの劣勢が顕著になっていたからである。
かろうじて立ってはいるが、響斗たちの攻撃を全く躱せていない。
「いやいや、待って。こういう会話って、逆転勝利のフラグじゃない?」
雛だけは、ほとんどの構成員が勝敗を確信する中で、見極めがつかずにいた。
フラグがどうこうというのは建前で、響斗と同じく、雛もまた時男と茂左衛門に可能性を感じる一人だったのである。
――ドゴォンッ!――
そんな雛が見据える中、響斗の下段蹴りが時男のバランスを崩す。
「ふぬぅっ!」
それでも時男は踏ん張り、転倒するのを何とか堪えた。
『ちっ、どっちも諦めが悪いねえ』
片膝をついてしまっている茂左衛門の前で、巴が舌打ちをする。
ここで響斗のほうが動きを止め、時男に話しかけた。
「……時男、前から思ってたんだが、お前のその妙な根性はいったい何なんだ?」
「あ?」
「不思議なんだよ。百姓の守護霊が憑いた時点で、多くは望めない。しかし、お前はずっと成り上がると言い続けている」
「あー、そのことかー」
話しかけられたことで、時男も戦いの構えを一旦解く。
「実際、隊外構成員の中で一、二を争う俺とここまで戦えるようになった。不思議に思うのは当然だろ? なんでそこまで折れずにいられるんだ?」
「ん~、そりゃやっぱ後悔だろうな〜」
「後悔?」
「ああ。なんかさあ、知らない間に中途半端が癖になっちまってよ。気がつけば高校を中退までしちまって。このまま人生ダメになんのかなーなんて思ってたら、MISTの人に声をかけられたもんだから嬉しくて」
「それで、今度こそはと頑張っていると?」
「まあ、表面的にはそんな感じじゃん」
「表面的って、じゃあ底は何なんだっ?」
響斗は真剣な眼差しを向け、少し声を張った。
それによって、響斗が真摯に聞こうとしているのだと、時男も理解する。
それが戦いという特別な状況下だったからなのか、それとも相手が響斗だったからなのかは分からないが、誰にも話したことがない事実が時男の口から漏れた。
「……俺さ、一つ下の弟がいんだよ」
「……弟? それは初耳だな。そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
突然の身内話に、響斗が目を丸くする。
(へ〜、あいつ弟がいたんだー)
雛も初耳だったため、テニスコートの外で聞き耳を立てた。
「俺と違って、すげえ優秀でさ。勉強もスポーツもできて、サッカーなんて代表のジュニアユースにまで選ばれたんだぜ」
「つまり、その弟に対する嫉妬や劣等感から頑張ってるのか?」
響斗が頭を傾げながら、先走って結論を口にする。
「いや、そういうんじゃ……。んでも……嫉妬や劣等感か。そんな感情を向けられるような弟だったら、どんなに楽だったか」
「っ?」
「めちゃくちゃ優しい奴なんだよ、凪は。特に俺には、いっつも気を遣って……」
伏し目がちになった時男の中に、弟の凪との思い出がゆっくり流れ出した。
「おーっ、相変わらず母ちゃんの唐揚げうっま! お前も熱いうちに食えって、凪っ」
「あ……いや……俺はいいよ。最近は唐揚げ、あんまり好きじゃないしさ。兄貴、お腹すいてんでしょ。全部食べていいよ」
「マジか〜っ! ラッキー!」
一緒に食卓を囲む凪が、遠慮がちに微笑む。
「なあ、凪っ。サッカー部のマネージャー、何度見てもやっぱりカワイイなあ〜っ」
「えっ? ああ、そう……かな」
「すげえ好みだよっ。あんな子と付き合えたらいいのになーっ」
「そう……なんだ。俺の好みじゃ……ない……かも……」
「じゃあさ、今度、紹介してくれよっ! 俺、頑張ってみっから」
「……うん。そう……だね。分かった。今度、三人で一緒に帰ろうよ。頑張ってね、兄貴っ」
学校の帰り道、ここでも凪は遠慮がちに微笑んだ。
そんな凪の微笑みを思い出し、響斗の前で時男が切なげに呟く。
「あいつ、俺のために好きな物を嫌いだって言ったり、好きな女の子を諦めたり……。ダメ兄貴の俺に、すげえ気を遣ってくれてさ。どんなときも俺を応援してくれたんだ」
「……そんな弟の優しさに報いたくて、お前は頑張っていると……」
「ああ、そうだ……。でも、多分……だな」
「多分?」
「俺は……あいつから夢を奪っちまったから……もしかしたら代わりに頑張りたいだけなのかもしんね……」
言葉と同時に、急ブレーキをかけながら向かってくる車の記憶が、時男の脳裏をよぎった。
――キキィィィィィィッッッ!!!――
「兄貴っ、危なっ!!!!」
――ガッ!! ドォォォォンッッ!!――
鮮明に憶えているのは、凪が自分を突き飛ばしたこと。そして、自分の代わりに車にはねられたこと。
「凪ぃぃっっっっ!!!!」
その事故で、凪は二度と今までのようにサッカーができなくなった。
そこまで時男は語らなかったが、響斗にも雛にも、重苦しい感覚だけは伝わる。
「そういうことか……」
「時男……あんた……」
二人とも、初めて時男の心の底を見た気がした。
『……ったく。んな大事なこと秘密にしてやがって』
一方で、静かに話を聞いていた茂左衛門は、やるせない表情で舌打ちをする。
感覚を共有している茂左衛門には、時男の切なさが一番伝わっていた。
「……とにかくっ、そんな感じだから、俺はあいつの分まで頑張るんだ! そりゃもう~~~~めちゃくちゃ頑張っちゃうんです!! ダメ男から成り上がっちゃうんです!!」
時男が、暗くなった雰囲気を払拭するかのように声を張り上げる。
その瞳には、少しだけ涙が滲んでいた。




