14. 早く怪我して?
『走れ言霊、魂力増溢』
――フオォォォッ……――
蛍の守護霊、吟子が咒文を発すると、時男の火傷がゆっくり癒えていく。
「これぐらいの火傷で済んでよかったねー。あまりに酷いと、吟子さんの療治の力でもすっごく時間がかかっちゃうから」
「…………」
蛍に話しかけられても、時男はぼうっとしていて、返事を返さなかった。
「んん~?」
「えっ……あっ……はいっ」
蛍に顔を覗き込まれて、驚いたように返事を返す。
蛍に会ってからというもの、時男はずっとこの調子であった。
ただただ蛍を見つめ、呆然としている。
――フォォォ……ォ……ォ……――
そんな状況が続き、しばらくすると火傷の治療が終わった。
「……思ったより早く治ったなあ。君の回復力って、けっこう高いかもよー」
――フゥッ――
蛍が話しているあいだに、吟子が蛍の体に戻っていく。
「…………」
時男は話しかけてくる蛍の顔を見つめていたが、その言葉は耳に入っていないようだった。
「君は、目を開けたまま寝る癖があるの?」
ズレたメガネの上から、蛍の瞳がじっと時男を見つめる。
「……っ……あっ……またっ……すんませんっ」
ここで、やっと時男が反応した。
「なんだー、起きてたんだねー。治療終わったから、もう大丈夫だよー」
「あっ……そうですか……そうなんだ……いや……あの」
「どしたの?」
「いや……ですねっ……なんていうか……」
「んっ?」
「そうだ……名前。名前……聞いてもいいですか? お願いします」
時男が深く頭を下げながら訊く。
「ああ、名前言ってなかったねえ。蛍だよ。三番隊の水元蛍」
「蛍……さん。三番隊……」
名前を呟きながら、時男は顔を上げた。
「うん。吟子さんの療治っていう能力で、ほとんど治す専門だけどね」
「おっ……俺は時男っす……寿……時男」
「ふーん、時男くんかー。私は狭間さんのお手伝いをよくしてるから、怪我したらいつでもおいで」
蛍が笑顔を見せると、時男の顔が赤くなってしまう。
「あ……あざっす。じゃあ……できるだけ早く怪我して……また来ます。ホント……ありがとうございましたっ」
――ガンッ!――
医務室を出ていこうとしたが、時男はドアを開け忘れ、顔をもろにドアにぶつけた。
「あ……あれっ……はっ……ははっ」
苦笑いしながら、今度はドアをしっかり開けて医務室を出ていく。
そんな時男に、蛍は笑顔のまま手を振った。
――バタンッ――
時男が去ると、あっという間に医務室に静けさが戻る。
「さて……ん?」
振り返って机に戻ろうとすると、ふと蛍の頭に疑問が浮かんだ。
(早く怪我して? ん? あれ?)
蛍が右手の人差し指をこめかみに当て、小首を傾げる。
時男のほうは、とりあえず廊下を歩き始めたものの、まだ放心状態が続いていた。
そこに茂左衛門が体内から話しかける。
『おい……』
「……」
『おいっ!』
「んっ? ああっ……茂左衛門か」
『お前……ひょっとして……恋しちまったかっ?』
「えっ……」
恋という言葉を聞いて、時男は思わず足を止めた。
『なんか、すげー伝わってくるものがあんだよっ。ほんと守護霊ってのは、難儀なもんだなあ』
「あっ、いやっ、う~ん、これって、そういうのなんかな? なんか心が半分ぐらい盗られたような感覚がしてるけど……」
『バ~カ、盗られたんじゃなくて捧げちまったんだよ。そりゃ一目惚れだっ』
「一目惚れ? これが一目惚れっ? マジ!?」
自分のことながら、時男が目を丸くして驚く。
『なんかな、運命の人に出会うと、頭より細胞がそいつを求めちまうんだと』
「細胞?」
『細胞が欲するもんだから、考えるよりずっと早く好きになるらしくてな。それが一目惚れの正体らしいぜ。俺はもっと、魂的なものだと思うけどなあ。魂が惹かれ合うみてえなよお』
「へえ~~~~っ。そうなのかーっ。お前、たまにすげーロマンチックなこと言うよなあ」
『いずれにしても抗えないことだから、恋に“落ちる”っていうんだろうよ』
「そっか。なんかいいな。すげー幸せな気分になってき……ん!?」
――タタタタッ――
二人が曲がり角に差し掛かると、突然角の向こうから靴音が聞こえてきた。誰かが走って向かってくる音である。
「こらあっ、時男ぉ! あんた何してんのよーっ!」
――ドゴォォォォンッ!――
それが雛だと分かった時には、すでに雛の拳が時男の脇腹に入っていた。
「ごぼえぇっ!」
時男がふっ飛んで、頭を壁にぶつける。
「んがっ、痛った!! またお前かよっ、突然何すんだ!?」
「あんた、アニマの霊能者とやりあったらしいじゃないっ。それで勝ったのに逃がしちゃったんでしょっ。たった今、響斗に聞いたわよっ!」
雛は腰に手を当てて、いきなり時男を責めだした。
「……あぁ、そのことかあ。それなら大丈夫だって」
「何が大丈夫なのよっ?」
「ちゃんと首輪つけといたから」
「首輪?」
「ああ、咒文のくーびーわっ」
時男が脇腹を擦りながら答える。
「………………あ~、そゆこと?」
言葉の意味を理解すると、雛は一転して拍子抜けした顔を見せた。
「そゆことだよっ」
「なるほどねえ。なーんだ」
「なーんだ、じゃねーよっ! ごめんぐらい言えっつーのっ」
「いや~あんた変に優しいとこあるから、あの極悪集団にも同情したのかと思ったわあ」
「んなわけあるかっ」
「それなら、よしっ。じゃっ」
納得すると、雛はすぐに振り返って戻ろうとした。
「いや、そんだけかよっ! てか、謝んねーのかよっ!」
「知らんっ」
「んだよ……ったく、早とちりしやがって。せっかく火傷が治ったってのに、これじゃまたケガしちまうじゃ…………ん? 待てよ……。待て待て待てっ」
「何よ?」
何かを思いついたような時男の言葉に、雛が肩ごしに振り返る。
「お前、もっと俺を殴ってくれ」
「はあっ!? 何言ってんの? 気持ちワル!」
「いいから、やれってっ」
時男は、これでもかというほど顔を雛の眼前に突き出した。
「嫌よっ。バカじゃないのっ。アタシ、そういう趣味ないから」
「とにかくやってくれっ! それが俺を幸せに導いてくれるのだぁっ!」
「嫌っ! 怖っ!」
――ダッ!――
雛が顔を引きつらせ、ダッシュで逃げ出す。
「待てっ、てめっ。必要ないときだけ殴りやがってっ。何で必要なときに殴らないんだ、コラァ! 頼むから、ぶってくれえっ!」
時男も、ダッシュで雛を追いかけ始めた。
「きゃあ~~~~っ!」
嫌がる雛を、「ぶってくれえっ!」と叫びながら追いかけ続ける。
その姿は、端から見ると、ただの変態であった。
「はあっはあっ。逃げ足の速い奴め……」
結局、雛に逃げきられてしまい、途方に暮れる。
「くそお~~っ、こうなったらヤケクソだあっ! うおらっ!」
――ガンッ! ガンッ!――
やぶれかぶれになった時男は、無謀にも帝霧館の壁に頭を打ちつけ始めた。
『……はあ~っ、時男よお』
時男の無鉄砲な行動に耐えられなくなり、茂左衛門がため息をつきながら出てくる。
『お前……やっぱりバカだろ』
「うるせえ~~っ!」
『好きな女のためにそこまでできんのは、ある意味カッコいいけどよ。引かれるだけだぞ』
「いいんだっ。次にケガする時までなんて、待ってられねえんだよっ」
『だからってお前……』
――ブシャッ――
話しているあいだに、とうとう時男の頭から血が噴き出した。
「よしっ! 蛍さ~~~~んっ!」
血が出るとすぐに医務室に向かって走りだす。
守護霊を置いてけぼりにするほど、その時の時男の足は速かった。
――ガチャ!――
「すいませんっ、またケガを……っ!」
たどり着くのと同時に、勢いよくドアを開ける。
「……んんっ? なんじゃ?」
残念ながら、そこにいたのは蛍でなく禿頭の狭間だった。
「したけど治ったので帰りまーーーっす!」
――ピューーーッ!――
時男が、来たときと同じ速さでUターンをしていく。
この時、すでに血が滴り落ちるほど出血がひどくなっていた。
――フラッ……――
「あっ……」
その後、時男は逃げ去る途中で貧血で倒れ、またも狭間のいる医務室に連れていかれることになったという。
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時男の想い人、水元蛍が活躍する「守護霊の王」も、ぜひご一読ください。




