10. お前は言うことがガキだねえ
――フッ……――
三十分ほど逃げまわると、カバの姿が消えた。
途中、シマウマ、カンガルー、猿の幽体まで現れ、揃って時男たちを追いかけ始めたのだが、ほとんど同時に全動物が消えさった。
『はあっはあっ。やっと顕現のタイムリミットがきたか……。普通、幽霊ってのはもっと顕現できる時間が短いはずだがな』
「はあっはあっ。そうなのか?」
肩で息をする茂左衛門に、同じく肩で息をする時男が訊く。
『ああ。守護霊でもないのに顕現すると、はあっはあっ、膨大な魂力を使うからな。だが、どうやら動物の幽霊ってのは、人間よりも魂力が長続きするらしい』
「はあっはあっ。あー、なんかそれ納得できるわ。あいつら、素が強いもんなあ」
『だけど、その分あいつらは咒文が使えねーんだぜ』
「へー。やっぱ、得手不得手ってのがあんのな」
『ふっ、まあそういうこ……っ!?』
――ガルルルッ……――
その時、またも背後から動物の唸り声が聞こえた。今度は猛獣の唸り声である。
「虎ーーーーっ!」
『またかよっ!』
二人は半泣きになり、再び走りだした。
それからまた三十分ほど、次々と顕現してくる動物たちに追いかけられる。
――フッ……――
動物たちが消えさると、二人は力尽きて地べたに倒れ伏した。
『もうダメだっ、死ぬっ。すでに死んでるけどっ、また死ぬっ』
「確かに、これはキツイっ!」
『おいっ、はあっはあっ、人間の幽霊がいねえのは分かったんだし、もう帰ろうぜ』
「そうだな、はあっはあっ。でもよー・・・」
『ん?』
「ふと思ったんだけど、これってめちゃくちゃ良い訓練になってね?」
『あぁっ!?』
茂左衛門が目を丸くして時男の顔を見る。
「いや、あの悪霊を相手にするんなら、これぐらいの相手には余裕で勝てるようにならなきゃいけねーだろ?」
『……まあっ……言いたいことは分かるがよー』
「だからあ、ここを俺たちの秘密特訓の場所にしねえ?」
疲れきっているにもかかわらず、時男は提案しなが笑みを見せた。
『……秘密特訓ねえ。バトルとか秘密特訓とか、お前は言うことがガキだねえ』
話しながら、仰向けになった茂左衛門が空を眺める。
「やろうぜ、茂左衛門っ。成り上がるチャンスかもしれねーしっ」
『……まあ、あの悪霊は、次は確実に俺を狙ってくるだろうしなー。すげー執念深そうな顔してたし……』
「ん? なんでお前を?」
茂左衛門は、トンネルでの道満とのやりとりを誰にも話していなかった。
そのため、時男が不思議そうな顔を向ける。
『いやっ、こっちの話だ。いいぜ、分かったよ。少なくとも消滅させられないぐらいにはなっとくかっ』
「そうこなくっちゃよ!」
意見が噛み合うと、二人の口角が同時に上がった。
『でも、頼むから今日はもう帰っておくれ』
「ラジャー」
こうして、次の日から二人の秘密特訓が始まった。
雛も響斗も道満の足取りがつかめずにいたため、三人が連絡を取り合うこともなく、あっという間に一週間が過ぎる。
「きっつ! バカみたいにきっつ!」
『もうやめたいです!!』
この一週間、時男と茂左衛門は毎日欠かすことなく廃動物園で特訓を行っていた。
この日も動物の幽霊たちから散々逃げまわった結果、溶け崩れたかのように地面に倒れ伏している。
『はあっはあっ。もう夕方かよ。しっかし、まだ全然攻撃に移れねーなあ、時男。やっぱり動物ってのはすげえもんだなあ』
「はあっはあっ。ああ、だからこそ良い特訓になんじゃん。カバだサイだと戦うなんて、幽霊でもなきゃ無理だか…………ん?」
時男はふと話を止め、何かを考えだした。
『突然どうしたよ?』
「ん? あっ、いや、幽霊って何か未練とか遺恨があるからなるんだろ?」
『んだな』
「じゃあ、ここにいる動物の幽霊はみんなそーゆーのがあんのか? 人間ならなんとなく分かるけど、動物に遺恨ってあんま考えられないってゆーか……」
『バカだねー、お前は』
茂左衛門が上半身を起こし、説教がましく話しだす。
『ここにいる動物たちは、人間の勝手でこんな所に連れてこられて、ず~っと見世物にされてたんだぜ。遺恨がないわけねーだろっ』
「あっ……」
『どんな時代の物語にもよお、人間の幽霊ってのは結構出てくるよな? だけど動物の幽霊ってのは、そうそう出てこねえ。これって、人間が勝手に動物には遺恨がないって思い込んでるからじゃねーか?』
「……そーかも。死んで天国に行った、程度にしか考えたことなかった」
『まあ、そういう俺も、死ぬまでそんなこと考えたことなかったけどな。要するに、動物愛護だのなんだの言ってても、人間は本当に平等に動物を見てるわけじゃねーのさ』
そう言うと、茂左衛門は眉間にうっすらと皺を寄せ、頬杖をついた。
そんな茂左衛門を、時男も上半身を起こして見つめる。
「……お前って、たまに茂左衛門らしくねーこと言うよなあ。立派な霊でも降りてくんのか?」
『アホかっ、なんで霊に霊が降りてくんだよっ』
「だって~、お前が正論を言ってると気持ち悪ぃーじゃーん。吐き気がすんじゃーん」
『……ったく、てめーは。だいたい考えてもみろよ。牛や豚に遺恨や未練があるって考えたら、怖くて肉が食えねーだろっ。つまるところそこだよ』
「おーっ、なるほど」
『人間は、自分たちが生きていくために、動物を心から平等とは思わねえようにしてるのさ』
ここで茂左衛門は、話しながらまた寝転んだ。
茂左衛門を見つめて、時男が口角を上げる。
「なんかカッコいいねえ、茂左ちゃん」
そう言うと、時男もまた寝転んだ。
『茂左……ちゃん? まあ……いい。そうだよ、カッコいいんだよ茂左ちゃんはっ』
「んでも、じゃあさ、菜食主義者の人たちはどうなんだ?」
『……そこまで知らん!』
綺麗な夕焼けに包まれながら、茂左衛門の答えを聞いて時男が笑う。
「そういう答えのほうが、お前らしいよ」
こうしてまた、二人の一日が過ぎていった。




