22 そこまでだわ
パチリ、ゴォーッ
王都の一角にある住宅街、その片隅にある目立たない小さな小屋でライネルは椅子に縛り付けられていた。一見するとただの縄に見えるが、しっかり魔法で強化された縄で拘束されたライネルを炎の魔法が襲う。
優秀な魔術師により制御された魔法はライネルに直接危害は与えないが、それでも間近で立ち上がる炎はたとえ人に恐怖を与える。しかしライネルはそんな魔法を見えつけられても全く動じていなかった。
「なあ、いい加減諦めたらどうだ! 助けは来ない。この書類にサイン一つすればお前は自由なんだぞ。それともそんなに救国の英雄の夫の座が大切か」
「彼女の幸福につながるのでしたら離婚届の一枚や二枚喜んで書きます。ただ残念ながらそうでは無いようなので」
バシィィン
「相変わらず済ました顔しやがって。まあ余裕でいられるのも今の内だが」
ライネルの眼の前に立つ男がイライラと口調とともにライネルの座る椅子を蹴っ飛ばす。その男を含め魔法貴族らしき男3人が部屋にいたが、いずれも服装こそ貴族らしい立派なものだったが、その振る舞いは粗野で魔法貴族とはいえ、そこまで地位が高くないことを想像させた。
「おやおや、怪我はさせないように、と言う話では?」
「ああ、そうだ、だから魔法を使わなかっただろう。まあこれも全て閣下がいらっしゃるまでのことだ。ほら、どうやらいらっしゃったようだぞ」
突然部屋に鋭い光が差し、転移魔法が使われたことを察知した男は声を高揚させる。
「どうやらそのようですね。しかしお聞きした話と違うような」
ライネルのその言葉をかき消す様に光は強くなり、そしてその光が消えると、今朝城で見たばかりの顔がライネルの前に立つ。しかしその顔は険しく、強い苛立ちを隠していなかった。
「やはりあなたでしたか、ブラニフ卿。証拠が揃うにつれ私をつける者の数も増えてましたから図星だろう、とは思っていましたが……、しかしこの場に現れては自白したようなものでは?」
ライネルの指摘にブラニフ卿の眼光はますます鋭くなる。しかし今ひとつ空気を読むことには長けていないらしい男たちは、ブラニフ卿にさらなる追い打ちをかけた。
「確かに! 閣下? ライネルの捜索隊と共に現れる予定だったのでは? そしてドサクサに紛れてあいつを処分する、ですよね」
「ああ! 予定どおりならばな。予定が狂った。あのエリーとか言う女のせいだ」
その言葉に男たちは不思議そうな顔をし、ライネルは唇を噛む。
「エリー様がどうかされたのですか? むしろ私達の作戦に取ってはなくてはならない方ですよね、閣下」
「ああ、そうだがな。あの女、魔力暴走が起きるかもしれないから、といって捜索に加わると言い出した。その上護衛、と言う名目で近衛隊まで出てくる始末だ」
「近衛隊が参加しているのですか! それでは捜索するふりをしてライネルを始末する作戦が使えないじゃありませんか」
慌てる男にブラニフ卿は苛立ちを隠そうともせず答える。
「仕方ないだろう。近衛隊の参加を拒めばやましいことがある、と宣言しているようなものだ。その上魔法省のやつらまでこちらに疑いをの目を向けてきた。この作戦の賛同者が思っていたより少ない時点で想定はしていたが、やはり魔法省も腰抜けばかりだな」
魔法省の官僚たちから現体制への不満を持つ者を募って今回の誘拐を実行したブラニフだったがその参加者は想定より遥かに少ない。
もちろんそこにはブラニフ卿の動きを探っていたライネルとその部下たちが魔法省の官僚たちに働きかけていたことも関係していた。
「まあ、作戦は幾つかある。そのために捜索隊を巻いて転移してきたんだ。さっさと済ませるぞ!」
「はい、閣下」
男たちの返事を聞いてブラニフ卿はもう一度ライネルに向き直った
「大体の話は聞いていると思うが、しかし、なお離婚届は白紙か……。命が惜しくないのか」
「エリー様の為なら全く」
「ならば安心して構わない。彼らにも聞いただろうが、ライネル卿と別れた後、エリーは私と結婚することになる。彼女は今よりずっと大きな権力と名声を手にすることになるのだ」
エリーの護衛があまりに厳重であったためにターゲットを夫であるライネルに変えたブラニフだったが、その目的はあくまでもエリーだ。
「彼女は権力や名声など欲していない。それに魔力暴走がこの国の人々の生活を脅かすことを誰よりも悲しんでいた彼女が魔力暴走を人為的に起こすことに協力する訳が無いだろう」
「それはどうだろうな。彼女は名声に慣れていないだけだ。実際に手にすれば変わるさ。魔力暴走による被害も魔法貴族の地位復権のために致し方ないことだ、と説明すれば必ず理解してくれる。いや理解させるさ」
ブラニフ卿の広角がフッ、と上がる。
魔法貴族、というのは元々は軍の管轄下で魔法を行使する軍人のようなものだった。
ところが世の中が平和になり、そして魔道具が大量に出回る様になると、その権力を大きくして魔法省を組織し独立する一方、その仕事は魔道具の開発や管理、検査といった技師のような内容が大半になる。
その暮らしに満足する者がいる一方で個々の能力に応じて魔法を使い、その魔法で羨望を集めた時代の方が良かったと考える者も増える。時代の変化に沿って軍より大きな権力を持った一方で、政務省に比べると権力は劣る、という状態が更にその傾向に拍車をかけた。
そんな魔法貴族の実態に特に不満を持っていたのがブラニフ家だ。ここ十数年、魔法貴族の権力を飛躍的に上昇させる機を伺っていたブラニフ卿は、昨年の魔力暴走とこれを収めたエリーに目をつける。
去年の大規模な魔力暴走は、国の監視をかいくぐった粗悪品が原因だったが、その調査により魔法省は魔力暴走のメカニズムをより詳しく知ることになる。それは魔力暴走を故意に引き起こすことが出来る、ということを意味していた。
そしてブラニフはもう一度大規模な魔力暴走を国中で引き起こし、これをエリーの魔法を研究することで開発する予定の魔力暴走を抑える魔道具、で鎮圧することで魔法省の権力を引き上げよう、としていた。
それに魔力暴走が起これば、古い個々の能力が重視される魔法が見直される。それも魔法貴族にとっては追い風だった。
ブラニフ卿は権力への渇望と、狂気が滲んだ目でライネルを見据える。
「ライネルも政務省の所属とはいえ魔法貴族なのだから分かるだろう。我々の気持ちが」
「理解はしますが、だからといって国民を危険に巻き込もう、というのは魔法貴族のすべきことではありません」
「相変わらずだな。まあ良い。さあ選べ、今すぐ離婚届を書き、エリーを私に渡すか、もしくはここで殺されるか」
しかしライネルは涼しい顔をしつつ動かない。ライネルにも勝算はあった。魔法の管理が厳しい現代。魔法を使った傷害、殺人は徹底的に調べられる。そもそも強い魔法を持つ者は魔法貴族として管理されているのだ。さらにライネルがブラニフの祖業を調べ上げていたこともあり、すでに王家は彼を疑っている。
ここでライネルを殺せば、ブラニフは逃げ切れない。それを分かっているから、ブラニフもライネルを暗殺せず、一旦誘拐して、脅して離婚届を書かせる、という回りくどいことをしたのだ。
「離婚届は書かないと。肝が座っている。ならば死んでもらうだけだ」
そう言ってブラニフは手を水平に上げライネルに向ける。しかし魔法は撃たない。二人の視線がぶつかり沈黙が部屋を包む。
しかし、結局我慢出来なかったのはブラニフの方だった。
「私がお前を殺せば、私は必ず捕まる。そう高をくくっているな。だが残念、私が捕まっても私の意志を継ぐものはいる! なにより私はお前が気に食わないんだ」
パチリ
ブラニフの叫びと共に、指がなり、その指先から稲妻が走る。ブラニフが得意とする電気の魔法。それは明確な殺意をもってライネルへと伸びる。さすがのライネルも目を閉じた瞬間。
「そこまでだわ」
パチリ
今度は先程より軽い指の音。と同時に稲妻はなかったことのように消え去る。
同時に部屋を包んでいた強い光が消え、そこにはエリーが立っていた。
「エリー様! 何故ここに?」
「この辺りまでは来ていたのです。あとは強い魔力を感じたので近衛隊の方にここまで飛ばしていただきました。もちろん近衛隊の皆さんももうすぐいらっしゃいます」
そういいながらライネルに駆け寄ったエリーはライネルを縛り付けていた縄を解く。魔法で縛られたそれはエリーの魔法で簡単に解くことが出来、ようやく自由になったライネルは隣に立つエリーと共にブラニフに対峙した。
「ライネル様と対立しているとは聞きましたが、まさか誘拐して、殺そうとするなんて、信じられませんわ!」
「うるさい! 下町育ちの貴族崩れに魔法貴族の何が分かる。こうなったら二人揃って始末してやる」
当初の目的はどこへやら、プツリと切れたものがあるらしきブラニフは二人に向けて手を突き出し指を鳴らす。再び雷が二人を襲おうとするが、それより早くライネルの腕が動いた。
「今度はそうはさせませんよ」
パチリ
ライネルが指を鳴らすと、突然湧いた水が勢いよくブラニフ達に向かう。ただの水、とは言え勢いよく放てばそれなりの威力がある。小屋の壁まで4人が飛ばされたところで再び幾つもの光が小屋を照らした。
光が消え、白に金糸の隊服の近衛の魔術師が数人現れると、すぐに入り口のドアが蹴飛ばされ、更になんにもの軍人がなだれ込んだ。
「ブラニフ公爵、攻撃魔法の違法行使で拘束する」
そう言うと同時にあっという間にブラニフ卿は屈強な軍人に囲まれ拘束される。
「待て! それを言うならライネルは今、まさに水の攻撃魔法を使ったぞ。見てみろこの惨状を」
彼が言う通り小さな小屋はライネルの水の魔法でびしょびしょとなり、あちこちが壊されている。しかしライネルは涼しい顔で言った。
「魔力暴走に関する業務に限り、攻撃魔法の行使の許可を魔法省より頂いております。もちろん無闇に使うものではありませんが、この場合は仕方なし、ですよね?」
「はい、ライネル卿」
魔法省長官、つまりブラニフのサインがなされた小さな紙を懐から取り出して聞くライネルに問われた軍人が短く回答する。
完全に威勢を削がれたブラニフは他の3人の男たちと共に軍人たちに囲まれて、馬車に乗せられて言ったのだった。




