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23 私と結婚して下さいませ

 ブラニフ公爵を含めた4人の魔法貴族をアドレニア城の敷地内にある近衛隊の施設まで送る馬車に続いてライネルとエリーも城に戻った。


 城で軽く服装を整え、王家の方々に無事を見せたエリーは、事後処理を少し進めてから帰る、というライネルに促され先に屋敷に戻ってきた。


 本当は共に屋敷に帰り、ライネルの無事を傍で実感したかったのだが、ライネルは魔力暴走の関わる案件の責任者であり、当然今回の事件の処理でも中心となることになる。


 そうは言っても今日誘拐されたばかりな上、ブラニフ公爵達の取り調べも始まってない、ということで夕食頃には帰る、というライネルだったが、なんだかんだで仕事が押したのだろう。結局ライネルが乗る馬車が屋敷に着いたのは月が高い位置まで登った夜更けだった。






 遅くなるようだったら先に眠っていて欲しい、と言われていたエリーだったが、この屋敷でライネルの無事な姿を見るまで安心できない上、自身も興奮していたのか寝付けそうになかったエリーは夕食だけ先に食べ、ライブラリへとやってきた。


 彼女の指定席となっているソファに腰掛けたエリーはここ最近読んでいる歴史書を手に取り、栞が挟まれたページを開いた。


 しかしエリーの瞳は文字を追うことはなく、時計の方にばかり向かう。ページを捲る音も侍女が入れてくれたお茶が入ったカップが動く音もしない。時の音だけが響く時間がどれほど過ぎただろうか。コンコンコン、とノックの音が響いた。


「旦那様が帰宅なさいました」


 ガタンっ


「分かったわ! 有難う」


 ソファが後ろにひっくり返りそうな勢いで立ち上がっったエリーは早足で玄関へと向かう。もしライネルのように転移魔法を使いこなせたら、屋敷の中で、そもそも緊急時以外に使うべきでは無い、とされてるそれを何の躊躇もなくつかったであろう程彼女は急いでいた。


「ライネル様!」


 馬車が門を通過した時点で急いで伝えてくれたのだろう。エリーが玄関についてみると、ちょうどライネルも玄関へ入ってきたところだった。早足にやってきたその勢いのままにエリーはライネルに抱きつく。その普段と違う様子少し戸惑いを感じつつ、心配をさせた自覚はあるライネルは彼女の勢いそのまま両手で受け止めた。


「ライネル様、ライネル様!」

「すいませんエリー様。心配をかけましたね」

「もうっ、本当に心配したのですから!」


 ホッとした気持ちと安心感、それに怒りがごちゃまぜになった気持ちで涙が溢れるエリーはライネルに抱きついたまま動くことが出来なかったが、ここは玄関。


「奥様? 心配されたのはよくわかりますが、そうされていると旦那様がいつまでも動けませんよ ?旦那様もお疲れでしょうし、とりあえず場所を移動されては?」


 そう、声をかけたダリアの声に促され、二人はライブラリーへと向かう。一旦ライネルから離れたエリーだったがそれでもライネルの腕を掴む手は離さなかった。


 ライブラリーに入るとエリーの飲みかけのカップは片付けられ、新たに一組のカップとお茶の準備がされていた。湯気の立つお茶を一口飲んでライネルはその暖かさに息を吐いた。


「ようやく家に帰ってきた、と言う感じですね。改めて心配をおかけしました。それに助けていただきありがとうございました」

「もうっ!、本当ですわ。私の護衛にばかり力を注いで、自分のことは後回しだったと王女殿下に聞きましたわよ。お助け出来たのは……軍の皆さんの力があってこそですわ」


 その言葉にライネルはバレてしまった、とでも言いたげな苦い顔をする。


「申し訳のしようもありませんね。殿下にも指摘されてしまいました。自分の身は守れる、と踏んでいたのですがとんだ勘違いでした。結局皆様の手を煩わせてしまい申し訳ない限りです。軍の皆様にも感謝とお詫びをお伝えしてきました」

「そういうことではありませんわ。私はライネル様の身体を心配しているのです。もう少しで殺されるところだったのですよ」


 そう言い募るエリー。だがいつまでも怒っていてもライネルを困らせるだけだと感じ、少し話を変える。


「でも……、無事戻って来られたので許して差し上げますわ。ところでブラニフ卿は何を為さりたかったのでしょう? 私のことも狙っていたようですが」


 不思議そうに言うエリーにライネルがブラニフ卿の企みを説明する。エリーと結婚し、魔力暴走を再び国中で引き起こした上で、それを自分たち主体で解決し名声を得る。そのおぞましい計画を聞いてエリーは憤慨した。


「信じられませんわ! 半年前の魔力暴走でもどれだけの被害が出たか。大怪我をしてまだ治療中の人もまだ戻る家がなくて国の施設で保護されている人もいるというのに。それにそんなことに私が協力するとでも思ったのでしょうか」

「一般の人とはかけ離れた魔力を持つ魔法貴族は世の中のすべてが自分の思い通りになると思いがちですからね。

 ブラニフ公爵も物腰こそ柔らかいですが、その実、ああいった暴力的な一面を持っています。本当に捕まったのがあなたでなくて良かったです」


 そう言って笑顔を作るライネルに対してエリーは厳しい顔をする。この自分を優先しない性格は何度言っても治らないのだろう。


「ライネル様が誘拐されてもよくありませんわ! それに私だってある程度は対抗出来ますわよ。何と言ってもほとんどの魔法は止められるのですから」

「とはいえ、その力は魔法に対して発揮されるものです。大の男たちに囲まれては力では敵わない筈ですよ」

「それでもあらがってみせますわ! 私はライネル様の妻ですもの。離婚だの再婚だの勝手に決められては困ります」

「頼もしいですね。……まあ離婚はあと半年程でするのですが」


 ブラニフ公爵の考えは問題外としてエリーとライネルは契約夫婦だ。そう苦笑いするライネルに対し、エリーは少し真剣な顔で考え込んだ。


「実は……そのことなのですが、少しライネル様に聞いてほしいことがありまして。あの……お疲れでしたらまた今度でも」

「今日は半日仕事してませんでしたからね、問題ありませんよ。プレストンの件でしょう?」

「よくお分かりになりましたね」

「ダリアがエリー様が話をする時間を作りたがっていると伝えてくれていました。私もなんとか早く帰宅しようとしてはいたのですが」

「お忙しいのは知っていましたもの」


 魔力暴走の再発でその責任者たるライネルの忙しさがどのくらいになるのかは城で暮らしていたエリーには分かっている。気にしないで欲しい、と微笑んで、そしてまたエリーは真剣な顔になってライネルの瞳を見た。


「その様子だとお決めになったようですね」


 その言葉にエリーは一つ頷き、そして大きく息を吸った。


「ライネル様。私と結婚して下さいませ」


 予想もしない言葉にライネルは目を見開いた。


「私とエリー様はすでに夫婦ですが?」

「契約書のある仮面夫婦ですわ。そうではなく、夫婦になって欲しいのです。一生、どちらかが死ぬまで」


 その言葉にライネルは一瞬考え込み、そして諭すような保護者の笑みを作った。


「以前にも申し上げました。結婚相手はそう簡単に決めるものではありませんよ」


 最初に契約結婚を申し出たときと同じ言葉にエリーは一つ息をつき、そして次の言葉を考えた。


「私も申し上げましたわ。誰にでも言うわけではないと。ライネル様だから結婚したいのです」

「それは、雛鳥が最初に見るものを親と思うようなものでしょう? 城では私と過ごす時間が特に長かったのですからエリー様がそう思っても仕方ありません。しかし例え上流の世界に絞っても良い相手は星の数程おりますよ」

「例え星の数程あろうとも! 私が選ぶ星はあなたです」

「エリー様はもっと他の星も観察するべきです。望遠鏡を使えば星はもっとあることに気付くはずです」


 堂々巡りの応酬にエリーはうぅ、と唸った。


「どうしてライネル様は私の幸せを願ってくださるのに、自分で私を幸せにしよう、とはなさってくださらないのですか? 私に不満があるならそうおっしゃってください!」


 それならば諦める。叩きつけるような声に、ライネルはすぐには返さない。何度か考えて、絞り出すように声を出した。


「不満など。ただ……私があなたに不釣り合いなのです」

「それを決めるのは私ですわ」

「エリー様はご自分の立ち位置を分かっていらっしゃらない。あなたは近衛隊を護衛と出来るような王族に準ずる立場です。それに対して私は一介の魔法貴族です」

「魔法貴族だって立派な貴族ですわ。それに陛下だって私達なら身分的にも釣り合うと」

「ギリギリです。そもそも私が結婚相手に浮上したのは一般市民の生活に理解がある貴族の中でなんとかあなたと釣り合う身分を持っていたからです。しかし、私は原則一代限りの魔法貴族。その上親が誰かもわかりません。血統を重視する貴族社会でそれがどう作用するかはエリー様もおわかりでしょう? 私と結婚してもあなたに苦労をかけるだけですよ」

「ですから、苦労か、どうかを決めるのは私ですわ」

「ご自分で苦労、と感じていなくても辛いことは辛い筈です。半年暮らして分かったでしょう。私とでは完璧な夫婦は目指せない」

「完璧な夫婦である必要なんてありませんわ!」


 どうして分かってくれないのか、そう言うエリーの瞳には涙が浮かんでいる。それに気付きライネルは次の言葉を飲み込んだ。


「……お慕い……しているのです。ライネル様がずっと、城にいる時から好きなのですわ。ですから、どうか私の気持ちに応えて下さい。もしくはきっぱり断ってくださいませ!」


 そう言う視線は地面からまたライネルに戻り彼の瞳を射抜いた。


 何度か口を開こうとしてはやめ、を繰り返しすライネル。しかし目をそらさずにこちらをみるエリーの瞳に観念したように声を上げた。


「断れる……わけなど無いでしょう。あなたに初めてあったときからずっと惹かれていました。突然国を救って欲しい、と言われても動じない強さも、困っている人を放っておけない優しさも、くるくると変わる表情も突拍子もないことをいいだして驚かせてくるところも、魔法を学んでいる時の楽しそうな笑顔も」


 そこでチラリとエリーの方を伺う。


「だが私は伯爵の地位を頂いているとはいえ魔法貴族です。その上政務省と魔法省の両方から疎まれている。もし伴侶を得ればその人がどういう苦労するかは一番分かっているつもりでした。だからエリー様が最も幸せになれる結婚相手を探すつもりだったのです。そうすれば私は満足出来、エリー様は幸福な人生を送れるから。……だけど全て独りよがりですよね。こうしてエリー様を泣かせてしまった」


 そう言うと覚悟を決めるように息を一つつき、ソファから立つと、エリーの前に跪く。


「こんな私ですが、私と結婚していただけますか? 死が二人を分かつまで」


 エリーの手を取り、もうその瞳から目をそらさないライネルにエリーの瞳からはまた涙が流れる。


「もちろんですわ! ライネル様」


 そして跪くことでエリーよりも低い位置にいるライネルに向かい身体を預けるように抱きつく。そんな彼女をライネルはしっかりと抱きしめ返したのだった。


 どのくらいそうしていただろうか。外見上は結婚しているとはいえ、これまで抱きついたりしたことが殆どなかったエリーはその恥ずかしさを隠すように、ライネルに声をかける。


「そう言えば王女殿下にお話をしなければなりませんよね。ほ、本当の夫婦になることとか、プレストンのこととか。王女殿下にご迷惑になるかもしれませんわ」

「そのことでしたら気にすることはありませんよ。元々この話はエリー様の意志が最優先ということでしたから。あなたの気持ちが固まってから向こうへはお話をするつもりだったようです」


 王女殿下のせっかくのご好意を無駄にしてしまう、と慌て始めるエリーに、ライネルは安心させるように微笑む。


「こういうことは早い方が良いでしょう。明日にでも王女殿下にお会いできる日を調整して、お断りしてきますよ」


 任せて下さい、と言いたげなライネルをエリーはじっとりとした目で見つめた。この人は本当に分かっていない。


「ああ……、そうですね。私の悪い癖です。一緒に王女殿下にご報告に行きましょうか。もちろん陛下やあなたのご両親にも」

「ええ、もちろんですわ!」


 ライネルの言葉に今度はエリーもニッコリと今日一番の笑顔で応えたのだった。

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