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21 旦那様が攫われたわ

「あぁ、どうして私は契約結婚なんて口にしてしまったのかしら……」


 寝台に腰かけ暗い天井に向け一人呟く。とうに眠る準備も整い侍女が出ていった後なのだが、エリーはどうにも眠れず一度身を起こしたのだった。


 そして思い起こすのは先程のライネルの言葉。


 ライネルが自分の事を保護すべき存在、として大切にしてくれていることはよくわかっていたし、それにつけこむようにして自分に有利な契約結婚を結んだのは自分だ。なのにそれを言葉として受け取った途端、そのことにショックを受けるなんてあまりにも自分勝手が過ぎて自分が嫌になる。


 ライネルは保護者として、エリーの幸福を心から願ってくれる。それも自分のことは二の次にして。エリーが暮らしやすいよう環境を整え、悪意から守り、傍にいてくれる。これ以上何を望むのか? そしてこれ以上ライネルに迷惑をかけてはいけない。


 そしてエリーはライネルの提案を思い返した。プレストンとの縁談。それは悪い話ではない。自分は特殊な地位にあるが、この縁談でパワーバランスが崩れるならそもそも王女殿下はこの話を持ってこないだろう。で、あれば早く収まる場所を決めたほうが王家の負担もライネルの負担もかるくなるはずだ。


 時間をとってライネルに話そう、そう決めたエリーだったが、やはりその夜はなかなか寝付けないのだった。






 プレストンに嫁ぐ話を前向きに進めて欲しい、そうライネルに話そう、として決意したエリーだったが、翌日からライネルはまた忙しく、早朝に家を出て、深夜に帰宅する日々が続いた。何とかエリーも早起きして朝食だけは共にするものの、とてもでは無いが、大事な話を腰を据えてできる状況にはない。決心が揺るがないうちに話そう、と思いつつあの日からすでに一週間程が経ってしまっていた。


「あら、魔法電報? 珍しいわね」


 自室で王家から与えられた所領の財政についての書類を読んでいたエリーは机の隅に置かれた小箱が突然光ったことに目を瞬いた。


 豊富な魔力を持つライネルは頻繁に使っているが、エリー宛てに魔法電報が届くことは少ない。とは言え王城でその使い方は習っていたエリーは指を鳴らした。


 エリーの魔力に反応するように小箱からは光が溢れ部屋を満たす。そして光が収まり、小箱に紙片があることを確認したエリーはそれを開き、そして飛び上がるように椅子から立ち上がる。アデレード王女の紋章が透かしで入った彼女専用の紙に走り書きされた手紙は驚きの内容だった。


 ライネルが何者かに攫われたわ。急いで登城して頂戴。


「奥様? どうされましたか」


 ガタリ、と大きな音を立てて立ち上がったエリーにルーゼが声をかける。その声にエリーは息を一つ大きく吸ってから答えた。


「ルーゼ、急いで城に行くわ。王女殿下の御前に上がるから失礼にならない最低限の支度を。旦那様が攫われたわ」


 そう告げるエリーにルーゼもまた目を見張ったが、すぐに落ち着きを取り戻し、主を着替えさせるべく慌てて衣装室に向かったのだった。






「イーストル魔法伯爵の妻エリーにございます。急な謁見を用意いただき感謝致します」


「いいえ、急なことだもの。すぐに来てくれてよかったわ。それよりもライネルのことね」


 可能な限り大急ぎで最低限失礼にならない程度のドレスに着替え、エリーは城にやってきた。着替える前に慣れないながらも魔法電報を王女に送ったこともあり、エリーは通常ならありえない早さで王女と対面することが出来た。


「はい。攫われた、と電報にあったのですが」


 居場所がわからないだけなら行方不明、と書くだろう。攫われた、ということはその現場を誰かが見たのだろうか。しかしライネルは魔法貴族であり、重要な官僚。もちろん護衛も張り付いている。白昼堂々さらうことなど出来るのだろうか?そんな疑問を乗せた言葉に王女が反応する。


「えぇ、そうよ。城の廊下で護衛もついていたのに突然攫われたの。転移魔法でね」

「転移魔法ですか?」


 想定外の方法を聞いてエリーは目を見開く。


「突然数人の魔法貴族が転移魔法で現れて、ライネルを囲み一瞬後にはまたすぐに転移魔法を展開してライネルごと消えていたそうよ。これでは護衛も何も出来ないし、いくらライネルの魔力が高くても対応出来ないわね」

「そんな……、ではライネル様がどこに連れ去られたかのてがかりは?」


 そんな一瞬の犯行では犯人を目撃した人も少ないだろうし、魔力の痕跡もそれだけの技量をもつ魔術師なら当然消し去っているだろう。絶望に顔を曇らせるエリーだが、アデレードは安心させるように微笑んだ。


「大丈夫よエリー。意外とそこまで八方塞がりじゃない。ライネルが抵抗できない技量をもつような魔法貴族はそう多くは無い。いま魔法省が連絡の取れない高魔力者がいないか調べているところよ」

「ありがとうございます。殿下」

「ライネルは大切な臣下よ、当然だわ。冬の魔力暴走以降、どうも嫌な動きがあったから警戒はしていたけど迂闊だったわ」

「嫌な動き、というのは」

「あら? ライネルに聞いていないの」

「は、はい。なにか城でおかしなことがあったのでしょうか?」

「おかしい、というかね。エリーやライネルをどうも監視している人物がいるようだったの。怪しげな者は護衛が都度捉えていたから特に実害はなかったけど、最近特にエリーの護衛を手厚くしていたからてっきりライネルが話していると思ったのだけど、彼は相変わらずなのね」

「はい、そうですわ、相変わらず……相変わらず私を守ってくれようとして、大切にしてくれて、そして私の事を頼ってくれません!」


 言葉にしながらふつふつと怒りが湧いてきたらしいエリーの口調が強くなった。


「ま、まぁエリー、あなたの気持ちも分かるけど、ライネルがエリーのことを本気で守りたい、と思っているのは確かよ。その気持ちも汲んであげて」

「えぇ、えぇ!わかってますわ。……申し訳ありません。殿下の御前ではしたない」

「気にしないわよ。私だって内心苛立ってはいるの。あのカッコつけがまた何も言ってなかったわねって」


 と、そこへドアを叩く高い音が響く。その音は普段より少し早く、ドアの向こうにいるものの焦りを感じさせた。


「近衛第2小隊バーモンにございます。入室の許可を」

「許可します。入りなさい」


 エリーに向けるのとは違う硬質な声を受けて、ドアが開いた。


「報告致します。魔法省よりライネル卿誘拐の件について進展あり、ついては至急謁見の間へ来られたし、との事です」

「分かりました。すぐ向かいましょう。エリー、あなたもよ」

「かしこまりました、殿下」


 アデレード王女とエリーが謁見の間へ向かうとすでに魔法省や政務省の官僚達が揃っていた。そして彼女たちが部屋に入るとすぐに国王、妃、そしてジェフリー王太子も入り、謁見の間は並々ならぬ空気に包まれる。緊張感に包まれる中、国王は魔法省長官であるブラニフ卿を呼んだ。


「ライネル卿誘拐の実行犯と見られるものが絞り込めた、と聞いたが誠か?」

「左様にございます」


 顔色一つ変えないままパチリ、と指を鳴らすと国王の前に3枚の紙がふわりと浮かぶ


「ヴィーゼル男爵、マデルア男爵、ロゼル子爵。いずれも魔法貴族であり、魔法省に仕官しておりますが、やや過激な言動があり、監視の対象ともしておりましたが、3人共朝から連絡が取れません。執務室の机からライネル卿を監視したと推測される証拠も出ております。」

「なるほど、いずれも魔法省の官僚か」

「大変申し訳なく存じます」


 そう言って頭を垂れるブラニフ卿に集まった官僚達のざわめきが大きくなる。政務省の面々からは「大失態だな」「嘆かわしい」「責任問題となるぞ」といった声も聞こえてきた。


「皆、騒がしいぞ。責任の追求はライネル卿の保護と犯人の確保の後だ。それでブラニフ卿? 犯人の追跡は可能なのか」

「はい、3人は魔力の痕跡を消しておりますが、完全に痕跡を消し去るのは不可能です。ただいま魔法省の魔法貴族が痕跡を追っておりますのでじきに居場所も特定できるかと。私もこの後、合流致します。どうぞこの件は我々にお任せ下さい。身内から出た錆、必ず汚名を注いで見せます」


 淡々としているが有無を言わせない言葉にしばらく考えた国王は、顔を上げブラニフ卿を見た。


「では……この件、そなたに任せるか。異論は?」


 そう言って部屋を見渡す。と大きく手を上げたのはエリーだった。その姿にまたざわめきが大きくなる。魔法省の官僚達は顔をしかめ、ヒソヒソとした声も聞こえてくる。


 しかしエリーはそれを気にせず、ニコリと笑顔を作る。微笑んでいるのに迫力がある。そんな表情に部屋のざわめきが少し落ち着いた。


「イーストル夫人、なにか異論があるか」

「はい、陛下。この度の捜索にどうぞ私を加えてくださいませ」


 その言葉に今度こそざわめきが広がる。魔法省だけでなく政務省の面々からも咎める視線がエリーに突き刺さった。


「皆、静かに。夫が誘拐され心配だとは思うが、捜索は危険だ。魔法省にまかせても構わないと思うが」

「はい、おっしゃるとおりかもしれません。しかし夫は魔力暴走に関する調査をしていたと聞いております。そして魔力暴走が再び各地で起きているとも。そうなれば今回の件、魔力暴走が何らかの形で関わっている可能性があります。もし、捜索の現場で魔力暴走が発生した場合、一番対処出来るのは私です」

「なるほど。一理あるな」


 国王の言葉にますますざわめきが広がり、幾多の視線がエリーに向かう。そして国王の前に立つブラニフ卿が声を上げた。


「陛下。発言の許可を」

「許そう、ブラニフ卿」

「確かに今回の件、魔力暴走が関わっている可能性はあります。しかし、魔法省とて魔力暴走への手立てが無いわけではありません。さらにイーストル夫人がこれまで対応した現場は言わば事故現場ばかり、こういった事件の現場に疎い人物を巻き込むのいかがかと」

「どうかね、夫人」

「ブラニフ卿の言葉に反論は出来ません。魔法省の皆様の邪魔にならぬよう魔力暴走が怒るまでは後方で待機致します。そして私の護衛に近衛をお借りしたいのです」


 その言葉に国王の目が光る。官僚達がざわめく一方、王族たちは互いにうなずきあい目線で言葉を交わした。


 近衛隊は軍において王族の身辺警護を担う特殊部隊。そして王族にとっては軍においてもっとも信頼出来る部隊だ。そもそもライネルを巡っては魔法省、政務省の双方が微妙な反感を抱いている。優秀な魔法貴族たちといえど信頼はしきれないのだが、かといって魔法に関する事件の管轄は魔法省だし、市中での捜索は軍の王都警備隊が中心になる。いくら優秀とはいえ、一官僚のためにその原則は変えられない。


 しかし准王族のエリーが動くなら話は別だ。彼女の護衛にはこれまでも度々近衛隊が出ていた。そしてこれを口実に近衛隊を捜索に加えられる。国王は視線をエリーへと向け直した。


「よし、分かった。ライネル夫人の同行を許可し、その護衛として近衛隊を同行させる。異論は」

「しかし、陛下」


 ブラニフ卿は言い募るが、そこで周囲の視線に気づく。近衛の出動、の意味に気付いた官僚たちが今度はブラニフに厳しい視線を送る。本来味方であるはずの魔法省の者からも、国王に信頼されていないのか、という視線を送られ、ブラニフ卿は次の言葉に詰まった。


「では、決まりだな」


 その言葉に官僚達は一斉に動き出し、急遽出動することになった近衛隊もバタバタと走り出す。


 そんな中アデレード王女は「よくできました」というようにエリーに微笑みかけた。

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