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20 私の使命だからです

「せっかくの王女殿下からのご招待にも関わらず私一人での登城となってしまい、心よりお詫び申し上げます」


 アドレニア城にあるアデレード王女の執務室。王女からのお茶の誘いを受けていたライネルは共に招待されていた妻が欠席することを侘びていた。


「気にしないで、事情は聞いているわ。むしろ体調が万全じゃないのにエリーを連れてきてたら怒っているわよ。それでエリーの調子は?」


 後半は少し心配げにきく王女にライネルは顔を上げて答える。


「寛大なお言葉感謝致します。体調を崩したと言っても魔力切れは病気ではありませんので。かなり元気になってきたようで、今日も留守番させるので苦労しました」

「ふふっ、景色が思い浮かぶわね。でも元気ようで良かったわ」


 ライネルの苦笑いを見て王女もクスリと笑った。


「それで王女殿下?」

「あら? なぁに」

「突然お茶の場所が王女の私室に変更となりましたが何か秘密の話でも?」

「さすがライネル。敏いわね」


 元々は城の応接室の一つを使うことになっていた今日のお茶会だが、エリーの欠席を伝えると、「じゃあ、私の執務室にしましょうか」と急に王女の執務室に場所が変更になった。さらに案の定部屋に通されてみれば不自然な程すくない侍女や護衛の数。そして丁寧に最初から防音魔法が施されている、となればすぐに密談があるのだろう、と想像出来た。


「本当はもう少し後に話そう、と思っていたのだけどちょうど良いから話してしまおう、と思ったの。エリーの結婚相手についてよ」


 エリーの結婚相手、その言葉を反芻してライネルは珍しく理解が出来ない、というような顔をした。しかし無理も無い。今ここに事実、彼女の夫がいるのである。


「しかし、彼女はすでに結婚」

「契約結婚でしょう? 一年を目処に離縁する予定の。円満に離縁する方法は考えているの?」

「もちろんです。結婚以来エリーさまの評判を落とさないように離縁する方法を色々と考えてきました。いずれエリー様にも聞いてもらうつもりです」


 そうきっぱりと言い切るライネルに王女は自分から聞いたことではあるが、少し苦笑いする。


「相変わらずね。まあ、そうだろうと思ったけど。でもライネルのことだからあなたが悪者になろう、としているのでしょう」

「もちろんです。エリー様の将来に可能な限り悪影響を及ぼさないように離縁するところまでが契約ですから」

「その考えはさすがだと思うわ。でもね、私としては今回の魔力暴走の功労者である二人にはどちらにも幸せになって欲しい。だからあなたにも出来れば醜聞など立てたくないの。それで提案なんだけど」


 そこで言葉を切ったエリーは少し内緒話をするように声をひそめる。しっかりと防音魔法が掛けられたこの部屋にその必要が無いのはわかっているはずだが、そうしてしまうのは人間の性だろう。


「プレストンから非公式に求婚の話が来ているわ」

「プレストンですか?」


 プレストン王国はカードリー王国と海を挟んで向かいにある国だ。大きな貿易港を有する商業国家でカードリー王国との関係も良い。


「ええ、それでね、いい話かもしれないと思っているの」

「そんな!いい話かもしれない、とは彼女をなんとお思いで」

「まあまあ、ごめんなさい。言い方が悪かったわね、彼女を道具の様に使うつもりはないわ。ただ、ライネルも知っての通り彼女はこの国では有名になりすぎているし、しかも元の身分もみんな知っているから、どうしても居心地の悪さは拭いきれない。だったらいっそ心機一転、別の土地に行くのもどうかしら、と思ったの。それに魔法だらけのこの国では彼女はいつまたあの力を使わないといけないかも分からないわ」

「先方は何と」

「まだ、向こうにはお話していないわ。向こうの希望としてはこちらとの友好のために高位の貴族と縁談を結べたら、というもの。ただ、特に王家は今人手不足だから。エリーに嫁いでもらうのひとつかしら、と思ったの。向こうの貴族はこちらよりずっと庶民に溶け込んだ暮らしをしているしね」

「なるほど、それで、王家から婚姻の命令を下す形に?」


 王家から離縁を命ずる、ということは不可能では無いが、王家の評判にもつながるだろう。そんな疑問を持ちつつ口にするライネルに王女はさらに話を続けた。


「そのとおりよ。実際にはそちらの使用人にお願いすれば白い結婚の証明はできるから、婚姻の取消を王家から命ずる、ということを考えているわ。その上でエリーには友好のため、ということでプレストンに行ってもらう。あくまでも王家の命令だから二人は逆らえないし、評価も落ちない」

「ですが彼女を海外に行かせてしまって良いので?」

「あまりよろしくは無いかも知れないけど、プレストンは友好国だしね。彼女一人が向こうへ行ったからといってバランスが崩れる程では無いわ。それに彼女はそこまで魔力があるわけでは無いから悪用も難しいわ。それに国内にいるから問題が起こらないわけでも無いようですしね。ブレシア卿は相変わらずあなた達の周りを嗅ぎ回っているのでしょう?」


 その言葉にライネルは苦虫を噛んだような顔をする。


「ええ、先日もエリー様と接触したようです。護衛はかなり厚くしていますから世間話だけで終わったようですが。さしずめ彼女をブレシア卿側に引き入れようとしているのでしょう。最近の魔力暴走もエリー様をおびき出すためにブレシア卿とその配下の者達が起こしている可能性が」

「噂には聞いていたけど本当だったのね」

「まだ断定は出来ません。もう少しで証拠が出てきそうなのですが」

「わかったわ。と、こんな風に国内も必ずしもエリーにとって過ごしやすいわけでは無いわ。もちろんエリーの気持ちを最優先にするから、彼女の体調が回復したら一度確認してみてくれる? 王家はどちらの返事も歓迎するわ」

「かしこまりました。近いうちに返事を持ってまいります」

「えぇ、お願いね」






 それから数日後、魔力切れから完全に回復したエリーは久しぶりに夕方、と言える時間に帰宅したライネルと共にライブラリーで食後のお茶を楽しんでいた。倒れてから数日はずっと寝室で食事をしていたし、ようやく寝室からでて動き回る許可が出ても、今度はライネルの帰宅が深夜になる日が続いたのでなんだかんだといって、こうしてエリーがライブラリーに入るのは久しぶりだ。


 それぞれ好きな本を読んだり、読まなかったり、時折話をしつつ、過ごすこの時間をエリーはとても気に入っていた。


「エリー様」

「どうかされましたか?ライネル様」


 少しだけ続いた沈黙を破ったのはライネル。その声に手にしていた本から目を話してエリーはライネルの方を見上げた。


「少しお話があるのですがよろしいでしょうか? この前王女殿下の御前に上がった時のお話です」


 少し姿勢を正して話し出すライネルに、なんだろう? と思いつつエリーも居住まいを正した。


「えぇ、もちろんですわ。なにかお話があったのですか?」

「はい、実は……この契約結婚についての話です」

「あっ、そう言えばもう契約を結んでから結構な時間が立ってますよね」


 あまりにもこの屋敷と、ライネルと過ごす時間が心地よすぎたからか、頭の奥の方へ追いやられていたが、この結婚は終わりがある契約だ。そろそろそういう話をしないと行けない時期か、とエリーは少し寂しさを感じた。


「王女殿下は私達の契約を心配してくださっているようで、色々と思案してくださっているようです」

「まぁ、王女殿下が? そんな恐れ多い」

「その通りですが、この結婚の発案者は殿下ですからね。殿下の性格上、アイデアだけ出してそのまま、とはならないのでしょう。それで、」

「それで?」

「エリー様にプレストンの王族との縁談を勧めていらっしゃいます」


 その言葉にエリーはひゅっ、と息を呑む。その反応も当然か、と思いつつライネルは話を続けた。


「まだ、プレストンとの間で縁談を結べたら良い、と言う話が王族同士の間で出た、と言う程度なのでエリー様の名前は上がってすらいないようですが、しかし陛下はエリー様もこちらから嫁ぐ可能性のある一人、と思っていらっしゃるようです。それに王女殿下も仰っておりましたがこれはエリー様にも悪い話ではありません」

「そ、そうなのですか?」

「えぇ、なによりあなたはこの国では有名過ぎますが、外国にいけばその知名度もある程度薄れます。それにプレストンは王侯貴族が政治に関与しない国なのでこちらの貴族に嫁ぐよりずっと市井に近い暮らしが出来ます」

「そう言えば昔、学校で習いましたわ」

「今も外交や儀礼面の仕事はしていますがプレストンの王侯貴族はほとんどが商人として生活をしています。私の知る限り今の王子達は皆良い人ばかりですしね。やはり突然すぎますか?」


 プレストンへ嫁ぐメリットをスラスラと上げたライネルはエリーが複雑そうな顔をしているのをみて言葉を切る。


「そうですわね。正直なところ混乱しています」

「まあ、突然の話ですから驚いた、と思いますが王女殿下曰く、今すぐにと言う話でもなく、あくまでも選択権はエリー様にあるとのことですのでゆっくりと考えればよろしいかと思います。プレストンに嫁がれるのでしたら私は全力でサポートしますし、そうでない選択肢を選ばれるのでしたら、円満な離婚から次のお相手探しまで全力でサポートします」

「有難うございます。でも、私のことだけでなくライネル様のことも考えていただきたいですわ。私が外国に行くにせよ、行かないにせよ私と離縁した後、ライネル様はどうされるおつもりなのですか?」


 ライネルは相変わらず忙しくしているが、それでもエリーと結婚する前の心配になってくるほどの生活と比べるとかなり規則正しい生活を送るようになった。これがエリーと離縁すればまたあの頃の城でひたすら仕事に明け暮れる人に戻ってしまうのではないか、とそれが心配だった。しかしライネル本人はそれはどうでも良い、と言わんばかりに笑う。


「私ですか? 私は上手くやりますよ。それよりもまずはエリー様の将来です」

「どうして……、どうしてライネル様はそこまで私の事を大切にしてくださるのですか?」


 あまりにもあっけらかんとした口調にエリーは思わず、といったように口を開く。するとライネルは何を今更、というように笑顔のまま続ける。


「それが私の使命だからです。王女殿下にエリー様の保護を頼まれたときから私はあなたを守り切る、と誓ったのです。重すぎる荷を背負ったあなたには幸福な将来が約束されるべきですし、何不自由なく、何にも煩わされない暮らしが待っていて然るべきです。そのためなら私はどのようなことでもします」

「ではライネル様が私の事を大切にしてくださるのは保護者としての使命感からですか?」

「ええ、もちろん」


 その言葉にエリーは息を呑む。ライネルがそう答えるのは当然なはずなのに、何故か驚いている自分がいて、動揺を隠せないまま、エリーはとにかく逃げ場を探すように言葉を探した。


「そう……ですわよね。とても感謝していますわ。王女殿下のご提案は一度よく考えて見ます。ライネル様にも相談に乗っていただきたいのでまた時間を作ってくださる?」

「もちろん、そのつもりですよ」

「ありがとうございます。では夜も遅いのでそろそろ寝ることにしますわ。良い夜を」

「良い夜を」


 先程と同じ調子で返されたことにもまた動揺したエリーは今度こそ逃げるように、いつもと違い侍女を呼ぶことすら忘れて自室に戻ったのだった。


 そんな彼女を見送ってからライネルは従僕を呼ぶベルを鳴らす。


「もうお休みでしょうか?」

「いや、私はもう少しだけ考え事を。とりあえずカップを片して、後悪いけどグラスと氷をもらえるかい?少しだけ寝酒をもらおうかと思って」

「かしこまりました」


 従僕が持ってきたグラスに蒸留酒を注ぐ。そうしながらもライネルの脳裏には逃げるよに自室に戻っていたエリーの顔が浮かんでいた。


「これで良いんだ」


 一度決めたことは守らなければならない。彼女の保護者として幸せを願う、それが彼女に取って一番良いことだ、と結論を出した以上、違う未来を願っては行けない。そう頭の中で繰り返し、自分に言い聞かせるようにしつつ、ライネルはグラスの中の酒を飲み干した。

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