19 だからこそ心配なのです
エリーはもともと取り立てて魔力が強いわけではない。この魔法が至る所で使われる国で暮らす上で困らない程度の魔力はあったが、かといって魔法を仕事に出来るほどの力はない。貴族と言うには少々没落していたが、生活に困っていたわけではないし、自分としては街で暮らす普通の女の子、という認識だった。
だから、初めて街で魔力暴走を見た時。彼女は周囲にいた他の人同様パニックになったのだった。突然火を吹く魔道具とそのせいで燃え上がっていく家。
火が回る前に住人は逃げ出したようだが、比較的お金がある地域とはいえ、住宅が密集する街では一つの家が燃えればあっという間に延焼してしまう。どうにかしたい、そう願いつつ、何も出来ないもどかしさを抱えてただ、遠巻きに火の手を見ていたエリーだったがその時突然魔力が体中から溢れるのを感じた。溢れた魔力は火を吹き出す魔導具に吸い込まれていき、みるみるうちに以上に放出された魔力を吸収していく。あっという間に火は消え、残ったのは焦げた家屋と呆然とするエリーだった。
そこからは怒涛の日々だ。周囲の人々からその時の様子を聞いた魔術師は顔色を変えて、慌ててアドレニア城へエリーを連れていき、そこで彼女が一度発動した魔力を強制的に止める特殊な魔法を使えることが知らされたのだった。
魔法は一方通行であることが知られている。100の出力の魔力に対しては、それを打ち消す同じだけの魔力をぶつけなければ魔法の効果を止めることは出来ない。自分たちの魔力の範囲で魔法を使っていた時代は良かったが、魔道具の開発が進むことで、人々は自分の魔力以上に強力な魔法を使えるようになった。それは便利な半面、万が一魔道具が暴走した時、それを止めることが出来ない、ということを意味する。
当時はあちこちで次から次へと魔力暴走が発生していた。暴走の数があまりに多すぎて暴走を止められる強い魔力を持った魔術師の数が足りなくなっていた。エリーが初めて特殊な魔法を使った時に魔術師がすぐに来れなかったのもそれが原因だ。
それに対してエリーの魔法は魔法の発動を強制的に止めることが出来る。それは少ない魔力でも魔法を消すことが出来る、ということを意味する。城に迎え入れられたエリーは、魔力暴走に対処する責任者となったライネルと共に王都アドレニアを中心に魔力暴走を沈めるために奔走することとなった。
ただし、魔力が少なくてすむ、とはいえそれは普通に止めることに比べれば、と言う話だ。魔力量はごく普通のエリーにとってはそもそも強い魔法を長時間、連日使うこと事態が負担となる。
特殊な魔力を使うことが出来るエリーだったが、だからといって突然その魔力が増える訳ではない。暴走への対応の合間を縫って、魔力そのものを増やしたり、魔力を効率よく使うための訓練をして、使うことの出来る魔力は大きく向上したが、それでも限度があった。
「お願いします。エリー様。店が燃えてしまってはこれからどうやって生活すればよいか」
「安心して下さい。今、暴走した魔道具を沈めますから」
幸いというべきか、魔力暴走は火を吹き出す前に異常な魔力が魔導具から出るから、暴走現場の人はだいたいが火が出る前にその異変に気づいて逃げ出すことが出来ることが多かったが、とは言え家や店を焼かれてはその後の生活ができなくなる。
だからエリーが暴走の現場に行くと、魔導具が暴走を起こした家や店の人はなんとかしてくれ、と彼女に懇願する。
とは言え、いつも彼女の力が暴走する魔力を沈められる訳では無い。暴走を止める前に家が焼け落ちてしまうこともしばしばあった。
「あとちょっと、あとちょっとなのに」
暴走する魔道具に魔力を注ぎつつ、体内の魔力が枯渇しそうになるのを感じたエリーは焦りを感じ、冷や汗をかく。いや冷や汗は魔力が欠乏したことによる体の警告かもしれない。全身から力が抜けるような感覚がして、体も徐々に冷えて言っているような気がする。それでもなんとか魔力を注ぎ続けたエリーだったが、本当に後少し、と言うところで、魔力が完全に切れてしまい、意識が遠くなる。注がれる聖女の魔法が途切れると同時に消えかけていた火がもう一度上がり、慌てて魔術師達が駆け寄る。その様子を薄っすらと見ながらエリーは無力感に苛まれつつその場に崩れ落ちた。
「エリー様、エリー様!」
と、そこで自分を呼ぶ声がして、遠くなった筈の意識が覚醒し、そこでそもそももう魔力暴走は落ち着いた筈だ、ということに思い至る。そして意識がはっきりとするにつれそこがアドレニア城に与えられたエリーのための部屋のベッドではなく、イーストル魔法伯爵邸の主寝室のベッドであることに気付くのだった。
「エリー様? 気付かれたようですね。うなされていたようでしたが」
その声にそっと目を開けると、心配そうに覗き込むライネルの瞳と、カーテンから少し漏れる朝の光を感じた。
「は、はい。あの……あの頃の夢を。そうですわ、魔力暴走を起こした店はどうなったのでしょうか?」
「心配なさらずとも、無事あなたが暴走を止めてくれたおかげで火は消えましたよ。怪我人も出ませんでしたし、商品はあらかた焼けてしまいましたが、店が焼け落ちなかったのは不幸中の幸いでしょう」
「良かったですわ」
その言葉を聞いてエリーは胸をなでおろす。そんな彼女にライネルは少し厳しい顔をして彼女を覗き込んだ。
「私はとても心配しましたがね。また限界まで魔力を使い切りましたよね」
「うっ……それは。だって、あの。とにかくあの状況をなんとかしたくて」
聖女の魔力はエリーが持つ特別な力だ。困っている人が言えれば惜しみなく使うことに後悔は無いが、こうして倒れた後に心配と怒りと無力感がごっちゃになったような瞳で見つめられると、とても申し訳ない気持ちにもなるのだった。
「いや、わかっているのですよ。あなたが困っている人を見たら放っておけないのも、あの状況を打破出来る力の持ち主なのも」
そう言いながらライネルはなんだか辛そうに顔をしかめた。
「だからこそ心配なのです。あなたが無茶をしないか。自分を犠牲にしようとしないか。だから私は城にあなたを迎え入れたときから、あらゆるものからあなたを守ろう、と決めたのです。あなたの保護を頼まれた者として。でも……駄目ですね」
「そんな! ライネル様はいつも私を守って下さいますわ」
「そんな事ありませんよ。結局今回もあなたを倒れさせてしましました」
そう言って視線の下げるライネルにエリーは次に紡ぐ言葉を失ってしまった。「そんなことは!」と言いたいが寝台の上では説得力がない。
あれこれと考えてエリーが決めたのはとりあえずライネルを安心させよう、ということだった。
「そ、そうですわ! 私昨夜から一晩中寝ていたのですよね。そろそろ起きないと、体もかなり軽くなりましたし」
意識して明るい声を出し、身を起こそうとしたエリーを横から伸びてきた手が優しく、しかし有無を言わさず寝台に押し留めた。
「まだ駄目です。すくなくとも医者を呼んで診てもらうまでは。それに寝ていたのは一晩ではなく一日半ですよ」
「そんなにですか!」
「あの場所から連れて帰ってきた時のあなたは生気もなくぐったりして、夜が明ける頃には血色もからに戻ってきましたが、そのまま一日起きなかったのです。私が心配するのも無理はないでしょう?」
「そ、それはそうですね」
仮にライネルが同じ状況になれば確実に自分は取り乱す。いかに彼に心配をかけていたかを身にしみて感じエリーはうなだれた。
「あなたのお陰で救われた人がいるのですから後悔する必要はありませんよ。でも私を含め屋敷中の皆が心配しているのは事実なので今はゆっくり休むこと。今ダリアを呼びますからね」
そう言ってライネルは軽く彼女の頬を指の裏で撫でてから布団をしっかりと掛け直し、部屋を出ていった。
いつ彼女が起きてもいいよう準備をしていた、というダリアはライネルと入れ替わりに他の数名の侍女を連れて部屋に入り、
「心配しましたよ」
と泣き出しそうに顔を歪めた。そんな彼女に申し訳なさをつのらせつつ、服を変えてもらい、軽い食事を食べると、エリーはますます元気になってきた。
そもそも魔力切れは病気ではないし、何度も魔力切れを起こしているエリーはある意味この症状に慣れている。正直もう身体を起こしても良いのだが、ダリアを始め侍女たちにも
「ゆっくりと身体を休めてくださいませね」
と優しく、厳しく言われてしまったし、何より寝台の横に置かれた椅子では監視するようにライネルが控えていた。
「あの……こんな状況でなんですが、ライネル様。お仕事は?」
「もちろん休みましたよ」
(やっぱり)
その言葉にエリーは心のなかで呟く。城にいる頃からエリーが魔力切れで倒れると、たとえどれだけ忙しかろうがライネルは仕事を置いて彼女の側にいてくれた。それは心強くもあったが同時に彼女を申し訳ない気持ちにもさせるのだった。
「なんだか申し訳ないですわ。侍女たちもおりますしライネル様はお仕事にいっていただい」
「私が好きでしているので申し訳なく思う必要はありません。私がこの程度の調整も出来ないとお思いで?」
私はいいからお仕事に、とエリーが言うのもそれをすべて言わさずに、あえて不遜にそう言い切るのも城にいる頃から同じだった。
「とは言うものの、私は仕事一辺倒の人間ですからね出来ることなど限られていますが、側に誰かいるだけで違うでしょう? さぁ私のことは気にせずもう少し眠りなさい」
そんなライオネルの言葉に有無を言わさぬ響きを感じたエリーは再び寝台に身体を預ける。なんだかんだといって体力を消耗しているのだろう、あれだけ寝たのにまた強い睡魔が彼女を襲ってきた。重たくなってきた瞳を少しだけ持ち上げると、そのことに気付いたらしいライネルがニコリと安心させるように微笑む。それだけのことではあるが、安心感を得たエリーはそのまま眠りの世界に落ちていく。だが、今度は悪夢を見ることは無いのだった。




