【25】
久しぶりの更新で申し訳ありません。
サブタイトルの表記を【話数】に変更しました。
ダフネの森から帰邸したお兄様に抱き上げられ、笑顔のお兄様と共に私は応接室の扉を潜った。
そこには私が指示した通り、お茶の準備を終えたメイドのクロエが控えていた。
少ない時間できっちりとセットされたテーブルを前に私は嬉しくなる。
「くろえ、ありがとう」
短い、たった一言のお礼。
それなのにクロエは顔を綻ばせ、嬉しそうに微笑んでくれる。
他の使用人達や紅騎士達も私がお礼を言うといつも笑顔をくれる。
笑顔にならない人もいるが、それでも照れ臭そうにしたり、厳つい顔をほんの少し緩めたりしてくれる。
感謝の気持ちを伝えたいし、大切なことだと思うから、私は感謝を伝える行為に躊躇いを感じたことはない。
もしかしたら前世の日本人だった感覚が根底にあるせいかもしれない。
でもそれがこの世界の貴族としては珍しい部類に入ることは自覚している。
それでも私はこれを変えようとは思わない。
例え、お兄様の後ろに目を見開いたゼノンがいようとも。
クロエの綺麗な笑みに私が微笑むのを見届け、お兄様は人払いを命じた。
暫くこの部屋には誰も近づかないように、と。
お兄様からの命令にミリアとクロエは一礼し、応接室を後にする。
パタン…っと扉の閉まる小さな音を残して部屋には私とお兄様、ゼノンとリュノンの四人だけとなった。
そしてお兄様が悪戯っぽく笑う。
「これで心置きなく話せるよ。ゼノン」と。
ソファーに私を降ろすと当然のようにお兄様が右隣へ座った。
テーブルを挟んだ向かいにはゼノンが腰を下ろし、リュノンがお兄様の背後へ控える。
そして始まった和やかなお茶会。
クロエが用意してくれた紅茶を飲みつつ、私はお兄様の話を聞く。
お兄様曰く、土産話だというダフネの森での出来事を。
「―――そしたらデュークがいきなり名前で呼べって無茶振りしやがる。信じられるか?」
「いいじゃないか、君も納得したことだよ」
「姫様、お二人は帰路もずっとこのような感じでして…」
話にはお兄様の後ろに立つリュノンも加わりながら、何があったのかをより正確に三人で私に伝えてくれた。
「―――それでこうして今日、帰邸したんだよ」
そう笑顔で締めくくったお兄様だが、私の感情は忙しかった。
引き攣りそうな顔に必死で笑みを浮かべながら、心の中でそっと溜め息を吐く。
「おにいさまたちがごぶじでよかったですわ」
「ありがとう」
お兄様達が無事だったのはとても嬉しいし、被害が少なかったことも喜ばしい。
けれど、驚いたり呆れたり…まず何から突っ込めばいいの?
「ときにおにいさま。びゃくらいをしようなさいましたのね?」
「あぁ、シェリスに早く会いたくてね」
白雷や白炎の威力を知っている私が確認のためにお兄様に問えば、笑顔で答えが返ってきた。
さも当たり前のことのように。
しかし、この会話を正面で聞いていたゼノンは眉を顰めている。
「だからってあの威力はねぇだろ」
「そうかな?あれでも加減して使用したんだけどね」
「デュークおまえ、一番被害の少ない方法だって言ってなかったか…?」
どうやらゼノンはお兄様が使用した魔法に何やら思うところがあるようで、その目は半眼になっている。
「あぁ。手早く片付けてシェリスに会うためにはアレが一番だったんだよ」
「おま…っ!それであんなのブッ放したのかよ!?」
ゼノンが吠えた。
目を見開き思わずといった様子の彼だが、お兄様の追撃は緩まなかった。
さも常識のように平然と「当たり前じゃないか」と言い放つ。
「何シレッと肯定してんだよ…」
「いいじゃないか。ザルツ村には被害を出させるわけにはいかなかったし、近隣の村々も無事。ほら、何も問題はないよ。むしろ上出来だろう」
悪びれた様子のないお兄様にゼノンは手で自分の額を覆うと、疲れたように長い溜め息を吐いた。
「だからって、だからってなぁ…」
今回の討伐でお兄様と知り合ったゼノンは、お兄様の発言や行動に未だ慣れていないのだろう。
妹に会いたいがために高火力の魔法を放つお兄様、そう聞けば確かに危ないようにも聞こえる。
と言うよりも、危ないようにしか聞こえない。
私もお兄様でなければ今頃ドン引きしていたことだろう。
お兄様は良くも悪くも妹最優先のシスコン。
それも妹の私から見ても妹至上主義と言ってしまえる程の超重症者。
私に会うためなら威力の高い魔法を放って敵を一掃するくらいなら平気でやるだろう。
話を聞いただけでも簡単にその場面が想像できるし、たぶん…今回もそれだ。
実はお兄様が白雷を使用したは今回が初めてではない。
今までの討伐でも面倒だと言って何度か白雷を放ったと聞いている。
ちなみに情報の提供元は邸の警備に来る紅騎士達だ。
彼等が時々、お兄様と赴いた討伐の話をしてくれる。
そして彼等にも邸の使用人達と同様にお兄様の妹最優先は知れ渡っており、お兄様本人も一切隠そうとしていない。
それどころか、お兄様は自分から嬉々として広めている節がある。
つまり紅騎士の隊長であるリュノンにもお兄様の行動は当然の事として受け止められており、この場でお兄様の発言に違和感を覚える者はゼノン以外存在しなかった。
誰も突っ込まない現状を見てゼノンは早々に白旗を上げた。
「権力も破壊力も行動力も、おまえはあり過ぎんだよ…」
ぼやくゼノンに私は内心で同意と共に深く同情した。
その気持ち分かる、すっっごくよく分かる。
激しく同意します!
なんせ私、やらかしてますし…。
お兄様ってちょっと大胆と言うか、過激というか、極端だから。
今話題の学園都市アルカディア。
お兄様が自分の領地の、それも領都カルダナのすぐ近くに急ピッチで建設しているものだ。
当初、前触れなくいきなり持ち上がった学園都市計画に大公領の上層部や関係者は、さぞ驚いたことだろう。
そして理由を知った者は、大いに呆れたり納得したことだろう。
妹と離れたくないから王都の学園に通わないと言うお兄様が学園都市を造り始めたのだ。
急ピッチで短期間に出来上がっていく学園都市が、私の言葉を切っ掛けに出来た物だなんて。
当時寝ぼけていた二歳児のちょっとした発言を真に受け、兄様は造ってしまった。
王都の学園とは異なり、生徒達の育成を第一目標とした学園都市を。
誰が予想出来ただろうか。
寝ぼけていた私の発言がこんな大事になるなんて――。
普通は取り合うこともない冗談のような発言をお兄様は形にしてしまった。
そんな程度には財力も権力も行動力もあるお兄様。
よく理解していますとも、それはもう身に染みて!
…後悔はしてないけど。
「ふふふ、誉め言葉として受け取っておくよ」
そう言ってお兄様は楽しそうに笑う。
呆れたのか、それとも諦めたのか、ゼノンはそれ以上は何も言わなかった。
溜め息を吐いたゼノンの表情はどこか優しく、まるで彼の人の良を表している様だ。
その様子を眺め、お兄様はさらに楽しそうに喉を鳴らす。
大公という地位と重荷が常に付きまとうお兄様。
そのお兄様が近しい年齢の者とこの様に冗談みたいな言葉を交わすのは、非常に珍しい。
前回も含め、こんなお兄様を目にしたのは初めてだ――私の知る限りでは。
そんな珍しい状況に私は嬉しくなり、リュノンと目を合わせてそっと笑みを浮かべるのだった。
そしてふっと思う。
こんな時間がずっと続けばいいのに、と。




