【19】
突如、パチパチと拍手が鳴り響いた。
「私も彼女を支持するよ」
とっさに各々が武器に手を伸ばす中、数人が弾かれたように入り口に視線を向けた。
入り口が開かれ他の視線が一斉に向くと、一人の少年が天幕へと入ってくる。
明らかに上等な服に身を包んだ白銀の髪の美少年は、蒼の瞳をに侮蔑の色を宿しながら佇んでいた。
作り物めいた美しい顔と笑っていない瞳で入り口に立つ、まだ十代前半と思しき美少年。
周囲の人間が見惚れる中、彼の前にラインフォルトは躊躇いなく素早く跪いた。
それに続きライオスとリュノンが跪くと、少年の笑顔が柔らかくなる。
「ラインフォルト、ご苦労だったね。ライオスとリュノンも」
「いえ…大したことは出来ていませんので」
紅騎士達が突然入ってきた少年に跪くという事態に、一部は固まり、一部は顔を引き攣らせている。
彼等の態度で何となく少年が上の立場の人間だと理解できたため、誰も口を開かない。
そして、少年が誰なのか理解したハインリッヒ騎士団の面々は、驚きのあまり固まったまま動けずにいた。
「ご自分で追加部隊を率いて来たのですか?」
「いや、追加部隊もう少し後になるよ」
「護衛は…まさか、単騎ではありませんよね?」
「しないよ。またシェリスに泣かれたくないからね」
ふふふ、と笑う少年に「閣下は…」とラインフォルトは溜め息を吐く。
その雰囲気は仕方ないというような諦めを含んだものだった。
ライオスとリュノンも跪いたまま苦笑いをしている。
少年の周囲や炎翼騎士団では妹が最優先と少年が言うのは最早当たり前、常識なのだ。
ラインフォルトと話す少年は、当たり前のように彼を呼び捨てにして跪かせている。
一方、和やかな会話の中に聞き逃せない単語を見つけ、一同は少年を凝視した。
そんな中で約一名、空気を読めない者がいた。
「誰だよお前!いきなり入って―っ」
寄りにもよって少年に食って掛かったのだ。
その瞬間、光が走り転がったままのマーギスの首元にリュノンの剣が突き付けられた。
僅かにでも動けば皮膚が切れる位置に、ピタリと。
「それ以上しゃべるな」
剣を突き付けたリュノンは先程までの穏やかさとは真逆の殺気を放っていた。
しかし少年が静止すれば剣はあっという間に収められ、殺気は瞬く間に霧散する。
リュノンに剣を収めさせた少年は、まるで先程の出来事など無かったかのように口を開いた。
「自己紹介がまだだったね。私はデュークハルト・カルラフォード。これでも一応、国王陛下より大公位を頂いている。よろしくね」
「…っ!!」
反射的に跪こうとしたハインリッヒ騎士団の隊長達を手で制し、デュークハルトはラインフォルト達に立つように指示を出す。
そして冒険者を見やれば、黒髪の青年を除いて全員が大変面白い顔をしていた。
彼等からればと一生会うことはないかもしれない雲の上の人物の登場だ。
しかもそれがまだ十代前半のこんなに幼い美少年だと誰が思うだろうか。
きっと冒険者達の心の声は一致していることだろう。
「よろしくできるか!」と。
先程デュークハルトに食って掛かったマーギスなど顔から血の気が引き、白を通り越して青くなっている。
「さて、ここの責任者マルフォイ・グラナーは誰かな?」
「…っ、私です」
名指しされ名乗り出たマルフォイにデュークハルトの視線が向いた瞬間、天幕の入り口が乱暴に開かれた。
駆け込んできたのはハインリッヒ騎士団の騎士だが、酷く慌てた様子で謝罪すると早口で報告を上げる。
「緊急事態です!森からトロールが溢れ出して来ました!」
一同に緊張が走り、視線が報告に来た騎士に集中する。
「ご指示を!」と声を上げる騎士を手で制して待機を命じると、デュークハルトは纏う空気をガラリと変えた。
先程まで僅かにあった少年っぽい雰囲気は消え、その顔には既に笑顔はない。
ラインフォルトとマルフォイを見据え、デュークハルトは大公として動き出した。
「ラインフォルト、前回の報告書以降で何か報告はあるか?」
「はい。確認できているだけでトロールは約三百体。そのうちの百体余りは上位種のウォートロールだと確認できています。また冒険者が三十名程、昨日のうちに追加で合流しています」
「なるほど。マルフォイ・グラナー、侯爵からの指示は?」
「援軍の到着予定は早ければ明日とのことです。それ以外は現場に任せると。また、必要とあらば一時的に全権限を炎翼騎士団へ預けるようにと」
「そうか、わかった」
指揮権ではなく全権限というところにハインリッヒ侯爵の本気を見える。
二人からの報告を受け、デュークハルトは瞬時に結論を出す。
今は迷ってる暇などない。
「侯爵から別命が出るまで私がここの指揮を執る。マルフォイ、君達は私の指揮下に入れ」
堂々と言い放たれた言葉にマルフォイは戸惑うが、デュークハルトは気にもしていなかった。
そんなものはいつもの事なのだから。
デュークハルトをよく知らない人間は見た目や年齢で彼を判断する。
だから大公位を持つただの子供と見るものが多いのだ。
「ラインフォルトは紅騎士達への指示を。マルフォイはハインリッヒ騎士団と冒険者達への指示を。冒険者をまとめるのに必要なら彼女の力を借りると良い」
そう言って先程自分が賛成した彼女をデュークハルトは見やる。
見られたバナンはデュークハルトと視線が合うと気まずそうに目を泳がせ、身じろいだ。
「トロールは力が強く再生能力も高い。一瞬の油断が命取りになる。常に警戒を怠るなと、討伐に参加する全員に徹底してくれ。出来れば頭を狙うように。狙いにくければ転ばせて頭を落とせと」
トロールの特性の一つである高速再生のことは、冒険者ならば知っている者も多いだろうがここには騎士もいる。
知らない可能性も含めて、周知させる徹底させるに越したことはない。
デュークハルトからすれば、ハインリッヒ騎士団が魔物討伐にどの程度慣れているのかという不安もあった。
「マルフォイ、森から離れた位置で包囲し、出てきたトロールは数人で囲み確実に討伐させろ。上位種のウォーロードは無理に手を出さなくていい。ラインフォルト」
「はい」
「紅騎士達には苦戦している者のカバーと上位種を優先して討伐させろ。難しいと判断したら即報告を徹底、周りを逃がし時間稼ぎに徹するようにと」
「了解しました」
「あぁ、ここの正面は誰も戦力を配置しなくていい。さぁ、行動を開始しろ」
指示を出し手を叩いて促すとマルフォイは一瞬戸惑ったが了承し、同僚と冒険者達を促しながら急いで天幕を出て行った。
デュークハルト前に残ったのは炎翼騎士団の三人、報告に来た騎士、黒髪の冒険者と床に転がされたままのマーギス。
「閣下、護衛にリュノンを置いて」
「不要だ、私も出る。お前達には現場に居てもらわなくては困る。さぁ、早く指示を出しに行け」
「はぁ…仕方ないですね。了解しました」
提案を半ばで却下され、ラインフォルトは諦めの溜め息を吐くとライオスとリュノンを連れて天幕を出て行った。
炎翼騎士団の面々が現場の指揮に向かうと天幕の中には沈黙が落ちる。
騎士は自分が残されてしまい、しかも自分達の隊長に指示を出せる少年が目の前にいることに硬くなっていた。
そこにデュークハルトの視線が向き、騎士の緊張は否が応にも高まる。
「君、彼を他の天幕に移して見張りを頼む」
「は、はいっ!え?」
なんとか返事をした騎士はすぐに疑問の声を上げた。
彼とは誰のことかとデュークハルトの視線を辿ると、縛り転がされた冒険者の姿が。
そこで始めて騎士は縛られた冒険者を認識した。
「優秀な敵より理解のない味方の方が性質が悪い。絶対に拘束を外させないでくれ。頼んだよ」
「え、あ、はい…!」
マーギスに向けられたデュークハルトの冷たい視線と言葉に戸惑ったものの、騎士はしっかりと頷く。
それを確認してデュークハルトが最後に残った黒髪の青年へと目を向ければ、彼は笑っていた。
「今から正面でトロールを迎え撃つが、君も一緒に来ないか?戦えるだろう、名は?」
青年に声をかければ驚いたのは一瞬で、すぐに不敵な顔に変わった。
「ゼノンだ。丁寧になんて話せないが、いいのか?」
「緊急事態に言葉遣いを咎めるくらいなら、その時間を事態の収拾に充てるよ」
「くっは…っ、違いない!」
肩を震わせおかしそうにゼノンと名乗った青年は笑う。
これが後にお互いを親友と呼ぶデュークハルトとゼノンの出会いであった。
分かりやすく時系列に。
≪≫…学園見学からの経過日数
≪当日≫シェリスとデューク、学園見学
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≪1日後≫侯爵が協力要請を出す
↓
≪2日後≫↓早馬
↓
≪3日後≫明け方、早馬がカルダナ到着
朝、炎翼騎士団派遣・炎翼騎士団移動中
↓ (副団長、二番隊、六番隊)
↓
≪4日後≫↓【現場】(マルフォイが冒険者を偵察に出す)
↓
≪6日後≫【現場】朝、炎翼騎士団到着
↓【現場】ダフネの森へ偵察隊を出す(ハンス率いる)
↓【現場】夜、報告書を携えライトニングホーク飛ぶ
↓
≪7日後≫ 朝、領都カルダナにライトニングホーク到着
↓炎翼騎士団本部とデュークに報告が届く
↓昼、デュークが追加部隊を派遣
↓【現場】会議・再度の偵察案は却下
↓
≪8日後≫デューク、早朝に馬を駆りダフネの森を目指す
↓【現場】朝、副団長、追加部隊を知る
↓【現場】夕方、応援の冒険者達が到着
↓
≪9日後≫【現場】夜中、偵察隊(紅騎士)が帰還・報告
↓【現場】ラインフォルトの予想外の事態発覚
↓【現場】早朝、会議で事態の報告
↓【現場】デューク、到着&会議乱入
↓【現場】会議中にトロール氾濫発生
↓
↓
≪13日後≫夕方前、デューク帰邸
↓
シェリス、デューク、ゼノン、応接室でお茶




