【18】
学園見学より九日後。
予想外の事態に直面したダフネの森付近。
指揮本部の天幕の中、早朝から緊急の対策会議が立ったままで行われていた。
参加者は二日前と同じくハインリッヒ騎士団は隊長三人、炎翼騎士団は副団長と隊長二人。
冒険者からは代表として前回の三人と新たに男二人が加わり、計五人が参加していた。
皆で簡易机に広げた地図を囲んで現在の状況確認をしている最中、一人の青年冒険者が机を回り込みマルフォイの目の前に立った。
そして彼は現状の不満をマルフォイにぶつけ出したが、対するマルフォイは終始冷静。
丁寧に話すハインリッヒ騎士団の責任者マルフォイに対し、青年冒険者の声が荒々しくなっていく。
一人で段々ヒートアップしていく青年冒険者。
他の冒険者に止められても聞かず、今にも飛び掛からんばかりの勢いだ。
「マーギスやめろって!」
「うるせぇ!言わなきゃわかんねぇから言ってんだ!」
マーギスと呼ばれた青年冒険者はそれでも噛みつくことを止めない。
何度静止しても振り切るため、とうとう今まで止めに入っていた冒険者も諦めた。
「だっからさぁ!何遍も言わせんな!周りで待機して森から出るトロール狩るだけじゃ解決になんねぇだろ!」
「そのようなことは分かってる。ただ下手に突いて今森から溢れ出したら対処できんのだ」
「そうならねぇように端から狩ってくっつってんだよ!」
難しい顔をしたマルフォイは一瞬、ラインフォルトに視線を送った。
しかし、彼と紅騎士達はマーギスが声を荒げ始めてから一言も声を発していない。
何か考えてはいるようだが。
「最新の報告では既に三百体を超え、うち百体は上位種。ウォートロールまで確認されいる。その脅威は冒険者の諸君も理解していると思うのだが」
「理解してるさ。だから言ってんだよ!このまま時間を置けば、奴等もっと強化されかねねぇ!」
マルフォイも騎士達もマーギスの言いたいことは分かっている。
それでもそう簡単に頷けない現状があるのだ。
「そうは言っても現在の戦力で無理は出来んのだ」
「だっからぁ!それは―っ」
ゴンッとやけに良い音がした後、皆の視界から一瞬でマーギスが消えた。
同時に「うぅぅっ…」と声が聞こえ、皆が何事かと声の発生源へと目を向けるとそこには、頭を押さえて蹲る青年。
下から聞こえた呻き声の正体は、先程まで勢いよくマルフォイに食って掛かっていたマーギスだった。
そして蹲るマーギスの後ろには、三十代の女冒険者が呆れた顔で立っている。
「ちょーっと落ち着こうかぁ、マー坊ぉ?」
マーギスに声を投げた彼女はこの場では唯一の女。
会議に参加している者達は彼女以外は全員男だが、この場には彼女を女だからと侮る者はいない。
彼女の醸し出すベテランとも言える雰囲気が彼女を侮ることを許さない。
よく見れば彼女の手は、鞘に収まったままの短剣を掴んでいる。
そう、短剣を「握っている」ではなく「掴んでいる」なのだ。
たぶんその場にいた誰もが理解し、皆同じ結論に辿りついたことだろう。
先程耳にしたやけに良い音は、きっとあれで容赦なく殴ったものだと。
「っうぅ、バナン姐さん!いきなり何すんすか!」
「黙ってな。あんたじゃ話が進まないっしょ」
「うっ…」
マーギスは突如殴られたことに抗議するも、バナンと呼ばれた女冒険者にあっさり却下される。
言葉に詰まったマーギスを放って彼女はマルフォイへと視線を向けた。
「この子が失礼したねぇ。で、騎士の兄さん。そっちが言うことも分かんだけどねぇ、打開策があんなら聞かせてちょーだいよっ。トロール共をこのままってわけにはいかないっしょ?」
「…先日、侯爵様に要請した援軍は明日にでも到着予定だ。炎翼騎士団では既に追加部隊がこちらに向かっているそうだ。早ければ昼過ぎに到着予定だと言う」
「つまり、今は増援待ちってことかぃ?」
「現状ではこれ以上、森に踏み込むのは危険だと判断している」
「上位種がいんだよ。時間置けばさらに強いのが出るかもしんないって、理解して言ってんだね?」
「それでも今の戦力で不用意に突いて、もし森から一斉に溢れ出したら…ここにいる我々だけでは対処しきれん。最悪、我らの壊滅もあり得るのだ。その場合、トロール達が近隣の街へ雪崩れ込む。街でトロール達を殲滅できる戦力が即座に揃うと思うかね?」
可能だと思うかと聞かれれば、答えはノーだ。
そんな戦力が整うのあれば、こんな議論などせずにその戦力を投入してトロール達の殲滅に向かっているだろう。
マルフォイの言うことが想像できたのか、何人かの冒険者の顔が強張った。
「そのうえで聞きたい。彼が先程言っていた端から狩るという方法が冒険者諸君には可能なのだろうか?」
「…出来て最初だけだねぇ。数が数だ、まして上位種がいんなら力押しなんて問題外っしょ?」
それはバナンの正直な意見だった。
可能なら既に提案して実行に移している。
そうしないのは、そうしないなりに理由があるからだ。
「ならば諸君等には不満であろうが、我々の方針は変更できん」
「あのなぁ!騎士の旦那っ」
「援軍でさらに紅騎士が来るってんなら、待つのはありだねぇ。まぁ、仕方ないっしょ。今はなんもかも足んないしねぇ」
再び食って掛かろうとしたマーギスを遮り、バナンは理解を示した。
それに驚いたのはマーギスだ。
明らかに顔が何故、と驚愕に染まっている。
「ね、姐さん!?」
「マー坊、あんたの言う事も尤もだけどさぁ。今は最悪を想定してる騎士の兄さんにあたしは賛成だねぇ」
「バナン姐さん!なんで騎士なんかに頷いてんだよっ!」
「あんた…馬鹿言ってんじゃないよ」
バナンの声が途端に低くなった。
そこに今までの軽い雰囲気はなく、視線すらとても冷たい。
マーギスはバナンから初めて向けられたその視線にたじろいだ。
「ビアン、マー坊をふん縛りな!」
「え!?お、おう」
冒険者の一人に指示を出すと、マーギスを容赦なく縛り上げさせた。
拘束され床に転がされたマーギス本人も周囲にいた騎士隊長や冒険者も、突然の事態に呆気にとられる。
何人か動じていない者もいるが、バナンは周りなど気にした様子もなくマーギスを見下ろした。
「あんた“騎士なんかに”って言ったけどね…いいかい、よく考えな」
マーギスを見据える視線には軽蔑の色さえ見て取れる。
バナンの話す言葉から、いつもの間延びした彼女独特の言葉遣いが消えていた。
それほど今、彼女はマーギスに強い感情を向けているのだ。
「今もしトロール共が溢れ出したら、ここの連中だけじゃあ殲滅できても犠牲がデカいんだよ。だったら援軍が来るまで時間稼いで、出来るだけ刺激しないようにすんのが得策。今はあんたのくだんない意地やプライドにかかずらってる余裕はないんだよ」
冷たく言い切るとバナンはマーギスから視線を逸らした。
これ以上話すことはないとでもいうように。
一方のマーギスは呆然とバナンを見上げたまま反応すらない。
微妙な雰囲気が漂う天幕の中、男の小さな笑い声が響いた。
皆が発生源に視線を向ければ、そこにいたのは黒髪と金の瞳を持った十代後半と思しき青年。
腰に佩いた剣が笑いに合わせて小刻みに揺れている。
彼は今日から会議に参加した冒険者の一人だ。
「くくっ…姐さん、あんた男前すぎんだろ!ははっ、でも賛成だぜ」
黒髪と肩を震わせ、笑い声を押し殺そうとして失敗したらしい青年は、金の瞳を細めて賛成した。
未だに小さく漏れる笑いを押さえきれないままに。
そこへ突如、パチパチと拍手が鳴り響いた。
分かりやすく時系列に。
≪≫…学園見学からの経過日数
≪当日≫シェリスとデューク、学園見学
↓
≪1日後≫侯爵が協力要請を出す
↓
≪2日後≫↓早馬
↓
≪3日後≫明け方、早馬がカルダナ到着
朝、炎翼騎士団派遣・炎翼騎士団移動中
↓ (副団長、二番隊、六番隊)
↓
≪4日後≫↓【現場】(マルフォイが冒険者を偵察に出す)
↓
≪6日後≫【現場】朝、炎翼騎士団到着
↓【現場】ダフネの森へ偵察隊を出す(ハンス率いる)
↓【現場】夜、報告書を携えライトニングホーク飛ぶ
↓
≪7日後≫ 朝、領都カルダナにライトニングホーク到着
↓炎翼騎士団本部とデュークに報告が届く
↓昼、デュークが追加部隊を派遣
↓【現場】会議・再度の偵察案は却下
↓
≪8日後≫デューク、早朝に馬を駆りダフネの森を目指す
↓【現場】朝、副団長、追加部隊を知る
↓【現場】夕方、応援の冒険者達が到着
↓
≪9日後≫【現場】夜中、偵察隊(紅騎士)が帰還・報告
↓【現場】ラインフォルトの予想外の事態発覚
↓【現場】早朝、会議で事態の報告
↓
↓
≪13日後≫夕方前、デューク帰邸
↓
シェリス、デューク、ゼノン、応接室でお茶




