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【16】

ここより暫くシェリス不在のお話です。





時はさらに遡り、学園見学より六日後。


ハインリッヒ侯爵がカルラフォード大公領へ早馬を走らせた五日後――カルダナに応援要請が届いて三日後――の朝、炎翼騎士団はダフネの森の現場へと到着した。



炎翼騎士団の副団長ラインフォルトは当初、現場責任者に協力する形をとる予定でいた。

場所が自領でないこともあり、現場の混乱を防止と指揮系統をはっきりさせる目的で。

しかしダフネの森に着いてみれば、そんな考えはきれいさっぱりと消え失せた。

待っていたのは既に混乱した現場と連携の取れていない者達。

特に冒険者達は普段それぞれで活動していることもあり、苛立つ現場ではちょっとした諍いも起きていた。

ザルツ村周辺に強力な魔物が出現しないため、今ここに特出した力を持つ冒険者がいないかったことも冒険者達がまとまらない一因なのかもしれない。



到着の挨拶も早々に、ラインフォルトは紅騎士達に天幕や仮拠点の設営指示を飛ばす。

指示を終え、現場責任者のハインリッヒ騎士団第三部隊隊長のマルフォイと情報交換や現状確認を行ったのだが、偵察に出ている者達の報告待ちだと言う。

マルフォイによると、事の次第はこうだ。

指揮本部を設営後、どうにも森の様子と事前調査の報告に大きな違いがあり、不審に思った彼が冒険者達に偵察を頼んだのが二日前。

その冒険者達は未だ帰還せず、現在は森から出てくるトロールを狩るのみに留めているが、その待機状態に一部の冒険者達から不満の声が上がっていると。


現状ではどうしようもなく偵察者達が帰還次第、作戦の話し合いと行う。

もし明日中に帰還しないようであれば、それも踏まえて明後日に今後の検討会議を開くと言う。


いつものことながら、カルラフォード大公領との違いにラインフォルトは溜め息を呑み込んだ。

マルフォイに断りを入れ、ラインフォルトは自身の責任で偵察隊を出すことを告げると、そそくさと指揮本部を後にした。

戸惑うマルフォイの声はあえて聞かずに。





マルフォイとの話の後、すぐに設営された炎翼騎士団の仮拠点に戻ったラインフォルトは、自分用の天幕に今回共に派遣された隊長二人を呼び出した。

事の経緯を二番隊隊長ライオス・ワーグナーと六番隊隊長リュノン・ダールトンに話し、偵察向きの技術や魔術を持つ紅騎士を選び編成。

結果、編成された偵察隊は六番隊所属の紅騎士ハンス・ドナベルが率いる事になる。


隊長達を前に突如天幕へ呼び出されたハンスの頭は疑問でいっぱいだった。

そんなハンスにラインフォルトから簡単な説明がなされた。



「説明は以上だ。ハンス、君にこの偵察隊の責任者を任せる」



説明を受けたハンスは無言で頷く。

こうして彼が偵察隊の責任者を任されるのはこれが初めてではない。



「君達に調べてもらいたいのはトロールの集落の規模、生息数。ただ二日前に偵察に出た冒険者達が戻っておらず、現在の森の状況は不明だ。森で何かしらの異変が起こっている可能性もあるので十分に留意してほしい。何か質問はあるか?」


「期限や帰還の目安などは?」


「期限はない。帰還や任務続行の可否に関しては君の判断に任せる。ただし」



ラインフォルトは一度言葉を切った。

次に話すことが重要だと分かるように。



「必ず全員を生きて連れ帰ってくれ」


「それは、もちろん最善ですが…」



言うのは簡単で返事をするのも簡単だが、現実的にはそう簡単にいかない場合もある。

寧ろ簡単にいかない場合の方が圧倒的に多い。

状況不明な森の偵察など、まさにそれだ。

偵察であることから情報を持ち帰るのは当たり前だが、時には情報を持ち帰るために犠牲も出る。

それなのに何故?と、戸惑うハンスにラインフォルトは強く繰り返す。



「最優先は全員が生きて必ず情報を持ち帰ることだ」


「は、はい」



勢いに押されてハンスが了承すると、視界の端で自隊の隊長リュノンも頷いているのが目に映った。

誰も無駄死にするつもりはないが紅騎士であれば任務のための死は覚悟の上。

それなのにラインフォルトは、わざわざ全員が生きて帰ることを念押しする。

ハンスの頭にはやはり何故?と疑問しか浮かばない。



「いいか、最優先は全員が生きて必ず情報を持ち帰ることだ」



再度の念押しにハンスは頷くと、偵察準備のために天幕を後にした。




ラインフォルトの天幕の外。

準備を整え静かにラインフォルトの言葉に耳を傾けている偵察隊。

最優先は全員が生きて必ず情報を持ち帰ることだとハンスには何度も言ったが、森へ偵察に赴く紅騎士達にもそれを言い聞かせた。

何度もそれが最優先事項だと執拗いくらいに言い含める。

するとやはり疑問の声が上がった。

それに対して「姫様が悲しまれる」と一言告げれば紅騎士達の目つきが変わる。

面白い程わかりやすく。


ここで言う“姫様”とは彼等の主カルラフォード大公家当主デュークハルトの妹、シェリスティーナのことである。

彼女は三歳にして炎翼騎士団から忠誠を捧げられる存在となっていた。

そのため、このラインフォルトのたった一言で彼等紅騎士の雰囲気は一変し、皆が瞳をギラつかせている。

その様子を見ていた隊長二人とラインフォルトは頷き、彼等をダフネの森へと送り出した。



ラインフォルトが把握しているだけで、協力要請が出されてから既に五日が経過している。

もし事前調査の報告と現在に差異があるとすれば、考えられることは何か…。

一、報告内容が事実ではなく事前調査がいい加減だった場合。

二、調査報告からマルフォイが違和感を感じるまでの間に何か異変が起きた場合。

三、まったくの予想外の要因によって事態が変化した場合。


事前調査では森のあまり深くない部分でもそれなりの数のトロールが見られたと言う。

だというのにハインリッヒ騎士団が指揮本部を設営した五日前、森の浅い部分にトロールの姿は殆ど見られず、マルフォイは違和感を持った。

気のせいならそれでいいが万が一を考えたマルフォイは、魔物との戦闘経験が豊富な冒険者達を偵察に出したのだろう。

その冒険者達が戻らないとなると、何かあったと考えるのが妥当だ。

冒険者達が怖気づいて逃げ出していない限りは。




ラインフォルトは偵察隊を送り出したその足で周囲を確認し、交代で森周辺の警戒と森から外へ出てきたトロールの討伐を指示。

自分用に準備された天幕の中で報告書を作成していた。

今までの経緯や現状、マルフォイが感じた違和感や自分の危惧など事細かに綴っていく。


そうしている間にも時間は刻々と過ぎていった。

夕方を過ぎ夜になってもマルフォイの出した偵察の冒険者達は戻らず、見張り以外の者達が眠りに就いた夜。

昼間とは違い割合と静かな仮拠点で、空へ向けてラインフォルトはそっと手を離す。

僅かな羽ばたきの音を立てて空へ舞い上がったそれは、凄まじい速度で夜の帳へと消えて行った。



当主代理となり炎翼騎士団実権をここ三年程の間にデュークハルトの命令で、紅騎士の遠征時にはあるものが追加されていた。

遠征時における連絡役として飼い慣らした魔鳥の一種、ライトニングホークの帯同の義務付けである。

高速で飛行するこの魔鳥は長距離を飛ぶことを苦にせず、さらには高い知能を持つという連絡役としては最高の逸材だった。


そしてこの日、ラインフォルトの報告書は夜に飛び立った魔鳥によって、翌日の朝にはカルダナの炎翼騎士団本部へと届けられることとなる。

情報はそのままデュークハルトへと報告され、即座に追加部隊が派遣された。







分かりやすく時系列に。


≪≫…学園見学からの経過日数




 ≪当日≫シェリスとデューク、学園見学

     ↓

≪1日後≫侯爵が協力要請を出す

     ↓

≪2日後≫↓早馬

     ↓

≪3日後≫明け方、早馬がカルダナ到着

     朝、炎翼騎士団派遣・炎翼騎士団移動中

     ↓ (副団長、二番隊、六番隊)

     ↓

≪4日後≫↓【現場】(マルフォイが冒険者を偵察に出す)

     ↓

≪6日後≫【現場】朝、炎翼騎士団到着

     ↓【現場】ダフネの森へ偵察隊を出す(ハンス率いる)

     ↓【現場】夜、報告書を携えライトニングホーク飛ぶ

     ↓

≪7日後≫ 朝、領都カルダナにライトニングホーク到着

     ↓炎翼騎士団本部とデュークに報告が届く

     ↓昼、デュークが追加部隊を派遣

     ↓

≪8日後≫デューク、早朝に馬を駆りダフネの森を目指す

     ↓

     ↓

≪13日後≫夕方前、デューク帰邸

     ↓

     シェリス、デューク、ゼノン、応接室でお茶


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