【14】
学園見学より十三日後。
太陽が傾いて来た頃、お兄様が帰邸したと聞いた私は、ミリアとクロエを連れて部屋を出た。
玄関へ向かえば、途中の廊下でこちらへ向かって来るお兄様の姿を見つける。
「おかえりなさいませ、おにいさま」
「ただいま、シェリス」
挨拶をしたお兄様は私の頭に手を置くと、そっと撫でた。
私の頬に手を伸ばし触れ、お兄様は微笑むと私を抱き上げて小さく息を吐く。
目線が高くなり、近づいた数日ぶりのお兄様。
外出のせいか少し疲労の色が見える気はするが、微笑んでいるお兄様は相変わらず美しい。
下ろしてほしいのだがお兄様のこの様子では暫くは無理そうだ。
ふと視線をずらすとお兄様の後ろにリュノンと黒髪の青年の姿があった。
「りゅのんもおかえりなさい」
「ただいま戻りました、姫様」
胸に手を当て跪きリュノンは僅かに微笑んだ。
邸や炎翼騎士団の者達は皆、私に敬意を持って接してくれる。
例え三歳児であろうと、言動や行動が他の三歳児と明らかに違おうとも。
「ありがとう、りゅのん。たってくれるかしら」
お兄様に抱き上げられて高くなった位置から微笑み返すと、リュノンを促した。
立ち上がる姿を追って私の視線も上を向く。
視界に入った黒髪の青年は物語に出てくる冒険者のような軽装で、その金の瞳は面白そうな色を宿し、私を見ている。
お兄様が邸の中で使用人や紅騎士以外を連れ歩いているのは初め見た。
「おはつにおめにかかります。わたしはしぇりすてぃーな・かるらふぉーどともうします」
お兄様に抱き上げられたままで無作法ではあるが、目が合ったので挨拶をしてみた。
すると青年は目を見開いたがそれも一瞬で、すぐに面白そうな顔に戻る。
「丁寧にありがとう。俺はゼノンだ。よろしくな」
「よろしくおねがいいたしますわ、ぜのんさま」
「ゼノンと呼んでくれ。一介の冒険者だからな」
「え…!?あ、はい」
ゼノンと名乗った青年は予想通り、冒険者だった。
しかし驚いたのはそこではない。
だって私には一瞬、彼の金色の右目にあるものが浮かんで見えた。
私やお兄様のものと同じような“精霊の証”が。
まさか!とお兄様を見ればお兄様も私を見ていて、“証”に気づいていることが分かった。
「三歳だって聞いてたんだが、俺の知ってる三歳児とはだいぶ違うみたいだな」
「だから言っただろう。とても賢い子だと。それに見ての通り、可愛くて優しい子だよ」
私の目の前で堂々と妹自慢をするお兄様に頬が熱を持つ。
けれどお兄様とゼノンは気にした様子もなく、お互いに話を続けていた。
「あー、また始まった。デュークの妹自慢」
呆れたように言うゼノンの様子から、彼が私の自慢話をお兄様に何度も聞かされているのだと知った。
肩を叩いてお兄様の注意を引く。
「おにいさま、ここはろうかですわ。おはなしでしたら、ばしょをうつしていたしましょう」
私が提案するとお兄様は即座に頷いてくれた。
ついでに下ろしてほしいと言ってみるものの、こちらは即座に却下された。
話す場所などお兄様は特に何も言わないので、言い出した私が簡単な指示を出す。
「くろえ、おうせつしつにおちゃのよういをおねがいしますわ」
背後に控えていたメイドのクロエに声をかけた。
内容にお兄様から異論は出なかったので場所は応接室で問題ないらしい。
ついでに「ふぁれもいっしょに」と付け加えると、クロエとミリアの表情が緩んだ。
ファレとは卵白と砂糖で作ったメレンゲを一口大の大きさにして焼いた、この世界の焼き菓子である。
サクサクとした独特の触感と控えめな甘さで、庶民にも馴染みのある一般的なお菓子だ。
大公家では焼く前にコーヒーや蜂蜜などを混ぜて味や甘さを変えている。
クロエがお茶の用意のために離れて行くのを見て、私はリュノンに視線を向ける。
その視線で私が次に言い出すことが予想できたのか、リュノンが先に口を開いた。
「私は職務中のためご一緒できません。姫様、ご希望に添えず、申し訳ありません」
そう言ってリュノンに頭を下げられてしまった。
分かってはいたのだが仕方ないとションボリする私をお兄様が慰めてくれる。
「シェリス、元気を出して。土産話もあるから」
「おみやげばなし?なにかおもしろいことでもありましたの?」
そういえば私は、お兄様が今回どこに行っていたのか聞いていなかった。
何があったのだろうかと問うと、応接室に向けて歩きながら「ゼノンがね――」と話し出す。
「俺はデューク程ぶっ飛んでねぇよ」
「そうかな?」
お兄様にゼノンが文句を言うが、お兄様に気にした様子はない。
ゼノンがお兄様を愛称で呼ぶのを私は不思議な気持ちで聞いていた。
そして応接室に着き、お茶を飲みながら私はお兄様とゼノンの話を聞くことになる。
予想外の報告のオンパレードだという現実を、この時の私はまだ、知らない。




