【11】
誤字・脱字の報告、ありがとうございます。
自分で気付かなかったところを助かります。
庭を歩く私に「こちらを」とメイドのクロエが一輪の花が差し出した。
私がこの三ヶ月を思い返して気も漫ろになっている間、どうやら庭師から受け取っていたらしい。
黄色のラナンキュラスを片手に「花言葉は優しい心遣いだそうですよ」と微笑んだ。
つられて私とミリアも笑顔になる。
現在お兄様は仕事で外出中につき、私はこうして不満に気づかないフリをする。
お兄様が魔導士になってからというもの、邸を留守にすることが格段に増えた。
今までも街や領地の視察、魔物討伐や王宮への登城などで留守にすることはあった。
だが最近、留守の頻度が格段に増え、お兄様は今までと比べ物にならないほど忙しそうにしていた。
今まで我慢していたのだが、そろそろ私も一言物申したい。
今日という今日は!と意気込んでいた。
そんな私に使用人がお兄様の帰宅を告げた。
少し顔色が良くなかったことを付け加えて。
行儀悪く邸内を走る私の後をミリアとクロエが早足で追いかけてくる。
しかし今の私の頭に彼女達への配慮は無かった。
お兄様に対して不満を抱くなど初めてのことで、私は持て余した激情のままに執務室へと乗り込んだ。
「おにいさまっ、おはなしがありますの!」
室内に駆け込み、扉近くで声を張り上げた私。
仕事の手を止め私を不思議そうに眺めるお兄様は、悔しい程いつもと変わらない。
顔色が悪いことを除けば。
「またおしごとをして…」
書類を持つお兄様に私の中の我慢が限界を越えた。
ダメだと止める理性が幼い身体に引っ張られ、既に制御を失っていた。
「おにいさまは、どうしてそうなんですの…っ」
一度零れ落ちた言葉は止め処なく、次々と飛び出す。
「さいきん、いぜんにもましていそがしそうにされておりますが、しっかりとおやすみされておりますの?とうしゅだいりのおしごとがいそがしいのはわかりますけれど、なにをそんなにあわただしくなさっておいでですの?」
ついに言葉だけでなく、涙を零しながら私はお兄様に詰め寄った。
最初は呆然としていたお兄様だが私が泣き始めると慌てて駆け寄り、涙を拭ってくれた。
「すまない、寂しい思いをさせたね」
どうやらお兄様は私が寂しくて泣いたと思っているようだ。
「もう少しすれば余裕が出来るから、もう少しだけ待ってくれるかな?」
「ちがいます、わ。おにいさま」
即座に否定すれば困ったような顔をしたが、今はそんなこと全部無視よ。
いつも、いつも…っ。
「わたしのたいせつな、おにいさまのおからだですの、もっとっ、いたわって…くださいませっ」
ごめんなさい、お兄様を責めたいわけではないの。
ただそんな顔色で仕事をしてほしくない、休んでほしいだけ。
でもそれが出来ないのは、きっと…
「ごめんなさい、おにいさま」
私がお兄様のお荷物になっているから。
「すまなかったね、シェリス。少し話そう」
拭っても拭っても涙を流し続ける私を抱き上げ、ソファーへと下ろした。
隣に座ると少し困った顔で私を見つめるお兄様。
「実は魔導士になったことで今まで以上に魔物の討伐依頼が来るようになってね。最近は近隣の他領にも討伐で足を延ばしているんだよ。うちの領地は今のところ魔物の活動は安定しているからね」
私の知らない間にお兄様は他所の領地にまで遠征していたらしい。
しかもこの言い方だと一回や二回ではないだろう。
「もうすぐ完成する学園だけど、そちらは着任する教師も全てもう決まった。後は学園都市部の完成と再来年の開校を待つばかりだよ。あぁ、来年には入学者を募らないとね」
「え…かいこう?がくえん、とし…?」
耳慣れない言葉が放たれた。
「王都で暮らすのが嫌だと言っただろう。シェリスと離れて暮らすなんて、しかもそれが十五歳から三年も…私には絶対に耐えられない。だから学園には行かず領地運営に専念しようと思っていたら、シェリスが提案してくれたんだよ。覚えてないかな?」
ちょっと待って、嫌な予感がする。
今、ものすごく強烈に途轍もなく嫌な予感がする。
思わず私の涙も止まった。
「無理に王都の学園に通わずとも新しく造れたらいいのに、と」
「あぅ…」
「王都のような特化型でなく、総合的な学園を都市一体型を、と。近くにあれば私もここから通えるのではないか、と」
うわぁぁぁ!言った、確かに言いました…。
しかも余計なことまで言った記憶がある…。
「教師の勧誘に少し難航したけれど、おかげでいい人材が揃ったよ。私の入学に合わせて再来年の開校予定だ」
王都の学園は騎士・魔術師・貴族の学校がそれぞれ異なり、専門的なことを教えている特化型だ。
だから騎士や魔術師は卒業後に入団してから本格的な連携の訓練をする。
だが同じ学校に全てを学科としてまとめることが出来れば、在学中に合同訓練などが可能になる。
また、貴族の中には自分で兵を率いて魔物の討伐に向かう者も多い。
そのため指揮訓練も合同で出来てしまえばかなり合理的ではないだとろうか。
力ある平民の採用もしやすくなるのではないか、と。
去年の誕生日の後にポロッと言った覚えがある。
確か夕食後にウトウトしていた時だった。
やらかしてた、完全にやらかしてた!
しかしお兄様、二歳児の拙い言葉を拾い上げてそれを実行してしまうって、どうなの?
学園だけでなく都市ごと新しく建設してしまうって。
一年と少しでほぼ学園が完成とか…もう本当に有能すぎる。
「おにいさま、さっきはごめんなさい。それから、ありがとうです」
泣いて休んでほしいと詰め寄ってしまったけれど、元を正せば私の呟きが原因。
しかもそのせいで忙しいというのに、頑張ってくれているお兄様を責めるような発言をしてしまった。
それなのに怒らずに私を気にかけてくれる出来た十三歳と、それに甘える前世持ちの三歳児。
ちょっと情けないが、それが今のお兄様と私の関係だ。
「ふふふ、気にしなくていいよ。それよりシェリス、時間が出来たら何処かへ出かけるようか?」
「やしきのそとのまちへ、ひさしぶりにおにいさまとおでかけしたいですわ」
元気におねだりすれば、私の頭を撫でながらお兄様は笑ってくれた。
「わかった。予定しておこう」と。
話がひと段落着いたタイミングで扉がノックされた。
お兄様が許可を出すとセバスが入室してくる。
「どうした?セバス」
「お寛ぎのところ大変申し訳ございません。デュークハルト様、至急お耳に入れたいことが」
足早に近づいてくるとお兄様の耳元で何かを話し出した。
そう言えば、いつからだったかお兄様や邸の使用人達が、バスチアン・セルバンテスをセバスと呼ぶ様になっていた。
なんでも私がそう呼んでいるのが切っ掛けだとか。
「シェリス、話さないといけないことができた」
見たこともない冷たい光を宿した目のお兄様。
控えているセバスもどこか表情が硬い。
「王宮から早馬で知らせが届いた。…父が死んだそうだ」




