帰還
戸口を全て閉め終えた男性は、鍵をかけてから空を見上げる。それにつられるように栄清も空を見ると、茜色の空はだんだんと色の濃い藍色へと変化し始めていた。
「……今日はもう無理でしょうなぁ」
ぽつりと呟いた男性の言葉に、栄清は慌てた。
「そんな……困ります! どうにかして戻る方法はないんですか!?」
人の数も少ない。店も、見たところここしかない。自動販売機もなければ何もないこんな場所に、当ても何もないまま残されるのは困る。さらに言えば、先ほどまでの経緯に正直薄ら寒さを感じ、不安や恐怖はまったくないかと言えば、それは噓になる。
男性は困ったように笑った。
「まぁ、そう慌てなさんな」
「いや、慌てるでしょう? 普通……」
まくしたてるようにそう言うと、男性は指を口の前に立てて静かにするよう促してくる。
「静かにしてください。もうそろそろ皆帰ってくるんですから」
「は……?」
その言葉の意味が読み取れず、ただ得体の知れない恐怖だけが栄清を包んだ。
もはや理屈だけでは説明何かがここにはある。無理やりにでも説明できる方向へ考えを押し込んでいたが、どうにもそれができるような状況に自分は今、置かれていないようだ。と、栄清は肌で感じる。
「……!」
空が明るさを落とし始めてほどなく、港の方から明るさが戻って来る。
栄清がそちらに視線を向けると、隣に立っていた男性は柔和に微笑んだ。
「あぁ、ほら……帰ってきましたよ」
穏やかな声でそう呟く男性とは違い、栄清の心臓は早鐘のように鳴り、冷や汗が頬を伝う。
港の方にある明るさは、空から差しているわけではない。地面の一部が、鮮やかなオレンジや黄色の光を帯びて地面から光っている。そしてその光は徐々に広がり始め、瞬く間に栄清の足元にまで延びてきた。
「……っ!?」
栄清は思わずその場から飛び退き、休憩所に置かれていた椅子の上に慌てて登る。
光の絨毯は真っすぐに道を進み、あっと言う間に島全体を包み込む。
「じ、爺さん!?」
栄清が思わず男性に声をかけると、男性は笑みを崩すことなく栄清を振り返り「大丈夫」としきりに伝えてきた。
一体何が大丈夫なのか。夜になると地面が光るなど、とても説明できるような現象じゃない。しかも、一部が光ると言うならまだそういう鉱物の自然現象もあるかもしれないが、島全体に広がりながら光るなど、そんな話は聞いたことがない。
やがて、光る地面から蛍のような丸い光があちらこちらから立ち上ってくる。風が吹けば遠くへ運ばれてしまいそうな淡いその光の粒が宙へ舞い上がると、どこからともなく楽しそうに笑う人の声が聞こえてきた。
「!?」
栄清が声のする方へ視線を向けるが、声の正体はない。反対方向へ視線を向けても、男性以外の人がいる様子もない。
――あぁ、いよいよおかしくなった。
栄清は自分がおかしくなったのだと位置づけた。今までの行いの悪さが、とうとう身体にも影響が出てきたのだ。だが、これはもう自業自得というものだ。
勝手にそう納得させることで現実逃避を試みる。だが、そんな栄清の腕を誰かが引っ張ってくる。
『おじさん、船、乗れなかったの?』
その言葉に振り返ると、少し前に港で出会ったあの少女が笑って立っていた。しかも、体中に光を纏い、半分透けているところを見ると、栄清はいよいよ気が遠くなりそうだった。
「ハナ。お帰り」
隣にいた男性がその少女に声をかけると、ハナと呼ばれた少女の体から光が弾けて消え、普通の人と同じようにそこに立って微笑んでいた。
「ただいま!」
「……」
固まってしまっている栄清を、男性が振り返る。
「今日はもう船は出ませんので、良かったらうちへ泊まりなさい」
「……あ、あぁ……あの、その、その子は……」
「……まぁ、まずうちに来るといい。そこで話をしましょうかね」
男性がそういうと、休憩所のすぐそばにある細道に入って家へと向かって歩き出す。
栄清が言葉を失い、その場に固まっているとハナはそんな彼を見つめた。
「おじさん、行くよ?」
「……」
ハナはおさげを揺らしながら、先に行った男性の後を追うように駆けて行った。




