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願い事一つ、送り花  作者: 陰東 紅祢


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始まりの時刻・弐

 栄清はその後、しばらくは港で船を待った。しかし、十六時三十分になっても定期船が来る気配がまるでない。

 陽はだんだんと傾き始め、空は茜色が差し始めていく。


「……どうすんだコレ」


 深く考えずに家から飛び出して来てしまっている以上、こんなトラブルは最初から考えもしなかった。フラッと出て帰るつもりが、とんでもない事になってしまった。


 栄清は一度周りを見回し、ポケットの財布に目をやる。中身は……値段によるが一泊くらいなら支払えるくらいの現金とカードしかない。


 ――こんな島に、宿があるのかさえ怪しいが……。


 最悪、誰か住民を探して一泊の交渉を試みなければならない状況にある。


 ――遅れてでも何でもいいから、船来ないのかよ。


 スマホで船の運航状況に何か連絡が出ていないか確認する。しかし、そんな情報はどこにも出ていなかった。


「……最悪だ」


 栄清は頭を抱えた。

 しかしここで気を揉んでいても仕方がない、と、先ほど謎の少女が言った喫茶店に出向いてみる事にした。


 時間は十六時四十五分。

 この時間のこの島を思えば、もう店じまいしている可能性が高い。


 ――そう言えば……。


 喫茶店に向かおうとして、栄清はふと気付く。

 自分と同じ船に乗ってきたはずの観光客が、この時間になっても誰一人、港に帰って来ていない。しかも、大楠に行った時も誰ともすれ違わず、戻ってくる時に会うこともなかった。

 人数で言えば十二名くらいはいたはずなのだが……。


「……まさか、な」


 これまでの不可解な状況を鑑みると、どうしてもそちらに気持ちが引っ張られてしまいそうになる。だが、栄清は首を横に振り、その可能性を否定した。


「たまたまだ。観光客と俺が勝手に思い込んでいただけで、島の人だったんだろ」


 そう言いながら、栄清は喫茶店のある方へ歩き出した。入江に沿うように海岸線を歩き、大楠へ続く道を通り越してすぐの場所に、古民家があった。「無料休憩所」と手書きで書かれた看板に、屋根の低いかなりの築年数が経っている古民家で、人の気配はまるでない。

 中に入ろうかと一瞬思ったが、栄清はそのまま素通りし、一件挟んだ隣の古民家の前に立つ。

 入口には申し訳なさげに掲げられた「くすくす」と言う名前の看板がある。灯りもついていないし、当然のように人のいる気配もない。


「……」


 栄清は絶望した。

 こんな状況で、どうしろと言うのだろう。

 たまたま、あの無料休憩所が解放されているのが唯一の救いかも知れない。最悪の最悪、あの休憩所で休ませてもらえないだろうか。


 そんな事を考えていると、休憩所の奥から一人の老人男性が出てくる。男性は休憩所の戸締まりをしようとしていて、栄清はこの機を逃すと人に会えないかもしれない、と思い声をかけた。


「あの、すみません」

「おや」


 男性は栄清の姿を見て、驚いたように目を丸くする。


「実は、船が来なくて……」

「あ〜。逃しましたか」

「……逃した?」


 妙な物言いに、栄清は引っかかりを覚える。

 予定時刻より早い時間に船着き場で待っていたのだから、逃したはずはない。

 老人は戸口に雨戸を引きながら、なんと言うこともない口調で話す。


「たまにね、いらっしゃるんですよ。そういう方が」

「……」


 何となく、普通に話しているその口調に、薄ら寒さを覚えた。

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