もう一人の候補
「やはり、真山か」
「長谷部君?」
そこに立っていたのは白のブレザーを着こなした長谷部だった。
「今井先生からここに来るよう言われていたんだが、生憎所用が入って遅くなった。今の話は一体何だったんだ?」
「……聞いてたの?」
「悪いとは思ったが立ち聞きさせてもらった。他のユニットのメンバーと違って俺だけ救護室に呼ばれる理由も分からなかったからな。真山が特別扱いされるのはこれが最初じゃないが、何かあるな……」
その時どすどすと音を立てて何かが廊下を走って来た。
「ごっめーん、長谷部君の診察もここだって忘れてたぁ……あれ、なんだこの空気。どうかしたの?」
今井の頭脳は鋭敏でも空気を読むことには長けていないらしい。
「今井先生。『候補』って何のことですか?」
「えぇー、まさか、話全部聞いてたのぉ?! 私もかなりのうっかりさんだなぁ。どうしようかな。とりあえず、ここに血をくれる?」
今井はぽちゃぽちゃとした手で手早く採血をし、魔力量を測定した。
「なるほどねぇ。あっちの目も節穴じゃないって訳だ。でも、残念、その質問は時期尚早だよ。君に素質があればいずれわかることだし。それじゃあ、またねぇ」
今井はその白くて丸い顔に笑顔を浮かべて、また音を立てて救護室から去っていった。
「どうやら俺も『候補』の一人というわけだな。俺は行く」
長谷部は目を細めて満足そうに同時に酷薄に微笑んだ。そしてその背中でドアを閉めた。また一人取り残された朔也はベッドに寝転んだ。今井の言葉を思い出そうとした瞬間、またしても思考を遮るように扉が開いた。
「ユニット三組を巻き添えにした悪い子はここですか?」
「あ、朝霧教官」
幼く愛らしい大きな瞳の下には大きな隈が出来ていた。
「私がここ二日でどれだけ魔力供給したかわかりますか? 墨村教官をはじめとするユニットメンバーは黒玖まで悪天候の中最速で飛んで疲労困憊。帰って来た全員に魔力供給したら次の日、今井先生が新作の血液魔力検査機を使いたいが為に学園中の生徒を片っ端からサンプルにして、『あの生徒は魔力量が足りてない』だのと魔力供給させられて。こちらもかなり疲労してたので黒玖には行かずに済みましたけどね? これから元凶である真山君の魔力供給せねばならない私の気持ちをちょっとは理解してもらえましたか?」
その無表情の下の静かな怒気に朔也はほんの少し、ベッドの上で少女から後ずさる。
「あ、朝霧教官には大変ご迷惑をおかけしてすみません。僕は検査の結果、魔力量は結構回復しているみたいなので、朝霧教官がお疲れの様でしたらお休みになられても大丈夫ですよ」
むっと朝霧が口を堅く結んだ。
「私がこの程度で倒れるとでも思いますか? そうですよね。三連戦の後、防御壁で防波堤を二時間も張っていた真山君なら余裕ですもんね。ええ、ええ、非力で申し訳ありません。ですが、これも仕事ですので精一杯務めさせてもらいますので、撃ちますね」
今度は笑顔だが眉がぴくぴく痙攣していて、はっきり言って怖いと朔也は思った。にっこりと笑ったまま朝霧はどかんと朔也に向けて弾倉の込められていないリボルバーの引き金を引いた。朔也は温かな白い光に包まれた。
「どうですか? 私にかかればこんなものです。今日のところは大人しく救護室で休んでくださいね。いいですね、安静ですからね」
肩で息をしながら、朝霧はふらふらと救護室を出ていった。朔也はその後ろ姿を見送りながら申し訳なさでいっぱいになった。魔力が回復すると朔也は再び眠くなってきた。先ほどの今井の発言を思い返す。遺伝子の欠損が人を魔法使いに変えるということは『魔法風邪は発症するものであって、感染するものじゃない』という言葉は真実だったのだ。朔也はその言葉を思い出して、一瞬違和感を覚えたが急激に眠気が強くなってきた。
(どうだ、思うままに力を使った気分は? もっと力が欲しいと望むか)
「力なんていらない。僕は静かに眠りたいだけだ・・・・・・」
(もっと力を使え。お前はいずれ我の力と知識を求めることになる。その代わりに――)
お読みいただきありがとうございます。
次回「優等生とサボり魔」をどうぞよろしくお願いいたします。




