初めての手作り
同じ頃、朔也も寮に戻って来た。そこで長谷部とばったり出くわした。
「お疲れ様、長谷部君」
「真山、お前には失望した」
長谷部は軽蔑した目で朔也を見た。朔也はびくりと身を固めた。
「お前は個人練習に取り組み、三重リミッターというハンデを乗り越えてきた。以前のクロユリではお前に助けられたことを感謝している。だけど、今日のあのざまはなんだ? その能力を使わずにただ無抵抗に撃たれただけ。俺は俺なりにお前を認めていた。だが見当違いだったようだ。お前と一緒には戦えない……それだけだ」
長谷部は朔也の返事も聞かずにさっさと自室に引き上げていった。朔也は惨めな気持ちで自室の扉を開けた。朔也は仕方なくレポートを書くことにした。
レポートが八割ほど完成した時、左手の携帯端末が震えた。見るとみつきからの着信だった。焦った朔也は手に持っていたボールペンを放り投げた。それから震える指で通話ボタンを押した。
「はい! 真山です!」
完全に声が裏返ってしまい、朔也は一人で顔を赤くした。
「鶴来です。真山君、今から中庭に来れますか?」
「あ、うん、はい! すぐ行きます!」
朔也はそのまま外に出ようとして、姿見で一度身なりを確認した。それから、急ぎ足で中庭へと向かった。
中庭にはいつも通り紫色の花が咲き乱れていた。その中でみつきが扶桑の花に手を添えて佇んでいる。それから、足音が聞こえたらしくみつきが振り返った。もう夜は冷える季節なので白いムートンコート着込んでいる。頬をうっすら赤くして、みつきは目を伏せた。
「真山君、模擬訓練ではごめんなさい。私が真由を撃てなかったから、真山君には迷惑かけちゃって。それと守ってくれてありがとう」
これをと言ってみつきは小さな袋を取り出した。そこにはふんわりと焼けた黄金色のマフィンが入っていた。
「これを僕に?」
「ごめんなさい、お詫びのつもりなのですが、私お菓子作りしたことないのです。だから真由に手伝ってもらいました」
「いや、すごく……嬉しいよ。ありがとう」
「私、真由に怒られました。大切な訓練の場で手加減されてショックだったと……」
「鶴来さん……」
「でも、その通りでした。ここで生き抜くためにはもっと真剣に本気で全力で訓練に取り組まなくちゃいけませんでした。私には覚悟が出来てなかったのです……もしも実戦だったら真山君が死んでたかもしれません。私はもう、身近な人が傷つくところを見たくありません。ごめんなさい、バディー失格です」
みつきは肩を落として呟いた。それはホワイトフェザーとして活躍していたみつきからは想像できないほど弱々しい姿だった。朔也は初めて隣に座っているのが同い年の少女なのだと実感した。
「誰か、蛟に?」
「小学生の時からの親友が……出血多量のために植物状態で眠っています」
「そっか……ねえ、鶴来さん。約束しよう。どんな状況でも必ず生き抜くって。もしも、鶴来さんがピンチになったら僕が守るよ。いつでも、どこにいても、何度でも守りぬく。だから、一緒に戦おう」
みつきがその言葉を聞いて、面を上げた。みつきの金褐色の目に朔也が映る。
(ああ、綺麗だな……)
朔也はつい見惚れた。それから、自分の言葉を思い出して赤面した。
「ごめん、鶴来さん。恥ずかしいこと言って! 嘘じゃないけど! お菓子ありがとう!」
いたたまれなくなった朔也はみつきを置いて駆けだした。
みつきはぽつんと中庭に残された。風に枝がなびいて紫の雨の中にいるようだった。樺倉の助言で男の子に初めてお菓子を渡した。精一杯の謝罪を込めたつもりだった。
けれど、逆につい弱音を吐いてしまってそんな自分が嫌だった。にもかかわらず、朔也はみつきを守ると誓ってくれた。こんな失態をおかした自分と共に戦おうと言ってくれた。
みつきは自分の胸にわだかまっていた自己嫌悪が、氷のように融けていくのを感じた。
お読みいただきありがとうございます。
次回「初めての遠征」をどうぞよろしくお願いいたします。




