カレー歓迎会
昨日の騒動があったので、朔也はその日の授業は免除された。その間にそう多くはない荷物を天虹寮から烏羽寮に移動させ、人のいない食堂で早めの昼食を摂った。それから、部屋に戻るとカリキュラムに目を通した。射撃訓練、変色訓練に加えて新しく始まる訓練があった。
(これからは戦闘訓練も始まるのか……)
蛟と初めて対峙して、その恐怖が背筋を走る。発色して朔也も戦場に立つ日が近づいてきたのを改めて認識した。朔也はうつらうつらと取り留めない思考をしているうちに眠ってしまっていた。朔也はノックの音で目が覚めた。時計を見るとすでに夕食の時間になっている。朔也は自室の扉を開けるとそこには墨村と見知らぬ学生が数人いた。
「ごきげんよう、真山さん。発色おめでとうございます。ささやかながら歓迎会として夕食をご一緒しようと思ってお誘いに参りました」
「それは……お気遣いありがとうございます」
朔也が頭を下げると、周りを取り囲んでいた学生たちが口々に喋りだした。
「お前が三重リミッターの上に、無色で蛟に歯向かったっていう真山かぁ。ひょろっちいな」
「ひょろっちいって酷いでしょ。思ったより可愛い顔してるのね」
がやがやと騒がしい先輩聖銃士たちの中に驚くことに長谷部の姿も見つけた。朔也が長谷部に声をかけようとした時、墨村が手を叩いた。
「はいはい、それでは皆さん食堂へ移動しましょう」
一同はぞろぞろと食堂へと向かった。その道中、長谷部が朔也の隣を歩きながら話しかけた。
「真山も黒に発色したんだな」
うんと朔也は長谷部の言葉に頷いた。
「真山も聞いたのか、あの声を」
あの声ってなんだろうと朔也が思い返すと、
(力が欲しいか)
あの囁きを思い出した。長谷部にそのことを伝えようとしたその時、一行は食堂についてしまった。
「今日はカレーフェアだそうです。お好きなメニューをどうぞ」
墨村が早速ひよこ豆のカレーとナンのセットを選んで席を取りに行った。それから先輩たちがどんどんと注文していき、最後に朔也もバターチキンカレーを選ぶことができた。
「まずは真山朔也君の発色を祝いまして、乾杯」
乾杯と六人はばらばらに唱和した。
「まずは自己紹介してもらいましょう。ご存じ、昨日発色した真山さんです」
墨村が白魚の様な手で朔也を示した。
「真山朔也です。よろしくお願いします」
「硬いなぁ! そんなんじゃ、蛟と戦う前にストレスで胃に穴が開いちまうぞ」
「面影はがさつすぎるんだよ。あたしは漆原。こっちのうるさいのが面影で、こっちの何にも言わないのが幽谷」
「……どうも」
幽谷と言われた男子学生が頭だけで会釈した。前髪を鼻まで伸ばし、ブレザーの下にはパーカーを着こみ、その表情は読み取れない。逆に面影と言われた学生は鼻の上に切り傷があり、長い髪の毛を後ろで縛って先端だけ赤に染めていた。袖の折り返しがチェック柄になったズボンが膝下までしかなかった。
「で、こっちのイケメンが長谷部。長谷部とは玻璃のクラスで一緒だったから知ってるよね?」
漆原は緑色をした短髪のはつらつとした女子学生で、ブレザーも下のシャツもノースリーブだという季節感のありすぎる格好だった。漆原は長谷部の顔を覗き込んだ。
「はい。真山とは同期です」
長谷部はクールなのは変わらないが、流石に先輩たちを前にすると丁寧に応対していた。
「あとは須夜崎さんでとりあえず御子神学園に在中している黒の聖銃士は全員です。他のメンバーは支部の方に行っていますね」
「支部なんていうものがあるんですか?」
あらと墨村が口元にそっと手をやった。
「存じ上げなかったのですか? 御子神学園はほぼ大陸の中心にありますが、各地で蛟が発生した時対応が間に合わないことがあるので、七大都市に支部が存在するんですよ。ユニットがそれぞれ巡回しています。そういえば、瀬川麻美さんとも同期生でしたよね?」
「あ、はい。一応」
「彼女は欠員の出たユニットに緊急補充要員として今は緑珪の都にいます。朝霧教官と石川教官のマンツーマンのレッスンで一日で治癒魔法と防御魔法を会得したそうですよ」
「そうだったんですか……」
墨村の話に頷く朔也に面影がずいっと顔を向けてきた。
「それよりよ、昨日、蛟と遭遇したって本当か? その時ってまだ玻璃だったんだろ?」
「あ、はい。二階から見たら女の子が逃げ遅れてて、それで後先考えず飛び降りたんですけど、防御魔法張るので精いっぱいで……」
「二階からトンボなしで飛び降りて?! 蛟相手に防御魔法で対抗したのかよ」
「あ、それは蛟がまだ発色する前だったからで、白に発色したらもう耐えられなくなって……そうしたら発色して、模擬銃が壊れちゃったんです」
「蛟の発色まで見たの? はぁ、とんでもない特異日だったね」
漆原が呆れたように嘆息した。
「真山さん、その蛟白だったと言いましたね。その蛟に対する対抗意識が黒色に発色させるトリガーになったのかもしれませんよ」
墨村は上品に――袖口のフリルを全く汚さず――カレーを食べながら、推察した。
「でも、真山さんが黒の聖銃士になったのは必然だったとわたくしは思いますけれど。やはり、長の勘は当たりましたね」
「全く、あいつだけは何者か見当もつかねぇな」
「不思議な人よね」
面影と漆原が口々に須夜崎を評した。
「まぁ、しばらくカリキュラムはこのメンバーで行うことになりますので、真山さんよろしくお願いします」
朔也は慌てて口の中のナンを飲み込んで頭を下げた。
「こちらこそ、ご指導よろしくお願いします」
「ビシビシ、鍛えてやるから覚悟しとけよ」
「あれ、逆に返り討ちに合うかもよ」
うっせえと面影は漆原に歯を見せて威嚇した。
「皆さん、ユニットはもう組んでいるんですか?」
「そうね。この中だと組んでないのは幽谷と長谷部と真山だけかな」
「どうやってユニットって決まるんですか?」
それを聞くと墨村たちが難しい顔をした。
「なんていうのかな……ドラフト会議みたいな感じかな」
「六色六人のユニットで大人の司令が付いて作戦行動を執るんです。その司令がメンバーを決めるんですよ」
「じゃあ、誰からも選ばれないとユニットを組めないんですか?」
おいと面影が朔也を引き寄せ、幽谷を見た。
「良いんですよ。俺なんか、誰からも必要とされていないんですから……」
幽谷が微かな声で呟いた。
「幽谷はこないだユニットを解散したばっかりなんだ」
諦めたように漆原が説明した。
「二人、ユニットに欠員が出てね。それで一時解散になってるんだ」
「欠員って……何かあったんですか?」
「霊珠の消滅だってよ。よくあることだよ」
面影が豪快にカレーを食べながら答えた。その隣で幽谷が嗚咽を漏らした。
「おれ……コミュニケーションとるのが苦手だから、今までのバディーじゃないと……絶対上手く行かない……」
「何、めそめそしてるんだよ。女々しい奴だな」
「幽谷は誰かさんと違って座学も実技も成績良いのに。この性格さえ直ればねぇ」
漆原の言葉に面影が噛みつく。
「おい、この緑頭、誰が、座学が苦手なアホだって?!」
「あたし、『座学が苦手』なんて一言も言ってないけど?」
面影が言葉に詰まるのを見ながら、漆原は平然とラッシーをストローですすった。
「面影さん、漆原さん。じゃれ合うのもほどほどに。さて、親睦も深まったところでお開きにしましょうか」
墨村の言葉を契機に六人はがやがやと立ち上がった。
「真山さん、どうでした?他の黒の聖銃士たちの印象は」
食堂からの帰り道、墨村が朔也に尋ねた。
「え、あぁ、賑やかな人たちだなと……」
「上手く逃げましたね。とにかく同じ黒の聖銃士として何か相談したいことがあれば、わたくしたちにいつでもどうぞ」
「俺はそんな面倒くさいことはごめんだからな」
前を歩いていた面影が振り返って、しかめっ面をした。
「あれ? 幽谷がユニット解散してへこんでたのを三時間も愚痴につきあってあげたって聞いたけど?」
「知らねぇよ!」
漆原の思わぬ暴露に面影は荒々しい歩調で先に行ってしまった。
「そういうわけでああ見えて面倒見良いから、安心して。あたし、遊戯室寄ってくからまたね」
漆原が朔也の肩を一つ叩いて、別の道へと歩いて行った。
「僕も……図書館に用があるのでこれで。授業ではよろしく」
幽谷も小さな声で言うとすっと消えていった。
「烏羽寮はどうも自由な人が多くて、食事も各自勝手に食べますし、なかなか談話室でも顔を合わせないのです。それで歓迎会を企画したのですが、授業の前に集まれたのは幸運でしたね。それでは、寮に着きましたのでまた明日」
墨村は軽く手を振ると階段を高いヒールで登っていった。長谷部も無言で自室に戻ろうとした時、朔也はふと思い出した。
「長谷部君、僕も発色の時声を聞いた気がする」
それを聞くと長谷部はノブにかけていた手を止めた。
「でも、声っていうか、イメージっていうか感情とういうか……上手く言えないけど」
「『力が欲しいか』そう聞かれなかったか?」
長谷部は朔也に視線を向けた。
「うん、そう聞こえた」
「そうか……わかった」
長谷部は何か思案しながら、部屋へと入っていった。朔也も自室に戻り、シャワーを浴び、部屋着に着替えてベッドに横になった。双子のいない静かな一人部屋はなんとなく落ち着かなかった。それでもホワイトフェザーの曲を聞いているうちに朔也は穏やかな眠りに落ちていった。
お読みいただきありがとうございます。
次回「黒の聖銃士」をどうぞよろしくお願いいたします。




