束の間の休日
次回、ようやく蛟と対決します。
土曜日、朔也はいつもより早く六時に起きるとカーテンを開けた。前日の雨は嘘のような見事な快晴だった。私服に着替えて間仕切りを開けるともう双子と榎木は出かけるところだった。
「お、おそよう、朔也。俺たちこれから海に行くから!」
「写真撮ってきてやるからな。楽しみにしてろよ!」
双子は意気揚々出かけていった。
「榎木君も早いんだね」
「俺は空手の稽古をつけてもらってくる。お先」
そう言って榎木も寮から出ていった。朔也も身支度を終えるとまだ七時だった。坂上から送られてきた迎えの時間は八時だった。やることもないのでぼんやりと外で中庭を眺めていた。
するとそこに雨森が通りがかった。
「真山、出かけないのか?」
「いえ、予定まで少し時間があったので花を見てたんです」
そうかと雨森も扶桑の花に目をやった。
「そういえば先生、聖石銃って持ち出しても良いんでしょうか?」
「ああ、聖石銃から霊珠を外すには銃自体を解体しなければならないし、霊珠は非常に大切なものだ。外であろうと常に携帯していなさい。ただガンベルトは外した方がいいな」
朔也は聖石銃をショルダーバッグに入れた。
「それで良し。それじゃあ良い休日を」
雨森は朔也の肩をひとつぽんと叩くと立ち去った。
八時近くになって朔也はエントランスから外に出た。それから振り返ると廃墟のような姿をした御子神学園を見上げた。
(本当に見た目と中身と大違いなんだよな)
それにしても空気がおいしい気がすると朔也は大きく伸びをした。前回外に出たのは治癒魔法の訓練ですぐにバスに乗せられてしまって、外に出た実感が乏しかった。そんなことを考えているうちに一台のコンパクトカーが停車した。
「お待たせ、真山君。さあ乗って」
「坂上さん、今日はよろしくお願いします」
朔也は助手席に乗り込んだ。
「これから最上駅でご両親をピックアップして、ショッピングモールで買い物してもらった後、予約してある店で昼食って感じの予定なんだけど。真山君、午後どこか行きたいところとかある?」
しばらく朔也は黙った後ぽつりと言った。
「……犬カフェ」
「犬、好きなの?」
朔也は若干頬を赤らめながら無言で頷いた。
「犬カフェね、了解。あのあたりなら探せばあるでしょう。でも、そういうことなら早く教えてくれたらよかったのに」
「……すみません」
「いいの、いいの。むしろ、真山君みたいに我が強くないタイプが要望出してくれたってことで関係がちょっと縮まったかなって感じで。もう少し自信持ってわがままだって言っても良いんだよ」
(自信か……)
朔也は昔から何かを主張することが苦手だった。幸いにもこれと言った秀でた点も大きく劣った点も無かった朔也は人の前に立つということが無かった。
(それが今では聖銃士の一人か……)
神様はどうしてこんな才能を朔也に与えたのだろうか。もっと賢く強い人間に与えてくれたら良かったのにと思った事は何度もある。朔也の思惑とは反対に車は山道を下り、市街地へと向かっていった。
最上駅には既に拓郎と世津子が来ていた。
「久しぶり、朔也。元気そうで安心したわ。ちゃんと食べていた?」
「学園生活はどうだ? 発色はしたか?」
二人は車に乗り込むや否や息子を質問攻めにした。拓郎が助手席に乗り込み、朔也は後部座席に移った。
「ほら、朝飯食べてないと思ってお弁当作ってきたの。坂上さん、車内で食べてもいいですか?」
「構いませんよ」
坂上はにっこりと笑って答えた。
「良かった。いくら食べても大丈夫な体だし、何より体が資本なんだからしっかり食べなさいよ」
世津子がおにぎりとおかずを渡した。卵焼きにアスパラのベーコン巻き、ナスのはさみ揚げ、ほうれん草のソテーと朔也の好物ばかりだった。
「お、美味そうですね。真山君のお母さん料理上手ですね」
運転席から坂上が覗き込んだ。
「お世辞が上手ね、坂上さん」
世津子も満更ではなさそうに笑って返した。世津子の指摘通り朝飯を食べていなかった朔也はありがたく頂くことにした。
「坂上さん、朔也は学園でちゃんとやれてますか?」
「すごい才能の持ち主で、優秀な成績を残していますよ。お話しできないのが残念です」
「機密保持のためですからね……ですが、瀕死の警察官を回復させたと噂に聞きましたが本当ですか?」
これを聞いた朔也はおにぎりを詰まらせた。むせる朔也に世津子が慌ててお茶を差し出す。動揺したのは坂上も同様だったらしく驚きの声を上げた。
「え、何でそのこと真山さんがご存じなんですか?」
「私も一応蛟対策本部に属する国家公務員の一員ですから。多少は、ね」
「そうでしたね。内密に頼みますよ」
「勿論。すごいなぁ、朔也。治癒魔法でそこまで出来た聖銃士なんて父さん知らないぞ」
「本当にね。もう、お茶大丈夫?」
朔也は顔を赤くして頷いた。
「そういえば、父さんたちも今井さんに会ったぞ。あの頃からとんでもなく優秀だったがまさか魔法症候群の権威にまでなるとはな」
「一体何で?」
「さぁ? 血液サンプルが欲しいって言われたから協力したわよ。あの明日香ちゃんがねぇ、時が経つのも早いわ」
そうこうしているうちにショッピングモールに着いた。朔也の受験もあったので親子三人で買い物をするのはひどく久しぶりであった。坂上は三人の後ろを少し離れて歩いている。服屋を一通り覗いた後、とあるパテントの前で朔也は足を止めた。
「どうした、朔也?」
拓郎が尋ねると朔也はおずおずと答えた。
「あ、戦闘の時邪魔になるからコンタクトレンズに変えようかなと思って……」
「そうだな、ゴーグル付けるのにも邪魔になるな。父さんたちの時代はバイザーだったんだが」
「良い機会だから寄っていきましょう」
両親が意気揚々と店に入っていき、朔也はそれに従った。検査などを終え、数十分後三人は店員に見送られてパテントを後にした。朔也はフレームのないクリアな視界に慣れず、瞬きを何度もした。
「どんな感じだ、朔也?」
「まだなんだか落ち着かない……」
「でも、すっきりした感じで良く似合ってるわよ。こうしてみるとお父さんに似てるのね」
そこで遠巻きに見ていた坂上が声をかけてきた。
「お買い物はもう大丈夫ですか? 良ければそろそろ予約してた時間になるので店に向かいませんか?」
「そうだな。朔也、もう何か必要なものはないか?」
朔也は大丈夫と返事をした。一行が駐車場に向かう途中、吹き抜けから一階のホールの真ん中に大きなプールのようなものがセッティングされていた。小さい子供や女性が楽しそうに足や手を入れている。のぼりには『ドクターフィッシュ体験会』と書かれている。
「ドクターフィッシュって何?」
「あら、朔也知らないの? 古い角質を食べてくれる魚よ。美容に良いんだって数年前に流行したけど、まだやってたのね」
ふーんと興味なさそうに朔也が答えると、その瞬間悲鳴がした。水深三十センチほどの水槽から一メートルほどの角の生えた爬虫類のような生物が四つ足で立っている。
「……蛟だ!」
その叫びが人々に波のように伝播し、ショッピングモールが騒然となる。
お読みいただきありがとうございます。
次回「蛟との邂逅」をどうぞよろしくお願いいたします。




