榎木の引っ越し
それから数日後のことだった。夕食を終え、風呂から出て双子とくつろいでTVを見ていた最中だった。部屋が硬い音を立ててノックされた。
「邪魔する」
ドアを開けるとぬっと立っていたのは榎木だった。
「なんだよ、榎木。何か用があるのか?」
「長谷部のとこに嫌気が差して来たのか?」
長身の榎木は静かに頭を振った。
「長谷部が発色した」
はぁと双子が気の抜けた顔をした。
「それでこの部屋に引っ越すことになった。しばらく厄介になる」
榎木が部屋に入り、空いてるブースに荷物を置いた。
「ちょっと待った。長谷部が発色したって? 一体何色になったんだ?」
「黒だ」
榎木の返事は短かった。
「黒か。腹黒いからな」
「長谷部の肩を持つ訳ではないが、天地たちもこれからユニットを組むかもしれない相手にそこまで悪感情を露わにするのはどうかと思う……それじゃあ先に休ませてもらう」
榎木は言うだけ言うとさっさとベッドに入った。間もなく穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……寝ちゃったよ」
「動じないやつだな」
毒気を抜かれた双子が遠巻きに榎木を見ながら言った。
「長谷部も発色したか。俺たちもそろそろだな」
「ああ、でも、なんかおかしいな……朔也と鶴来さん以来新入生がどうして来ないんだろう?」
ジョーが首をひねった。朔也もずっと引っ掛かっていたので、双子に尋ねた。
「僕たちが来る前はどのくらいの頻度で新入生が来てたの?」
「ああ、良く覚えてないけどひと月からふた月に一人は来てたな」
「じゃあもうずっと魔法風邪を引いた人がいないってことか……」
朔也がつぶやくとケンがベッドに寝転びながら朔也に向き合った。
「朔也たちが来るまで逆にこんなに新入生が増えたのも珍しかったみたいだぞ」
「そういえば雨森もそんなようなこと言ってたな」
「俺たちが考えてもしょうがないし、今日は寝ようぜ」
「ああ、おやすみ」
こうして天虹寮男子部屋の電気は消された。
翌朝七時に目が覚めると、ベッドに榎木はいなかった。それから制服に着替えていると、湯上りの榎木が帰ってきた。
「今、戻った」
「なんだ、榎木。本当に越してきてたのか」
「朝っぱらから一体何してたんだ?」
ジョーが尋ねると榎木は事も無げに答えた。
「鍛錬だ」
「鍛錬……って何か武道でもしてるのか?」
「一応空手を少々」
榎木はジャージから制服に着替えだす。隆々とした見事な筋肉が見て取れる。
「じゃあ、朝からやってたのか?」
「一日でもサボるとカンが鈍る」
双子がはぁーっと感心したような呆れたような声を出した。
「それじゃ、ま、朝飯に行くか。榎木はどうする?」
断られるだろうと予想しながらも一応ケンが榎木に尋ねた。
「一緒する」
榎木は間髪おかずに答えた。
「え、マジで?」
「寮則にあっただろう。天虹寮に在籍している間は、極力団体行動をすべしと」
「そんなの読んでねぇよ」
「榎木は真面目か」
ケンが首を傾げ、ジョーが榎木にツッコミを入れた。
「気を取り直して、食堂行くか」
ケンが声をかけて四人は食堂へと向かった。
朝食を食べながら、隣室での暮らしが話題になった。
「榎木が長谷部や広田と行動してたのって寮則にあったからなのか?」
「そうだ。俺は言葉が足りないから誰とユニットを組んでも円滑なコミュニケーションを取れるよう心掛けていた」
榎木は卵焼きをしっかり咀嚼した後答えた。
「榎木って意識高い系だったんだな」
「意識が高いかわからないが、戦場にいつ出てもいいような心構えでいる」
「なんか武士みてぇ」
「いや、俺より長谷部の方が近いだろう」
コーンスープを飲んでいたジョーが顔を上げた。
「確かにストイックではあったな」
「あいつは夕方の個人練習に加えて、朝は剣道の鍛錬もしていた」
「あいつ、そんなに練習してたのか!」
ケンも目玉焼きを乗せたトーストを食べながら驚嘆した。
「ああ、昨日も言ったが長谷部の欠点は人にきつく当たる点だが、自分に最も厳しかった」
ふーんと双子が納得しかねるという顔で不満そうに食事をしていた。
「広田だってよく絡んできてたろ。あいつは?」
「広田はまだ子供だ。蛟との戦いを心の底では恐れている……それを認められないでいるんだ」
終始、会話を聞いていた朔也は榎木の観察眼に内心舌を巻いていた。寡黙な肉体派というイメージだったが、頭も回るようだ。しかも、双子とも徐々に馴染み始めている。
(そんなに歳変もわらないのに、大人なんだな……)
実家のものとは味の違う味噌汁をすすりつつ、朔也は榎木にちらりと目線をやった。すると榎木と目が合った。榎木が落ち着いた視線を返してくると、朔也は慌てて目を逸らした。その様子を見て榎木はふっと笑みを零した。
その日の飛行訓練では山際ともう一人黄色いネクタイをした男子学生が訓練場にいた。
「紹介する。俺のバディの奥村だ。今日の訓練では飛行しながらゴム弾を避け、その上で奥村の守る風船に当てろ」
「山際教官、こっちはゴム弾じゃないんですけど大丈夫なんですか?」
「なめるな、天地。こっちは何千という蛟の攻撃を受けてきた。お前たちの攻撃など軽い! それでは散開」
訓練生が一同飛翔する。背中の羽根に魔力が行き届き、軽い振動が伝わってくる。
「風船を全て割るまで続けるぞ。行くぞ!」
ボールの弾丸が訓練生たちに降り注ぐ。予想はしていたが、回避していると照準が定まらない。もちろん、防御魔法を使っていると発砲できない。
(VRゲームで練習しておけば良かったかも……)
そんな思いが脳裏をよぎるが、双子との訓練で鍛えた空中感覚が朔也を助けてくれる。旋回しても目が回らない。後方宙返りの要領で回転しながら風船を狙った。しかし、高い音を立てて黄色の壁に阻まれる。次の瞬間には目の前にボールが飛んできた。のけぞるように避けたがボールが頬を掠めた。
「どうした、真山ぁ! そんな隙だらけだと格好の標的になるぞ」
(これは、一人ではどうにもならない……!)
単独の攻撃では奥村の防御魔法を外すことができない。二方向から同時に攻撃するしかない。
「ケン、ジョー、僕が囮になる。二人で同時に風船を狙える?」
双子がにやりと笑って親指を立てた。
「当然」
「俺たちに任せろ」
そこに榎木が飛んできた。話は聞こえていたようだった。
「攪乱すればいいんだな。協力する」
四人はそれぞれ四方に散らばった。待ち構えていたようにゴム弾が襲い来る。出来る限り、山際の近くを飛び、注意を引き付ける。回避が中心だが、風船を狙うモーションも含める。榎木も朔也に呼吸を合わせて飛び回る。ゴム弾が二人に集中し始めた頃、双子が左右から奥村に向けて放った。パンっという音を立てて、風船が一つ割れた。訓練生が一瞬沸いたその瞬間にも、ゴム弾が飛んでくる。慌てて双子がそれぞれ回避行動に入る。
「良い攻撃だ、天地。しかし、二度目はないと思え。頭と身体、全部を使って攻撃してみろ!」
それからも訓練生たちは奮闘したが、時間内に全ての風船を割ることが出来なかった。
「お前たち、ペナルティーだ。二百メートルストレート全力二十本。始め!」
魔力はまだ残っているが、回避運動で体力を使った朔也は軽く息が上がった。他の訓練生たちも多かれ少なかれ疲労感が見える。樺倉は息も絶え絶えという様子だ。回復魔法をかけてあげようと近づくと樺倉が笑って小さく手を振った。七人は並んで一直線に並び、二百メートルを示すポールに向かって飛翔した。
お読みいただきありがとうございます。
次回「秋の特異日」をどうぞよろしくお願いいたします。




