日常の戦い
治癒魔法と防御魔法の訓練が一息つくと、無色組は飛行訓練に防衛術が加わった。地上から山際が飛翔する訓練生へと向かって声を張り上げた。
「これから地上よりお前たちをゴムガンで狙撃する! それを防御魔法あるいは体裁きで回避しろ。準備はいいか? 行くぞ!」
山際が銃を空に向けた。黄色い球体が朔也に向かって飛来してくる。咄嗟に右に避けるとジョーと接触してしまった。
「朔也、気を付けろよ」
ごめんと謝ろうとした瞬間には次にボールが飛んできていた。今度は防御魔法を使って、被弾を避ける。ボールは壁に弾かれて下に落ちていく。
「真山ぁ、たかがゴム弾一つにそんなでかい防御魔法を使って、魔力を無駄にするな!」
すかさず下から山際の怒号が飛ぶ。はいと返事をする間もなく、次々とボールが飛んでくる。双子はワイヤーアクションのようにトリッキーな動きでボールを避け続ける。朔也よりも必死だったのは樺倉だった。動きが間に合わず、防御魔法でボールを凌いでいたが、一瞬の隙を突かれてボールが頭部に当たった。衝撃で体勢を崩した樺倉はそのまま落下した。それに気付いた朔也が手を伸ばしたが、届かない。
落ちると思ったその瞬間、長谷部が樺倉の手を握っていた。
「無事か?」
「え、あ、うん。ありがとう、長谷部君」
思わぬ助けに樺倉は驚いた顔をして礼を述べた。
「無理な魔力の使い方をするな。仲間が毎回フォローしてくれるなんて甘い考えなんて捨てろ」
長谷部は樺倉が自力で飛翔できるのを確認すると手を離した。端正な美貌に苦々しさが浮かんでいる。
「大丈夫か、樺倉?」
山際がボールを撃つ手を止めて樺倉の傍まで飛んできた。
「平気です」
「これがゴム弾で良かったな。実戦だったら大怪我か下手すれば死んでいたかもしれないぞ。長谷部、良い動きだった。だが、助ける途中で二発喰らってたろう。自分の身も守れ。そうでなければ、二人とも死んでる……訓練を続けるぞ」
山際が下降して、訓練が再開された。ボールの嵐が飛翔する九人に襲い掛かってきた。
訓練が終わると双子が身体中に残った弾痕を見ながら話していた。
「痛てぇな、あのボール。ほらみろ、打撲痕。くっきり残ってら」
「治る前にいくつついたか後で数えてみようぜ……あ、真由ちゃんだ。大丈夫だったか?」
「うん、平気。心配してくれてありがとう」
頭をさすりながら、樺倉が笑って答えた。
「意外だったな。あの長谷部が人を助けるために飛んでいくなんて」
「ごめんな、俺たち気付くのが遅れちゃって」
「そんな……あたしがドジだっただけだよ」
「真由、行くよー」
無色組の女子たちが樺倉に声をかけてきた。みつきがいなくなり、別部屋に移動したのだった。
「あ、じゃあ呼んでるからこれで・・・・・・またね」
樺倉は足早に女子たちの元へ走った。
「俺たちも行こうか。今日は先に風呂に行こうぜ」
「そうだな。汗もかいたし。行くぞ、朔也」
そう言って三人は部屋へと戻っていった。
女子寮に戻って樺倉は治癒魔法を堀川と沢村の二人にかけていた。先ほどの訓練でほとんど体力と魔力が尽きかけていたが、二人に言われたら仕方ない。
「ねえ、真由。最近、いい気になってるんじゃない?」
「そうそう、天地兄弟に長谷部君にまで手出してさ。そこまでか弱いアピールしてまで、男の気引きたいの?」
えっと樺倉が言葉に詰まる。
「今まではみつきの陰に隠れてたけど、今じゃ私たちのコバンザメ状態だし。出来ることって言ったら治癒魔法だけ。でも全然楽しそうじゃないし。何かこっちの顔色窺ってばっかりで、はっきり言ってちょっとウザいわ」
「無理しないでうちらよりも男子と一緒の方がいいなら、そっちと居たら? 『可哀想だね、真由ちゃん』って優しくしてもらえるかもよ?」
くすくすと二人は悪意をもって笑い続けていた。樺倉は茫然として立ち竦んでしまった。それから居たたまれず、トイレに逃げ込んだ。泣くまいと思っていた気持ちが揺るぎそうになる。
「こんな時、みつきちゃんなら絶対毅然と立ち向かってる……蛟を倒して、霊珠が消えるまで、ここを出るまで、負けるわけにはいかない……!」
樺倉は鏡の中で涙を浮かべている自分に喝を入れた。それから水道で顔を強引に洗った。飛沫が床や鏡まで飛び散る。鏡に映る水で濡れた自分の顔を見て、無理矢理笑顔を浮かべた。
「あたしは、あたしだけは、どんなに弱くても、惨めでも、自分のことを嫌いになったりしない……!」
樺倉は最後に仕上げとばかりに頬を叩いた。戦いは蛟とだけじゃない。日常にだって負けられない戦いがあるのだ。
射撃訓練も標的がクレー射撃に変わった。素焼きの皿が空中に発射される。
「蛟には飛翔能力もある。いつまでも攻撃してくれとその場に留まってると思うなよ!」
鷹山の指導にも熱がこもる。皿は当たれば呆気なく割れるが、距離も遠い上に動く標的にエイミングするのは難しい。ズームと照準の付いているゴーグルのお陰で難度は下がっているが、射撃が得意な長谷部ですらなかなかヒットさせることが出来なかった。
「お前たちも分かっていると思うが、射撃を撃つときは防御魔法が使えない。撃てる時に撃つしかない。一発一発に魂を込めろ」
朔也も集中して飛んでくる皿を射止めた。徐々に他の訓練生も的を捉え始める。その中で朔也のゴーグルに皿ではない何かが落ちていくのが見えた。思わず射撃の手を止めると、
「真山! 訓練中に手を休めるな!」
鷹山の叱咤で瞬途切れた集中を再び取り戻した。訓練生たちも無言で射撃を続けた。
訓練終了後、朔也は射撃場を歩いてあれが一体何だったのか確かめに行った。すると、そこには樺倉の姿があった。
「樺倉、どうしたの?」
背後から話しかけられた樺倉がびくっと身を固くした後、朔也に振り返りほっと息をついた。
「なんだ、真山君か……あのね、射撃訓練の時この子が被弾してるのが見えたから、身に来たの」
そこには名も知らない茶色の野鳥がいた。羽根を痛めているらしく、飛ぼうにも飛べずにいる。
「あれは鳥だったのか……怪我しているみたいだな」
「そうなんだよね……人間以外にも効くのかな。やってみるね」
樺倉が銃を鳥に向けて、放った。鳥は光に包まれて、ぴゃっと一声鳴いた。光が消えると山鳥は何事もなかったように飛んでいった。
「良かった、ちゃんと巣に戻れると良いけど」
「……樺倉も家に帰りたい?」
朔也が樺倉の顔を覗き込んで、そっと聞いた。一瞬、樺倉が泣きそうな表情をした後、慌てて打ち消すように笑った。
「まだ駄目だよ。私、こんな力貰ったのに、何もできてない」
「樺倉さん、辛いときは辛いって言っても良いんだよ……誰も見てないから」
ふるふると樺倉は頭を振った。
「こんな気持ちも魔法で治せたら良いのに……」
空に飛んでいった山鳥はもう見えない。それでも樺倉の視線はどこまでも遠くを見つめていた。
「あたし、強くなりたい。だから、大丈夫……ありがとう、真山君」
そう言って微笑んだ顔にはもう憂いも迷いも無かった。朔也は樺倉の強さを眩しく思った。
お読みいただきありがとうございます。
次回「榎木の引っ越し」をどうぞよろしくお願いいたします。




