蘇生
「……やります。朝霧教官、やり方を教えてください」
「いいでしょう。まずは裂傷から、次に体力を回復させてください」
朔也は手を洗い、消毒して、使い捨てのエプロンを付けた上で入室した。包帯を看護師に外してもらう。胸から腹部に内臓まで達する深い裂傷があった。縫ってあるものの血が滲んでいる。
「複数回に渡っても構いません。全力で臨みなさい」
朝霧が隣で指示する。朔也は息を吸うと血とアルコールの匂いが漂ってきた。自分でも鼓動が速くなるのを感じる。自分に生殺与奪の権を握るという重圧が重くのしかかってくる。
(……もしも、僕がここで出来なかったらこの人はどうなるんだろう?)
いや、違うとその問を朔也は否定した・
(今、僕がここで何もしなかったらこの人はどうなるのか、だ……!)
朔也は抉られた傷口を見た。この人は魔力が無くとも蛟に抗ったのだ。銃を向けて、身体の中に魔力の奔流をコントロールする。魔力を腕から先、銃へと流れこんでいく。朔也は強いイメージを浮かべる。力が高まり、朔也の中で爆ぜた。軽い破裂音と共に傷に光が収束する。ゆっくりとだが、確実に傷口が融合していく。周囲の医師たちが目を見張る。
「良いでしょう。では、全力で回復させてください……私が良いというまで続けてください」
朔也は一つ小さく頷いた。それから再び集中し始めた。魔力はまだまだ朔也の中に残存している。一度目を閉じて、呼吸を整える。それから息を吐くとともに目を開けて、放った。光が朔也の銃から放出されると同時に男性が光に包まれる。
「その状態を維持してください」
朝霧の声が遠くに聞こえる。朔也の額に脂汗が滲む。今までで最も力の浪費が激しい。それでも銃から力を注ぎ続ける。
「……バイタルが回復していく。奇跡だ」
医師たちが驚愕した表情で男性を見つめている。朔也の額から一滴汗が零れ落ちる。魔力よりも体力と気力が削られていく。
(まだだ……朝霧教官が終わりと言っていない。この人を、僕が、絶対、助ける……!)
再び朔也の目に意志の光が宿る。その様子を朝霧が冷静に見つめる。
「バイタルが正常になりました!」
「真山君、終わりにしてください」
その声は集中した朔也には届かない。朝霧が朔也に聞こえないと知ると、朔也の足を思いっきり蹴っ飛ばした。
「お・わ・り・で・す」
むこう脛を正確に蹴飛ばされた朔也は思わず、銃を取り落としそうになった。
「え、朝霧教官。患者さんはどうなりましたか?」
「バイタルも安定しました。成功しましたよ」
その言葉を聞いて朔也は崩れ落ちた。
(良かった……)
一つの命を救えた。その事実に思わず朔也の目から一粒涙が零れた。
「ありがとうございます、真山さん……」
先程の刑事が朔也の手を取り、立ち上がらせた。それから両手でまだ震えている朔也の右手を包み込んで、深く頭を下げた。その温もりにまた涙が込み上げてきた。
「まだ予断を許さない状況ですが、峠は越したでしょう」
ICUの医師が刑事に告げた。刑事は朔也たちが見えなくなるまで、頭を下げていた。
「どうでしたか、真山君?」
朝霧が朔也の隣で尋ねた。朝霧は私服だと小学生にしか見えない。
「……緊張しました」
「そうでしょうね。あの状態から回復させた学生はあなたが初めてでしょう。墨村教官の読みは当たりましたね」
「今回のことは墨村教官の指示で?」
「墨村教官があなたならできると。同時に軽傷の民間人に銃を向けることを忌避するだろうと……恐らく黒真珠の長がそう読んだのでしょうね」
院内の雑踏の中、朝長院長の後ろで二人は会話を交わす。
「あの……授与式にいた長たちって何者なんですか?」
「長たちは各色で最も秀でている者たちの集まりです。聖銃士たちの自治組織の要とでも言うべき存在」
朝霧の言葉はどうにも抽象的で朔也には真意を測りかねた。
「通常、各長同士と発色したその色の聖銃士以外長の名前と顔は知らないのですよ。これは今日の薫陶賞のご褒美です……さて、お疲れさまでした」
最初に通されたホールに戻ってきて、朔也は訓練生の輪に戻った。
「いやはや、すごい力の持ち主だね、彼は。何年も訓練生たちを見ているが、あそこまでの才能は見たことがないよ」
「ええ、不世出の逸材と言っても良いでしょうね」
朝長と朝霧が小声でホールを見渡しながら話した。朔也が双子に頭をもみくちゃに撫でられていた。
「あの才能をどうするのかね? 彼らの使命が蛟討伐であり、第一優先だと分かっているが、あの能力が我々にもあったらと願わずにはいられないよ」
「そのようなことを仰らないでください。こんなことが出来る人間は彼くらいしかいないでしょう。この国の医療を支えているのは先生方のお力です。お互い、出来ることを成しましょう……どんな苦難が待ち受けていようとも」
朝霧は言い終えると訓練生たちに号令をかけた。
「それでは、学園に戻ります。バスに乗車してください。本日は患者様、院長ならびに医師看護師の皆様、貴重な体験をさせていただいてありがとうございました」
ありがとうございましたと訓練生たちがばらばらに挨拶した。ホールの中の患者と医療チームが拍手した。朔也は本当にこの力が誰かのために使うことができるのだという実感がじわじわと込み上げてきた。
(僕、今日、あの人を助けられたんだ)
そう思うとまた目頭が熱くなってきた。バスに乗車すると、朔也は急に眠気に襲われてそのまま寝入ってしまった。バスは再び山道を進み、学園へと戻っていった。
お読みいただきありがとうございます。
次回「日常の戦い」をどうぞよろしくお願いいたします。




