進歩と発色
個人練習は主に射撃訓練だった。初めての射撃訓練の日と同じく今にも雨が降り出しそうな天気だった。
朔也にはいつも躊躇いがあった。自分がこの引き金を引いたとして何かを傷つけるかもしれない、自分の手が汚れるかもしれない、暴発するかもしれない、そういった保身と恐怖の気持ちがあった。
今も朔也の中にはその気持ちは消えない。それでも、今日の朔也の心は静かに凪いでいた。
「立ち射撃、百発。口径は一センチ。開始してください」
墨村が静かに告げた。朔也は真っすぐに標的に狙いを定める。そして、イメージする。銃は自分の身体の延長だと、銃口から真っすぐに細い糸が的と繋がり、力を徐々に絞っていく。的を貫通させるイメージが完成した時、朔也は迷いなくトリガーを引いた。
「お見事」
ぽつりと墨村が呟いた。標的には中心付近に一センチ口径の穴が無数に開いていた。
「現時点でこの程度のレベルの精度があれば十分でしょう……先日の講義で得るものがありましたか?」
しとしととと、とうとう雨が降り始めてきた。
「あれは……墨村教官の差し金だったんですか?」
「差し金なんてとんでもない。わたくしにはそのような権限も意図もありませんでした。ただあの人はここまで読んでいたのかもしれませんね」
「あの人?」
朔也は墨村の言葉を問い返した。
「真山君も会ったことがあるはずですよ。銃の授与式で。黒いローブを着たあの人に」
「黒真珠の長?」
ぱさりとフリルのついた黒い傘を墨村が差した。
「あの人の思考は深遠過ぎてわたくし如きでは推し量ることはできません。あの人の言う通りなら再び会い見えることになるでしょう。では立ち膝打ち百発、一センチ」
それ以降、朔也の進歩は目覚ましかった。というよりは、やっと平均レベルに追いつくことができるようになってきた。イメージすることを体得したことと引き金を引く重圧を克服したことによってようやく一歩一歩前進することができた。
その日も飛行訓練でなんとか上昇して飛行し、旋回する段階まで至ることができた。
「朔也、調子いいじゃんかー!」
「コソ練の結果が出てきたって感じだな!」
双子は朔也が地上に降りてくると、背中をバシバシと叩いた。
「天地たち、訓練中だ。訓練に戻れ」
山際が厳しい目でケンとジョーを注意した。ケンとジョーは既にかなり複雑なコースをクリアしていた。
「でも本当にすごいです、真山君。あたしも個人練習受けたいんだけど、あたしの体力じゃ通常の訓練で精一杯で……」
樺倉が羨望のまなざしで朔也を見たが、その表情は苦笑いに変わった。朔也は樺倉が先日の外部講義で体調を崩したことを思い出した。
「樺倉も進歩していると思う。無理をしないで、自分のペースでやるのが良いと思うよ」
「そうだよね、ありがとう。真山君」
樺倉が笑って答えた。
飛行訓練が終わった後、みつきと樺倉は二人で食事した後部屋に戻った。
「ただいま、あさみちゃん」
いつもと違って瀬川の返事は無い。不審に思ったみつきはカーテンで仕切られた瀬川のブースを除いてみた。そこにはぐったりと倒れた瀬川の姿があった。
「麻美、どうしたのですか?!」
みつきがカーテンを乱暴に開けると樺倉が瀬川に駆け寄った。
「あさみちゃん、しっかりして!」
そこでみつきは気が付いた。瀬川が固く右手を握っていることに。みつきはその右手をそっと開いた。そこには黒い霊珠があった。
「真由、麻美は発色したのです」
えっと樺倉がみつきの横から覗き込む。
「私、雨森先生呼んできます。真由は麻美のことをお願いします」
部屋を出ながらみつきは思った。とうとう、ここに来てから初めての発色する玻璃の聖銃士が現れた。自分だっていつ発色するか分からない。それはいつ戦場に立つかわからないということだ。あれほどの才能を持つ瀬川ですら、戦いを拒む。しかし、発色した以上瀬川は天虹寮から去っていく。みつきは瀬川との別れを実感するとともに、自分にも必ずその時がやってくることを強く意識していた。
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