個人レッスン
朔也は最初に雨森と出会った玄関近くにある職員室を訪ねた。
「すみません、雨森先生いますか?」
「真山か、どうした?」
事務机の向こうから雨森が返事をした。他の六人の教師と思しき大人たちの視線が朔也の方へ一気に集まる。
「ちょっと相談があって」
「いいぞ、隣に相談室があるからそこで話そう」
職員室の奥に小さな部屋があり、四人がけのテーブルとホワイトボードが置いてあった。そこに対面で座ると、雨森が問いかけた。
「それで、相談ってなんだ? 何か不満なことや心配なことがあるのか?」
「あ、いえ、その……あまりに訓練についていけてないので、居残り練習を許可して頂けないかと思って」
朔也が何とか切り出すと雨森は得心が言った顔で頷いた。
「ああ……確かに、教官たちからも真山が苦労していることを聞いているよ。ただでさえ魔力量が多くて制御が難しい上に、リミッターが付けられているんだからね。でも、その資質と向上心は大切だ。今のところ授業の後、疲労感はどうかな?」
「いえ、特に疲れを感じることはありません」
そうかと雨森は数秒ほど考える姿勢を取った。それからおもむろに
「わかった、それじゃあ特別カリキュラムを許可しよう。長谷部もやっていることだしな」
「長谷部君もですか?」
朔也は軽い驚きを感じた。
「ああ、彼はかなりの努力家だよ。いつもトップの成績を維持している。カリキュラムは私の方で組んでもいいかな?」
「お願いします」
「それじゃあ来週から始めるってことで。今日はしっかり休みなさい」
一礼して朔也は言って職員室を辞した。
寮に戻る途中、遠野とばったり出くわした。
「おかえり、双子たちと別れてどこ行ってたんだ?」
「雨森先生のところに。授業終わった後、訓練させてもらえないか相談してきた」
へぇと遠野が興味深げに朔也の顔を見た。
「真山がそこまで熱心だと思わなかったな。何かあった?」
「……いや、このままじゃ駄目だと思っただけだよ。夕食行ってくる」
「俺も行くよ。実はまだ食べてないんだ」
二人はすっかり日の落ちた渡り廊下を歩きだした。空を見上げると満月が浮かび、その周りを虹が取り囲んでいた。昼間の虹と違い深い闇の縁を白い光輪が取り囲む六色の虹が鮮やかに円を描いている。
「月虹だ。綺麗だな」
朔也が何気なく口に出した。すると遠野の鋭い声が聞こえた。
「綺麗だって?」
その表情はいつもの冷静な遠野とは様子が異なっていた。まるで親の仇でも見るように月を睨みつけた。
「あの忌まわしいものが? 真山、あれはそんなものじゃない。俺たちの本当の敵だ」
「敵って……俺たちの戦う相手は蛟だろう?」
その言葉にふっと遠野は朔也を微笑んで見返した。その表情から怒りが消えている。
「そうだよな。腹が減って変なこと言っちゃったな。早く食堂へ行こう」
遠野はそう言って足早に歩きだした。その背を朔也は追いかけた。それから、またちらりと満月とそれを囲む虹を見上げた。
(敵か……)
遠野の言葉は意味が分からなかったが、今はその美しさが禍々しさをともなっているように感じられた。
お読みいただきありがとうございます。
次回「天才サボり魔」をどうぞよろしくお願いいたします。




