魔力の器
運ばれた朔也は北棟の五階へとやってきた。エレベーターも完備されており、双子たちも疲れを見せず、鷹山は奥の教官室をノックした。
「朝霧教官、いるか? 急患だ」
どうぞとソプラノの声がした。やけに幼い声だなと朔也が顔を覆っていた腕をどかすと、そこには十二歳ほどの少女がいた。黒髪をおかっぱにした愛らしい姿だが、どうみても中学生以上には見えない。
「どうかしましたか、鷹山先生?」
「射撃訓練中に銃が暴発した。威力が最小に設定されていたにも関わらず、標的が半壊した」
「あの装甲を? それはそれは……それでは、治癒魔法をかけますね。動かないでください」
朝霧は腰のガンベルトからリボルバー型の銃を取り出し、銃口を朔也に向けた。そして、躊躇いなく引き金を引いた。朔也は咄嗟に目を瞑ったが、瞼の向こうから白い光が輝くのが見えた。目を開けると身体がポカポカと温かい。
「体調はどうだ、真山?」
「気分はいいです」
朔也は担架から降りて立ち上がった。鷹山がお礼を述べて、部屋を辞そうとした時、朝霧が呼び止めた。
「待って下さい、鷹山先生。今、治癒魔法使ってみたところ、ほとんど手応えがありませんでした」
「手応えがない? 一体どういうことだ?」
「ほとんど魔力の消費が感じられなかったということです。その上、こちらが与えた魔力もすんなり吸収してしまいました。真珠の魔力は親和性が高いといっても、まるでスポンジのように吸い取られてしまうとは。この子のキャパシティーはかなり特殊だと思われます」
どうみても年下に見える少女にこの子呼ばわりされて、朔也は違和感を覚える。それはと鷹山も顎に手を当て考え込んだ。
「雨森先生と整備士の大井さんに相談しなければならないな……天地、もう帰れ。真山はここで少し待機しろ。雨森先生と話がある」
(僕、暴発させるなんてとんでもないことをしてしまったんだろうか……)
雨森まで呼び出されて、もしかしたら双子の言っていた懲罰房行きかもしれない。朔也はまた不安に襲われていた。それから間もなくして雨森が朝霧の部屋を訪れた。
「鷹山先生、真山がどうかしましたか?」
雨森は急いできたらしく若干息が乱れている。
「模擬銃が最小の状態で標的を半壊させた。魔力供給のため朝霧教官の元に連れてきたら、ほとんど魔力消費が見られなかったという」
「という。と、つまり……真山が膨大な魔力の保持者ということですか?」
「それだけではありません。他人からの魔力の吸収力も特出しています。はっきり言って私の感覚では底なしといっていいほど限度がありません……模擬銃ですら、この子の制御には十分ではないといえます」
鷹山と朝霧が雨森に事の次第を説明した。それによって朔也は自分が置かれている状況をやっと理解した。
「なるほど。それで大井さんの出番というわけですね。早速相談してみましょう……真山、今日は寮に戻って休みなさい。あと銃を誤って発射しないようにセーフティはしっかりかけておくこと。いいね?」
朔也は銃の安全装置を確認して、部屋から出た。
寮に戻ると双子が心配して駆け寄ってきた。
「大丈夫か、朔也?」
「的あんなに吹っ飛ばしといた割には普通にしてるけど」
「うん、平気みたいだ。運んでくれてありがとう」
朔也は双子に改めてお礼を言った。双子は手を振りながら笑った。
「大したことないぜ。それにしても、魔力のキャパシティーが特殊とか言ってたけど、あれは一体どういうことなんだ?」
「僕にもよくわからないけど、魔力の量が人より多いらしい」
朔也はできる限り控えめに表現した。
「魔力のキャパがでかいってこと? それってすげえ。蛟と戦うのに有利じゃんか」
「だけど、魔力が多いってことは最初のコントロールが難しいってことだろう、真山?」
椅子に座り事態を傍観していた遠野が会話に入ってきた。
「何か先生は対策を講じているのか?」
「整備士の大井さんと相談してみるって言ってたよ」
なるほどと遠野が得心したように頷きながら、椅子を回転させて机に向かった。
「何一人で納得しているんだよ、真守。俺たちにも教えてくれよ」
ケンが不満気に尋ねると遠野が簡単に説明した。
「多分、真山は制御装置を付けられるんだと思うよ。出力を極力低下させるようなものを。前にそういう学生がいたからね」
「んー、つまり金属バッドから木製バッドに持ち替えさせられるってことか?」
「ちょっと違うけれど、似たようなものかな」
遠野はまたくるりと朔也の方を向くと言い含めるように調子でこう言った。
「魔力が多いと有利なこともある。けれど、それが幸せなこととは限らない……真山がその力をきちんと発揮できるように祈るよ」
それだけ言うと背を向けて読書に戻った。人より秀でているものがなかった朔也にとって『魔力量が多く、特殊な体質である』というのは初めての優越感をもたらしたが、遠野の冷静な忠告によりあっという間にしぼんでいった。
夕食と風呂を済ませ、ベッドに横たわると今日あったことを思い返した。枝垂れ桜の下でみつきとの思わぬ再会。授与式でのあの感覚。銃の暴発。どれも昨日と同じくらい衝撃的な出来事ばかりだった。うつらうつらとしながら朔也は考える。
(みつきはいつ魔法風邪に罹ったのだろうか……)
そこでふと背筋が冷たくなるような思いがした。金曜日のライブ、物販での握手会においてみつきと朔也は接触しているのだ。あの時、みつきの手は奇妙に熱を持っていた。
(僕はみつきから感染したのか?)
そんなはすはないと朔也は必死に否定した。感染ルートもわからないし、今井が言っていたようにウィルスも細菌も発見されていないのだ。どうして感染源がみつきだと言えるのだろうか。でもと朔也の思考は一度回り始めると止められない。
(風邪の症状が出ている最中の研究は進んでないんじゃないか? だから病院でも僕が魔法風邪だと診断されなかった)
どうしようと朔也は頭を抱えた。
(このことは、みつきに知られてはならない……)
華やかな衣装に身を包み微笑むみつきのCDジャケットを手に取り、朔也は声もなく涙をこぼした。そして朔也はホワイトフェザーのグッズを全てクローゼットにしまい込んだ。
「おはよう、朔也……ってなんかすごい疲れてるな」
翌朝、朔也の顔を見たジョーがぎょっとした。
「いろいろ考えてたら眠れなくて……」
「何、考えてたんだよ。人には言えないことか?」
ケンが何か期待するような目で朔也を見た。
「えっと、ケンとジョーは誰から魔法風邪に罹ったかわかる?」
思わぬ質問に双子は顔を見合わせた。
「わっかんないなぁ。俺たちどっちが先に罹ったかもわかんないもん」
「ほとんど同時だったな。風邪気味のまんま学校行ったりしたけど、同じ学校で罹ったやつは聞かなかったな」
「本当に?」
双子の言葉に朔也は飛びついた。その勢いに押されてジョーが少し驚く。
「ああ、あの時期に入学してきたのは俺たちだけだったよ。それがどうしたんだ?」
「……いや、何でも。あとお願いがあるんだけど、鶴来さんに僕がファンだったことを話すのは止めてほしいんだ」
ああとケンとジョーが声を合わせた。
「そりゃ構わないけど、普通『ファンです』ってことにした方が仲良くなれてお得じゃないか?」
「本人も喜ぶと思うぞ」
「……恥ずかしいからさ。頼むよ」
朔也が手を合わせると双子はわかった、わかったと繰り返した。
「それじゃあ、今日も朝飯に行くぞ!」
「今日のメニューは何かな?」
双子が元気よく寮を出ると、遠野がすっと朔也のそばに寄ってきた。
「鶴来さんに魔法風邪をうつしたか、心配しているのか?」
えっと朔也は声を詰まらせた。その言葉は中らずと雖も遠からずだった。
「安心すると良い。魔法風邪は発症するものであって、感染するものじゃない」
「それってどういう意味なんだ?何で遠野はそのことを知っているんだ?」
「真山には特別に教えておこうと思って。それで授業に身が入らなくなったら困るから……さあ、朝食に行こう」
そう言い残して遠野はさっさと寮を出ていった。慌てて朔也もその後を追ったが、もう遠野は何も言わなかった。
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次回「三重リミッター」をよろしくお願いいたします。




