第四十五節「デルトリアvsデルトリア 前編」
ディーナスを族長とするフェアライトの里。
僕は初任務を請け負い、プロトン帝国とパルケニア王国両国の情勢把握を完遂した。
その後、帰途に向かう途中で里付近の樹海が燃えているのを見た僕たちは、急ぎその地点へと足を運んだ。
そこで待っていたのはパルケニア王国の神聖武装騎士団。
王国内で一、二を争う精鋭が集まる軍勢。
彼らが身に着けるのは赤塗りの鎧。
返り血を目立たせないための色合いは、まさに死を体現した部隊にふさわしい。
緊急事態というに他ない現状に、僕はラシアを携えて里の中心に向かう。
『どこもかしこも…炎、炎、炎…熱気がムンムンとしてますね…。』
「ディーナス!! ミレアナ!! ゼルマ!! アレック!!」
仲間たちの名を叫ぶ。
火の海の中で、大声を上げて名を呼んだ。
「誰か、お探しですかぁ?」
背後から声を掛けられた。
気配を感じることなく、背後を取られて声を掛けられ、咄嗟に振り返った。
燃え盛る炎のように赤く、バラのように赤く、どこまでも赤に染まった長い髪。
幼い顔立ちに異常なほどに白い肌。
まるで、赤を強調する役割を担っているかのようで、禍々しさも際立たせているようだった。
どこかの令嬢のような雰囲気と、野生の獣のような雰囲気を醸し出しているような、言葉で言い表せないほどの “何か” がそこにはあった。
赤い髪、白い肌、更に色を重ねるとしたら…その瞳の色。
海色の瞳。
赤とは対照的な色の瞳。
その海色の瞳は、宝石のように、磨き抜かれた大鉱石のような、鮮烈さを持つ。
その海色の瞳は、女神のように、何もかも包み込む大海のような、慈愛を持つ。
その海色の瞳は、津波のように、何もかも飲み込む大嵐のように、畏怖を持つ。
それらは何物にも例え難く、圧倒的な美しさと包容力と厳格的強さを併せ持った異質の瞳だった。
少女は大木の枝の上に座り、こちらを見下ろしている。
その顔は余裕に満ちた笑顔で、火の海と化した樹海に似合わない、そんな笑顔だった。
「初めまして、私はフェルティナと言います。
妹として愛してくださいね? フェルティナさんも、あなたをお兄さんとして扱いますから。」
「妹? お兄さん? 何を言ってるんだ? どういう…」
「そういうわけですから…早速兄妹らしく、殺し合っちゃいましょうか。」
言葉の刹那、彼女の姿がフッと消える。
僕は咄嗟にその場から離れた。
ドオオオォォォォォン!!!
「ッ!!!?」
直径五メートル弱の穴が空き、抉れた地面の破片が周囲に飛び散る。
「ふふっ、遅いですよ、お兄さん。」
「くッ!」
背後から声がかかり、そちらに振り向きざまにラシアを振る。
ブンッ!と空振りの音が響いた。
相手はかなりの速度で僕を翻弄している。
『援護します!!』
ラシアの言葉を受けて、剣が独自の動きをし始め、僕もそれに対応し始めた。
「あー…ラシアの援護を貰っちゃいましたか…仕方ありませんね。」
どこか抜けた口調で発するフェルティナは、そののんびり癒し系の声音とは裏腹に、非常に攻撃的だ。
フェルティナは僕の目の前に立ち、剣を振るってきた。
僕はそれに対応して受け止める。
「……なッ!?」
それと同時に、僕は彼女の持つ剣を見て驚きを隠せなかった。
黒い刀身、黒いシルエット、その形と長さはラシアとほぼ同等…いや、ラシアそのものだった。
黒いラシア。
形も、大きさも、何もかも一緒でありながら、黒い塊のように黒い。
「え? お兄さん…もしかして、ラシアが二本あるというのは聞かされていないのですか?」
「……。」
「図星、ですか。
…まったく、お兄さんったら…欠陥品らしい見落とし方ですね。
意外とお茶目ということでしょうか?」
呆然とする僕を見て、フェルティナはクスクスと笑みを浮かべている。
口調と発言のギャップに、頭が混乱しそうだ。
一見純粋そうなその発言は、凶悪そのもの。
「まぁいいでしょう…あ!そういえば…言い忘れたことが…。
お兄さんと会えた喜びのあまり、大事なことを言い損ねるところでした…。」
無邪気な笑みを浮かべながらそんなことを言う。
この笑顔だけを見ていれば、どこにでもいそうな歳相応の少女にしか見えないだろう。
「フェルティナさんは、パルケニア王国国王陛下の命令で動いた、デルトリアの一人なんです。
だから、お兄さんをお兄さんと呼べるんですよ? えへへ…思いがけない妹ができて、嬉しいですか?」
「う、嬉しい?…そんな…そんなことあるか!! いきなり攻撃してきたやつが妹なんて言って…何が楽しいんだよ!?」
僕は怒りのあまり声を荒げて発言した。
突然攻撃されて、妹なんて名乗ったり、欠陥品なんて言われて、嬉しいはずがない!
「そうですか…それは…残念ですねぇ…。
でも、フェルティナさんは嬉しいですよ? ただ、世界を知らなさ過ぎるお兄さんと、聞いていた以上に残念なお兄さんに…ちょっとだけ失望しちゃいましたけど…それすらも愛しいと思いますし。
それに、せっかくこんな辺境の、居心地が悪くて腐りきった場所にある…下等種の巣に来て…お兄さんに会いに来たというのに…。
どこを探しても見当たりませんし、無駄に血を浴びちゃいましたし…お兄さんはダメダメで……はぁ…悲しくて悲しくて…フェルティナさんは泣いてしまいます。
こんなフェルティナさんを見て、可哀想だとは思いませんか? お兄さん?」
「思わないね。」
涙目になりながら言葉を紡ぐフェルティナに、言い切る。
性格は純粋無垢であるのに、どうも考え方が歪みに歪みきっているらしい。
僕はフェルティナのことを、少しずつ理解してきていた。
僕の心の中が黒く染め上げられていく。
それは仲間を悪く言われたからか? 世話になった場所を悪く言われたからか? いや、分からない。
ただ一つ分かることは、不愉快極まりないということ。
これだけは確実に抱いた感情だった。
「居心地の悪くて腐りきった場所? 下等種の巣? 無駄に血を浴びた? ふざけるなよ。
ここで過ごしたこともないような奴が…分かったような口を…」
「分かっているからですよ? この世において一番幸せに暮らせるのは…パルケニア王国で暮らし、パルケニア王国のために尽くすことなんです。
それが、一番幸せに暮らすことができるんですから…それをしない人たちは、最早異端だと思います。」
「王国がすべてじゃないだろう! 帝国も、王国も、居心地の良いとか悪いとか、そんなことを考えること自体がバカバカしくなるような平和な国だ。
そこに幸せなんて…。」
「お兄さん、分かっていないですね? 人の幸せは、平和の中では築けないんですよ。
常に闘争して、競争して、弱者を蹴落とした強者こそが富を得て…弱者が存在しない世界になることが、世界のあるべき姿なんです。
ろくに働きもしないで、働いた人の功績を食って生きている人間は、生きている価値は皆無なんですから。
この場所にいたフェアライトっていう種族は、働きもせずに自然にあるものを食らって、それがないと生きていけない、なんて訳のわからないことを言ってる人たちでしょう。
同じ「フ」から始まる種族名であることが…どれほど屈辱的なことか…。」
フェルティナは微笑みながら、僕を諭すかのように淡々と言葉を並び立てていた。
強烈に偏ったその言葉は、僕には許容しかねた。
「そんな……それは、お前が凝り固まった思想を持ってるだけだろう! そうじゃない…他の種族には他の種族の良いところと悪いところがある。
お前は悪いところを見すぎだ! …そして、良いところをも悪いものとして見てしまっている。
そんな考えだと…」
「そんな考えだと…なんですか? フェルティナさんは間違ってなんかいませんよ? フェルティナさんは完全無欠のデルトリアなんです。
お兄さんよりも高次存在で、ほかの種族とは比べ物にならない特別性を兼ね備えているんです。」
語らいはこれでおしまい、とでも言いたげにフェルティナは剣を振り上げた。
僕はそれに対応するようにラシアを構える。
フェルティナの姿がフッと消えた。
ラシアが僕を導き、勝手に剣が振るわれた。
ギイイィィン!!!
鉄と鉄が衝突する甲高い音と共に、フェルティナの攻撃を防いだ。
『フェルティナが言ったことは…どういうことなの?』
『クレイヴ…今は戦闘中です。
ラシアのこと…いえ、神剣のことは、後で説明しますから、眼前の敵に集中してください!』
『……わかった。
ひとまず、生き残らないと話も出来ないよね。』
フェルティナが持つ、もう一つのラシア。
漆黒の神剣は、確実に僕の命を刈り取るために振るわれている。
正確無比なその斬撃はラシアが反応し、僕が流れるように防ぐ。
少しずつ、フェルティナの動きが見えるようになってきた。
彼女の姿が消える…ほどまではいかず、その動きを捉える。
左頭上から振るわれる腕と漆黒の剣。
超高速の斬撃を後ろにステップして回避し、左手に持ち帰りながら横に薙いだ。
「ッ!!」
ブシュッと勢いよく横腹から血が噴き出し、フェルティナは距離を置いた。
咄嗟に避けられたらしく、傷は浅い。
「おぉ…もしや…見えて…」
「見えてるよ…ようやく目が慣れてきた。」
「…うっふふ…やりますねぇ…お兄さん…。」
こんな状況でも、ほわわと笑いながら語り掛けて来る。
どうして、こんなにも余裕なのだろう…。
どこからこの余裕が生まれるのだろう…。
「次で、終わらせる…。」
僕はラシアの切っ先をフェルティナに向ける。
「この世は大気に満ちている 我が神剣に纏え どこまでも鋭く どこまでも伸び どこまでも破壊する大いなる大気の刃よ 今こそ我が求めし敵のみを打ち砕け 血を 肉を 骨を 神経を 細胞を 核を 一つ残らず斬り刻みたまえ」
「…か、体が…。」
詠唱を唱える中で、フェルティナは身動きを取れずに僕を睨む。
終わらせる。
「夕…」
理力攻撃の位階を唱える。
「充満大気の疾風刃」
この世界に存在するすべての大気が操作可能領域に到達した。
僕はラシアを振るう。
不可視の刃が伸び、僕だけがラシアを通してどれほどの長さなのか、規模なのかを把握。
「っ!」
ラシアを振ると、フェルティナの腹が斬れる。
木は一本も切れていない。
任意に大気の刃を軟化させたり、鋭くさせることも可能。
使用規模は暁の時と比べ物にならない。
すべての大気が、すべての武器であり、すべての生物は大気なくして生きてはいられない。
大気があり、空気があれば、どんな場所でも武器として用いることができる。
平たく言えば、人体の中ですら武器として扱うことができる。
「ッ!!!」
僕が脳内でどこを攻撃するのかを思い浮かべ、ラシアを振る。
刹那、ドバッ!!と勢いよくフェルティナの全身から血が噴き出し、彼女は片膝をついた。
「ゴホッ!! ガ、ハッ!! ア…ぐ、ぅ…。」
フェルティナの肺の中にある酸素、血管の中に存在する赤血球が運ぶ酸素、それらすべては僕の武器だ。
攻撃箇所を思考して、ラシアを振るえば、即座に攻撃ができる。
どこにいようと、何をしようと、存在するために必要な空気がある以上、回避することは不可能。
今頃彼女の体内では恐ろしいことになっているはず。
普通の人間なら即死するだろう。
「う…うぅ…。」
全身から血を流しながら、尚も立ち上がろうとする。
「……もう決着は着いた…これ以上の戦いは…」
「ふふっ…お兄さん…何を、寝ぼけたことを言っているのでしょうか? 決着がついたように…本当に見えましたかぁ?」
「…どういうことだ?」
フェルティナが意味が分からないことを述べてくる。
両方の肺を潰し、全身の血管から刃が貫通した状態で、なおも抗おうとしているのか。
「フェルティナさんは…完全なデルトリア…ですよ。
…こんな程度で、倒したとは思わないこと、です…。」
なんていうと、スッと先ほどと同じように立ち上がり、余裕の笑みを向けてくる。
全身に血が付着することで、一層禍々しさが際立ち、燃えるように赤い髪は、血の色で更に赤く染まり切っていた。
「ふぅ…完全修復システム…身体内外における異常…なし。」
完全修復システム…超速再生能力と言ったところだろうか? それにしたって、回復速度が異常すぎる。
「フェルティナさんの神剣は闇の理力…。
闇に対抗できるのはただ一つ…光の理力だけですからね? 風の理力であれば…対抗策は皆無ですよ。」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!
大気が激しく振動する。
僕が放ったものを打ち破るような、そんな雰囲気すら孕んで…。
「な、なんだよ…これ!?」
『いけない!クレイヴ、早くここから逃げて!!』
「そんなこと言ったって…くっ!…なんだ、これ…大気が…僕の…僕の…行動を…。」
夕位階の開放によって、大気は僕の操作下に置かれたはずだった。
それが、僕の行動を完全に阻害している。
身動きが取れなくなっていた。
「ふふっ…もう遅いですよぉ、お兄さん。
風の理力は『大気の操作』であるのに対して、闇の理力は『理力操作と理力浸食』ですからね。
お兄さんの理力解放によって発動した夕位階の理力攻撃は、そのままフェルティナさんの操作によって、掌の上に乗ったということなのです。
そして、完全体のデルトリアであるフェルティナさんの治癒能力は、お兄さんとは比べ物になりません。」
「ぐ、うぅ…クソ!!」
「さぁ、どうしますか、お兄さん? フェルティナさんの力になって下されば、解放しますよ?」
「ふざ、けるなっ……く、そ!!」
身動きが取れない。
このままじゃ…。
『ラシア、何とかならないのか!?』
『何とかと言われても…どうしようもありません! 闇の理力に対抗できるのは光の理力だけ。
でも今は…光なんてどこにもありませんよ!! あるのは炎だけです…こんな状況で、できることなんて』
クソッ!! クソッ!!
悔しさと屈辱が心中に満たされる。
身動きが取れず、解決策はなく、ただただこうして拘束されるしかない。
どうして…いつもこうなるんだろうか…。
「んー…じゃあ、仕方ありませんね。
はい、バーン!!」
刹那、僕の内部で爆発した。
肺が潰され、血管も破裂し、辛うじて脳内の血管は対象外とされていたけど、ほぼすべての空気が入っている器官が刃に変わった。
フッと一気に意識が遠のく。
倒れる寸前、視界の向こうに空色の髪をツインテールにした少女が映った。
少女は驚愕の顔でこちらを見つめている。
もうだめかもしれない。
彼女を悲しませて、結局は何も護れずに終わる。
何も果たすことなく終わる。
彼女を、仲間を、家族を失う。
それで僕も死ねるなら、もしかしたらいいかもしれない。
もう疲れてしまったかもしれない。
『私、クレイヴが殺されるっていう夢を、見たの…。 私の夢、現実に起こりやすいから…クレイヴを守りたいと思って…来たの。』
あぁー……そういえばそんなことを言っていた。
不安げに言っていた。
護りたいと願った子が、その夢を見たがために僕を追いかけてきた。
その子が今も追いかけてきて、目の前に居る。
僕が倒れれば今度は彼女が殺される。
僕が倒れれば今度は彼女が悲しむ。
あぁ、ならばそんな未来…絶対に打ち砕いてみせよう!!
ここで耐えて、僕はフェルティナを倒す!!!
たとえ絶体絶命でも関係ない。
四肢が飛び、内臓を失ってでも、負けない!! 必ず勝つ!!
踏みとどまれ!! 僕はデルトリアだ。 目の前の赤髪となんら変わらない種族だ。
フェルティナが耐えられて、僕が耐えられないなんてことが…あるはずがない!!!
再び視界が広がる。
ガッと踏みとどまる。
内臓の破損率は相当だけど、心臓と脳は残っている。
再び見据えた。
燃えるように赤い髪を持つ少女を。
起死回生。
そんな言葉を体現したかのようだった。




