第四十四節「最悪の帰還」
僕たちは平原を越え、森を越え、再び広がった平原を越え、高くそびえる山を登った。
頂上へ近づくにつれて空気が薄くなり、息苦しくなりながらも登り続ける。
「もう、そろそろ、だな。」
「う、うん…。」
空色の髪を右こめかみの上で束ね、露出の少ない長袖シャツを身に着けたシェイラは、重い足取りで登る。
そう言えば出会ったばかりのシェイラは今の服装に似た服を着ていた。
地味な緑色の服だったけど、今は白を基調とした服になっている。
着飾ればそれなりに可愛いとは思うけれど、流石に登山に可愛さを求めて運動性を欠く訳にはいかない。
『クレイヴ、疲れていないのですか?』
『デルトリアだからね。』
『そういう問題でしょうか…。
しかし、シェイラさんはお疲れのようですよ?』
ラシアの言葉を受けてシェイラの方を見ると、彼女は僕の数メートル下で、息を荒くしながら登っていた。
確かにしんどそうだ。
身体能力が元から高いデルトリアの僕と一緒に歩くこと自体、彼女にとって大変な事なのだろう。
いくら自然に溢れてエアロイズが満ちている、なんていっても…限界はある。
「シェイラ…大丈夫?」
「だ、大丈夫…なの…。
ご、ごめんね…私、足手まといで…。」
こちらを力無く見上げて謝罪して来るシェイラ。
その姿があまりに痛ましく、見ていられない僕は彼女の下に歩み寄っていく。
「ク、クレイヴ…私の事、良いから…先に…。」
「断る。
……僕の方こそゴメン、気遣いが足りなかったよ。」
僕は彼女の横から右手を脇から背中に手を回し、左手を両膝の裏に手を刺し込んで持ち上げる。
いわゆる横抱きと呼ばれるもので、抱きかかえる側が体力を使う代わりに、抱えられる側の負担は小さくなる。
「ふえっ!!?」
「っ…大丈夫?」
「え、ぁ…う、うん…。」
シェイラは聞いたこともないような変な声を上げたけど、体の異常はないらしい。
仕切り直して、少し持ちやすいようにシェイラの体を跳ねさせ、抱えやすい態勢を整える。
「っ!」
彼女の身体は恐ろしく軽かった。
デルトリアである僕の力が強いからかも知れないけど、ここは彼女の方が異常に軽いという事にしておこう。
「首に手を回さないでね。
シェイラは何もしなくても、しっかりと支えるから。」
「わ、分かった、の…。」
シェイラは僕の首に手を伸ばすことなく、自分の胸の前で手を組んで小さく身を縮ませた。
恐らく、僕が支えやすいように気遣ってくれたのだと思う。
「それじゃあ、少し急ごうか。」
「う、うん…。」
僕はシェイラを振り落とさない様に腕に力を込め、風の理力を纏った後に空中に浮遊した。
足に物体を感じなくなり、身軽になる。
『クレイヴも罪作りな人ですね…。』
小さく呟くラシアを無視して、僕はひたすら昇っていく。
風邪を背にしながら体を浮かせ、険しい山道も難なくグングン昇っていく。
やがて頂上が見えてきた。
頂上を越えれば広大な樹海が眼下に広がるだろう。
「やっと…頂上…。」
「もうすぐ帰れるよ。
初任務なんて重い雰囲気だったけど、終わってみれば大して大きなものじゃなかったね。」
「うん…。」
シェイラがなにかまだ言いたそうな顔をしていたけど、僕は構わずに頂上に足を置いた。
(あの時の予知夢…あれは、いつ起こるの、かな? もしかしたら…この後に……クレイヴ…。)
彼女が考えていることなんて、僕には当然読み取れない。
この時の僕は、シェイラの言っていた予知夢のことなど、頭に欠片としても残っていなかった。
「な、なんだよ…あれ…?」
「あれは…里の…。
でもどうして…? 誰がこんな…。」
「っ!!!」
「クレイヴ!?」
山の頂上に着いて、シェイラを降ろした僕が見た光景は……樹海の中でかなり離れたところが燃えている光景。
天高く、太く上る黒煙。
里があるであろう位置からの煙。
距離があるだけに、燃えている範囲はかなりの範囲があるに違いない。
僕は反射的にその地点に向かっていた。
シェイラの事すら頭で考える余裕はなかった。
厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ!!!
里が何者かに襲われている。
僕の居場所がまた一つ、奪われようとしている。
「うあああぁァァァ!!!」
『クレイヴ、落ち着いて下さい!! ただの火事かもしれないじゃないですか!』
「だったらすぐにでも消せるだろうが!!! それをしないという事は、出来ない状況に陥ってるって事だろう!?」
フェアライトは自然エネルギーのエアロイズを扱う事に長け、天候操作を可能にする種族。
つまり、ただの火事であるのならば天候操作で消火するはず。
ディーナスは馬鹿でもなければ、無能でもない。
寧ろ、族長としての能力はずば抜けていると言っても良い。
余程の事がない限りは、自分の里の近くで上がる炎を放っておくなんてことはしないはずだ。
それが無くなってしまえば、その分のエアロイズを失う事にも繋がるのだから。
そして、それを実行しない今は、余程の事が起きてしまったという証拠。
「僕は…もう二度と、二度と大切なものを失いたくなんてない!!」
必死だった。
奪われたくない、失いたくない、ただひたすら願い、行動した。
音速で空気を裂き、突っ込んでいく。
その速度で以っても、なかなか距離が縮まらない。
「もっと…もっとだ…まだまだ足りない!!」
『こ、これ以上は…人の耐えきれる…空気抵抗を越えています!!』
「俺は、デルトリアだ!! 人間と一緒にするな!!!」
更に速度を上げ、音速を優に超えた。
目まぐるしく変化する周りの景色。
息が出来なくなるほどの空気抵抗。
石の壁を突き破り続けているかのような、空気による強烈な衝撃。
空気というものの脅威を表現する衝撃に、頭が吹き飛ばされる錯覚すら抱く。
意識が何度も何処かに行こうとするのを気力だけで押しとどめ、ただただ居場所を失いたくない一心で飛び続ける。
やがて、黒煙が目の前に広がり始め、ゆっくりと減速していった。
「はぁ、はぁ、はぁ…着いた、のか…?」
『……着きましたよ。
全く、無茶ばっかりして…。』
ラシアの言葉を無視しながら黒煙が立ち上る地点に降り立つ。
辺りに漂う木が燃える臭い。
視界は真っ赤に染まり、どこを見渡しても炎しかない。
「死ねぇぇぇぇ!!!」
『クレイヴ!!』
背後から叫び声が聞こえ、同時にラシアの声を聞いた僕は、ラシアの柄を握って振り向き際に袈裟切りを繰り出す。
「ぐはあぁぁ!!」
ザンッと肉が裂ける音と共に苦しげな声を上げ、男は地面に倒れた。
ほぼ反射的に殺した男を見下ろす。
「……パルケニア王国の…神聖武装騎士団…。」
男が来ているのは赤塗りの鎧。
返り血を目立たせないための色合いは、まさに死を体現した鎧といえる。
その鎧の肩口にパルケニア王国のエンブレムが付いている。
『神聖武装騎士団?』
「パルケニア王国内でも一、二を争うほどの手練れが集まる騎士団だよ。
神聖なんて言ってるけど、やっていることは神聖さの欠片もないけどね。」
『まぁ、神聖な軍隊であるなら、背後から攻撃するなんてこと…ないでしょうからね。』
「あぁ…それに彼らは、女子供容赦なく、王国の為だけに殺しも略奪も、拷問すらも平気でする連中。
神聖なんて言葉も、国民から見た神聖さじゃなく…国家から見た神聖さなんだと思う。」
僕は男に踵を返し、走りながら話す。
当然、その間も周囲への警戒も怠らない。
『つまり、国家としては国の為に戦い、命令に絶対服従且つ絶対成功の騎士団だからこその神聖さという事ですか…。』
ラシアが不満げに言葉を零す。
「とにかく、グズグズはしていられない! 早くしないと皆が危ない。」
『そうですね!』
僕はラシアを手に握り締めながら、炎の海と化した樹海の中を駆け出す。
もう少しで里に着く。
皆の元へ帰れる。
その帰りが少しばかり悪いというだけだ。
「皆…無事でいてくれ…。」
僕は誰に言うでもなく、一人で呟きながら足を動かして奥へ奥へと続いた。




