第三十四節「仇との遭遇」
僕とシェイラは東側の調査を進める。
昨日の調査場所は西側の商業地帯たったけど、今回の東側は工業地帯だった。
東側は違う音で賑わいを見せている。
機械の駆動音や、鉄同士が接触する鈍い音が聴覚を刺激する。
「……う、うぅっ…クレイヴ……。」
「く…空気が悪いな。」
鉄が焼け焦げる臭いや錆の臭い、煙や埃が空気中に舞っていて、目に染みるほどの空気の悪さがあった。
「シェイラ、大丈夫?」
「う、うん……な、なん、とか…大丈、夫…なの…。」
シェイラは苦し紛れに答えていた。
自然の上で生活するフェアライトにとって、人工物は障気そのもの。
しかも今僕たちが居るのは、四方八方が人工物で囲まれ、空気までもが人工物にまみれている。
毒ガスの中生身で渡り歩くようなことを、今のシェイラがこなしているも同然。
体に悪いのは火を見るより明らかだ。
「………あまり無理はしない方が良いよ?」
「だ、大丈夫なの! こんなの、すく…慣れる、の。」
大丈夫なんかじゃない、休め。
なんてことを言っても聞かないんだろうな、と思った。
「あまり長居は不要かもしれないね。
東側でも北の方なら問題ないと思う。」
「ご、ごめん…なの。」
「いや、僕自身もこの場にはあまり居たくない。
とにかく、手を離さないようにね。」
僕はシェイラの手を握る。
肌同士の接触で強張らせたものの、すぐに委ねてくれた。
やがて工業地帯から脱し、北側まで出てきたところで思わず足を止めた。
そこは生き地獄だった。
建物は木造石造の様々な建造物がある。
人々の活気というものは皆無。
皆が皆、地面に視線を送っていた。
というより、何かを探していると言った方が妥当かもしれない。
ボロボロの布で隠すべき体の部位を辛うじて隠し、目は虚ろ、髪はボサボサの人々がトボトボと歩いている。
空気が重い……真っ先に思い浮かんだのはそんな感想だった。
「な、に……これ……?」
ようやく口を開けたのはシェイラ。
「南は活気に溢れ、北は極端に暗い……まさか、西側も北はこんな感じなのだろうか……。」
「ね、ねぇ、クレイヴ…早く…。」
シェイラは握った手を軽く揺すって促してくる。
この空気の重さに耐え兼ねたのかもしれない。
「行こうか…。」
僕の言葉にシェイラは頷き、僕たちは暗く重い空気の街を歩き始める。
歩いているだけで、人々の視線は僕たちの方に向けられていた。
物珍しそうに見つめる人、羨望に満ちた瞳で見つめる人、こちらのことをただただ観察する人……様々な人の視線が此方に向けられた。
『なんとも、危なげな場所に足を踏み入れましたね。』
今度はラシアが心の中で呟く。
『普通の街並みとは大きく異なってるのは確かだね。
いつ襲われても文句は言えない、そんな街。』
『クレイヴ…いざというときは逃げてくださいね。
仮に戦うとなっても、目立つ行動は慎むべきです。』
『そんなこと…言われずとも承知している。』
目立つといってもせいぜい肉弾戦だ。
喧嘩が強い程度で大いに目立つなんてことはないだろう、とは思う。
「おい、そこのお前!」
思考を巡らせていると、誰かに声を掛けられる。
その声の方に顔を向けると、一人の筋骨隆々な男が居た。
男はボロボロの汚れた服を着て、巨大な鉄の棒を肩に担いでいる。
体の大きさが、縦も横も僕より一回り以上に大きい男。
それに続いて小柄な、僕とさほど変わらないような男たちが数人現れた。
全員が武器を持っていた。
「ク、クレイヴ……。」
すっかり怯えきったシェイラは、僕の陰に隠れてしまう。
「大丈夫、シェイラは…手を出さないで。
この場は僕一人で何とかするから…。」
それだけ言うと目の前に集中した。
シェイラがまだ何か言っていた気がするけれど、今は構わず前を見据えた。
「ここを通ることに何か問題でも?」
「当たり前だろうが! ここは俺様の領域なんだからよ。
それを侵した罪は…」
男が棒を振りかぶる。
問答無用といった風情で、相手は臨戦態勢に入っていた。
「…重いぞ!!!」
振り下ろされた。
ブォンっと空気を切る音が響き、僕は後ろに居たシェイラの手を掴んで後ろに跳躍、回避する。
「兄貴! オレたちが兄貴の代わりに戦います。
お前ら! 兄貴の手を煩わせずに片付けるぞ!」
「おぉぉ!!」
間髪入れずに周りに居た男たちが襲いかかってくる。
数はざっと三十人。
でも、神剣は使わない。
肉弾戦で闘るのみ!
僕は両腕の筋肉量を操作し、常時の三倍の大きさに変える。
「っ! そ、それはコンヴァルタの…」
「はぁっ!!」
肥大化した腕を見て怯み、言葉の途中で固まった男の顎を殴った。
バキッと骨と骨が衝突する音と共に、男の体は宙に舞う。
続けてその両端に居た別の男たち二人の顔面にも、両拳が炸裂。
後方に吹っ飛んだ。
「野郎!」
「っ!」
左頬を鉄の棒で殴られる。
強い衝撃を受けたものの、折れたのは相手の持つ鉄の棒だった。
「………な、な……。」
殴ってきた男の顔が見る見る間に蒼白になり、立ち尽くす。
「次は…僕の番だ。」
立ち尽くした男を殴り倒し、周りを囲む奴等も次々と昏倒させていく。
残り十数人。
「調子乗んなよ!」
続いてパンッという破裂音と共に、銃弾が脇腹を掠める。
「っく!」
思わず怯んでしまった。
その隙を突いて、男たちは反撃を開始。
傷口に触れると赤い血が付着する出血だったけど、容赦なく殴られる。
「クレイヴ!」
「ハハハハ! どうだ? あらゆる再生能力を無効化する薬物を塗り込んだ猛毒弾のお味はよぉ!」
「やだ…あ、あ…。」
ラシアは涙目でフルフルと震えていた。
再生能力を無効化する薬物…対コンヴァルタ用、あるいはフェアライト用の弾丸ということか。
誰の目からも絶体絶命に見える。
それでもシェイラは、僕が手を出すなと言ったから、手を出さないでいてくれているらしい。
さすがに、ここで負けたら格好がつかないどころか、人生の黒歴史として刻まれるだろう、なんてことを呑気に考えた。
拳銃を持った男は、無抵抗の僕に容赦なく弾丸を放つ。
その度に鮮血が飛び散った。
「キャハハハハ! なんだぁ? 蜂の巣かよ! 何も出来ねぇってか? ご自慢の再生能力を奪われりゃ仕方ねぇわな。
キヒヒ…悔しかったら抵抗の一つや二つして……みろ、よ…?」
下品な声をあげ、拳銃を僕に向けて構えた男の手が止まった。
拳銃で撃たれた…それは紛れもない事実。
弾は再生能力を奪う…誰もが知る常識。
血が飛び散った…目の疑いようもない光景。
瞬時に傷が再生…それは紛れもなく、誰もが知り得て、目の疑いようもなく、ただ事実と常識を光景として刻み付けた、現実。
止血し、筋肉と皮膚が縫合し、皮が形成され、何事もなかったかのように完全に元に戻った。
「………な…に…。」
男がやっとの想いで、拳銃を持ちながら、震えながら呟く。
他の者も、戦意が完全消滅していた。
「そんな……そんなバカな……さ、再生能力を無効化する薬だぞ!? なんで……なんで…平気な顔して再生してんだよ! テメェ…何者なんだよ!」
信じられないと言いたげに男も、その周囲の者たちも、僕を見つめていた。
シェイラもそれを見守る。
「僕の名は、クレイヴ・アウデンリート。
全知全能を目指して作られた、世紀の覇神。」
「……デルトリア……。」
周囲の目が一気に変わった。
恐怖…周囲に最も多い感情の視線で、目の前の男たち全員がその感情を以って後ずさった。
続いて敵愾心…自分達とは違う、それが目の前に居ることへの不快感。
更に敵愾心は憎悪と蔑みに変化し、害虫でも見るかのような目になり、それでも恐怖は消えず、一切の接触を無くそうとする。
「デルトリアなら仕方ねぇ……退くぞ、テメェら。
あいつに…害虫退治を頼まねぇとよ。」
僕たちに最初に接触した、筋骨隆々の男が後頭部を掻きながら告げた。
「あ、兄貴…。」
「……行くぞ」
「へ、へい!」
筋骨隆々の大男が退くと宣言すると、周りの男たちは素直にそれに従った。
「っと、そういうわけだクレイヴ・アウデンリート。
俺様たちは、この辺で下がらせてもらうぜ…俺様たちは、お前を襲ったりはしねぇ。
誰かに襲われないとは保障しねぇけどな。」
なんて言い残し、リーダーの男はその場から姿を消した。
その場に残されたのは僕とシェイラ、そして周りの住人達だけだった。
ヒソヒソと囁く声が聞こえる。
誰もが目の前に居る世紀の覇神に対し、恐怖や不安、憎悪や嫌悪が向けていた。
僕は歩く。
シェイラもその後を追いかけつつも声を掛けられることはなかった。
それから数キロ歩いたところで、ようやく僕たちに対する忌避の目はなくなった。
言われ慣れていた。
化け物 近づくな 消えてなくなれ
そんな言葉を投げかけられながら育ったのだから。
「えっと…クレイヴ…あの…。」
シェイラが気まずそうにこちらに話しかけてくる。
何をどう言ったら良いのか分からないといった風情だ。
「シェイラ…見ただろう? 僕は、誰もが忌避する存在なんだ。
君が一緒にいれば、君が話しかければ、君まで忌避の目を向けられることになる。」
それだけは避けたい。
僕のせいで不幸になる人は、悲しむ人は、一人たりとも作る訳にはいかない。
まして、僕の身近に居る存在であればあるほど…。
だからこそ、今回の任務も僕が一人で来ないといけなかったのに…。
「そ、そうじゃないの…そ、その…ありがとうって…伝えたくて。」
「……え?」
予想外の言葉に思わず後ろを歩くシェイラに向き直った。
彼女はジッと僕の方を見つめていた。
「私はクレイヴに助けられたから…だから、ありがとう、なの…クレイヴ。
さっきは人の視線が気になって言えなかったけれど、今なら言えるから…今のうちに…言っておこうって思ったの。」
苦笑しながら告げてくれた。
その言葉は何度言われただろう? 数えられるだけの回数…とにかく、貴重なお礼の言葉なのは確かだった。
僕に対して感謝の言葉を投げかける人物なんてそうはいないから。
「………。
こ、こちらこそ…その…ありがとう…。」
すごく照れ臭かったけれど、僕もお礼を言った。
シェイラは微笑みながら「うん」と頷いた。
「非常に和むところ失礼しますが…よろしいですかな?」
クスクスと不気味な笑い声で話しかけられた。
その声の方を向く。
___ドクン___
心臓が高鳴る。
鼓動が激しくなる。
血が熱くなり、血流が凄まじい速度を叩き出した。
黒い外套。
黒い帽子。
長髪の黒髪。
何もかもが、全身が黒ずくめの男。
その眼は糸のように細められ、不気味な微笑を浮かべている。
「貴、様…ッ!!!」
「しばらく振りですね、クレイヴ・アウデンリート…私の名を…覚えていますか?」
「あ、…ぁ…。」
シェイラも固まる。
知っているのかもしれない。
でも僕だって、こいつを…忘れるものか…!! 忘れてたまるか…!!! 男は…。 この男の名は…。
「カルメウス・ヴィン・ギュリオン……父さんの…仇…。」
「これはこれは…覚えていてくれて光栄ですよ…あと、カリムと呼んでいただけると尚嬉しいのですがね。」
僕は親の敵と再会したこの瞬間、この空間に於いて憤怒や憎悪、殺意なんてものが可愛く感じてしまうほどの、圧倒的で絶対的な負の感情を、僕自身は抱いていた。




