第三十三節「帝都・ソヴィレア」
太陽が昇り、やがてその太陽が直上に上りきったとき、プロトン帝国国境の関所まで辿り着いた。
地平線まで伸びている長大で巨大な門を目の当たりにする。
僕たちが乗る馬車が停止し、シャムスが関所の警備兵と話し合っている。
僕とシェイラはコンヴァルタ兄妹の護衛役として、帝国内の通行してもらうことになっていた。
「が、頑張ろうね?」
「うん。」
シェイラと二人で交わした小さな会話。
「僕とシェイラがこなすべき目的は大きく分けて二つだね。」
「一つは私たちの目的…帝国の情勢把握なの。
そしてもう一つがセルヴィたちの目的…帝国の戦力と城の構造を調べることなの…。」
「ひとまず、帝国の情勢把握は人の生活を見ればある程度は把握できるはずだからね…。」
僕とシャムスは二人だけに聞こえる声を出して、帝国侵入後の進路を画策した。
数時間前にさかのぼる。
充分な休息を取ってから、朝日が昇り始めるのを見計らって馬車に乗った。
二頭の馬が引く木造の粗末な馬車は、馬の規則正しい足音と共に前に進んだ。
時折、馬車が小さな石を踏む度に小さく上下に揺すられる。
「さて…帝国への侵入方法ですが、わたしと兄さんの護衛役として、二人には侵入してもらいます。
もちろんただの建前ですから、わたしたちが何者かに襲われても気にせず、依頼に全うしていただいて結構です。
依頼内容のおさらいとして、目標はプロトン帝国帝都・ソヴィレアに潜入し、国家経済力を調べる。
そして、これはできれば、の話ですが…難攻不落と名高く、皇帝が居を構える巨城モンテス・イェルブルクの構造を調べてほしいんです。
元々はクレイヴさんが隠密行動自体を苦手とする傾向があって打ち消されましたが、やはり…この情報だけは知りたい。
無理だと判断すればそれでも結構なのですが…なにか、何でもいいんです…ほんの半分…いえ、一欠片だけでもいいんです。
何かしらの情報の一つを手に入れていただければ…それで。」
淡々と語るセルヴィ。
僕とシェイラはコクンと頷き、シャムスは黙って馬の手綱を掴んで前を向いている。
セルヴィは緻密に策を講じ、僕以外にもこの依頼のことは事前に話していたらしい。
「帝都・ソヴィレア内に入れば、否が応にもモンテス・イェルブルクを目視できます。
城の周りには警備兵がたくさんいますし、昼も夜も厳重で強固で重厚な警備を布いていて、まず正面からは侵入不可能だと思いますし…前情報も何もありませんから…よほどのことでもない限りは…。
ただ、あくまでモンテス・イェルブルクは付属的に考えていただければそれで良いです。」
セルヴィはこれ以上ないほどに真剣な表情で言葉を紡いだ。
よほど、城の構造を知ることを重要視しているらしい。
元々は予定になかったけれど、ここまで必死に懇願されては、首を横に振るほうが難しい。
僕とシェイラは暫し考えた。
「なるほどね…まぁ、侵入経路自体は入ってみれば何とかなるだろうし、この世に完璧な存在なんて…存在しないからね。
侵入のことに関してなら、僕たちに任せてもらえればいいよ。」
皮肉だ。
僕は自分が発した言葉からそんなことを考えた。
僕は完璧な存在、完全無欠な存在として、全知全能の存在として、ジーニアスの手で創造された。
その全知全能は彼らの目の前に居るのに、全知全能の完璧なものは存在しないと述べた。
「…あ、ありがとうございます!!! えへへ…本当に心強いです。
なんだか…セルヴィは、まだ会ったばかりのお二人に自分でも驚くくらい信頼していますから。」
はにかみながらセルヴィは告げた。
「それは光栄だね…でも、あまり期待しすぎないでね? あくまで付属的に考えることを前提としているし、遂行できない可能性が高いって考えていて欲しい。」
僕もセルヴィに対して満面の笑みで応じる。
「それはもちろんです! っと…積もる話も終わりで、世間話に講じることにしましょう!」
セルヴィは見た目相応の無邪気な笑みを浮かべながら頷き、その勢いを保ったままで両手を挙げ、心底嬉しそうに提案した。
そうして、僕たちの馬車がプロトン帝国に向けて進む。
「さて、許可を取ってきたぜ。」
「お疲れ様です、兄さん。」
「お、お疲れ…さま…なの。」
シャムスは警備員と話して通行の許可を貰ったことを報告しながら、手綱を手に持って座る。
「セルヴィはともかく、お前に言われても欠片も嬉しくねぇぜ!」
「うぅぅっ…ごめんなさい…。」
シャムスは不貞腐れたように、吐き捨てるようにシェイラに告げた。
それを受けたシェイラが縮こまってしまう。
「兄さん…そんなことを言ったら、シェイラさんが可哀想です。
名前が似ているのですから、少しは仲良くしてくださいよ。」
「あァッ!? 名前が似てるとか似てないとか…関係ねぇだろうが!!」
「そんなことはありませんよ兄さん。
…これはそう…兄さんとシェイラさんは名前の共通で結びつく運命なのです!」
「そそそ、そうなの!?」
「ンなわけあるか!!! テメェも真に受けんじゃねぇよ!! つか、共通じゃねぇし! 類似だし!!」
「同じでしょう?」
「違う!!!」
徹底的な否定。
バカらしい話に身を投じている三人を見て、平和だなぁと思った。
僕は創られた存在。
全知全能を求め、その力を抑止力に利用して世界を手中に収めんがために、ジーニアスによって創造された。
でも、出来上がったのは僕一人。
全知全能ではなく、全能でもない。
ただの……化け物だ。
この場に居てはいけない存在。
この世に生きていてはいけない存在。
平和な世で住んではいけない存在。
外見だけを見れば、既存している人種そのもの。
でも、デルトリアは僕しか存在しない人種。
顔だけなんだ。
こうして生きているのは、顔だけがかつての人類。
「大丈夫ですか? クレイヴさん?」
気が付けば、セルヴィが僕の顔を覗き込んでいた。
縦長の瞳孔をしている青紫色の瞳が、僕をジッと見つめている。
綺麗な宝石のような瞳を見つめること数秒。
「あー、ごめん…少しだけ、考え事してた。
それで、どうしたの?」
「……着きましたよ? これ以上は馬車だと人通りが多すぎて不便なので、徒歩になるんです。」
「あ、あぁ、ごめん…とりあえず、降りるよ。」
慌てて馬車から飛び降りる。
「ふふっ…では、わたしと兄さんは交易品の荷降ろしと市場への取引をするので、落ち着いたら一度、あの宿屋に集合してください。」
セルヴィが満面の笑みで言い、指差された方角の先に、赤レンガの小さめな宿があった。
「わたしたちの部屋はこちらで取っておきます。
お二人は存分にこの街の観光を楽しんでください。」
「分かった、ひとまずお言葉に甘えて…夜までには戻るよ。」
セルヴィの好意を受け、僕とシェイラは二人と離れる。
僕たちは観光がてら、この国の情勢を調査し始めた。
市は非常に品揃えが豊富で、食べ物から生活必需品、武具や各種機械類まで、なんでも取り揃えている、といったところ。
「すごく…賑やかなの…。」
「うん…とりあえず、貧困というわけでもないから戦争や反乱、暴動が起きそうな気配は無いね。」
この国は平和そのものだった。
およそ「争い」という単語があまりに似つかわしくない風景と言って良い。
「さぁ、さぁ、今回入った目玉商品は…。」
あるものは宣伝するように店の前で客寄せしたり…
「おばさん! これと、これと、これください!」
「はいはい、今日もお遣いかえ? 偉いねぇ…。」
「えへへ…ボクはもう大人だからね!」
ちいさな子供が店の女性と取り引きしていたり…
「早く早くぅ!」
「待ってよ~!」
子供が元気に走り回ったり…
「帝国って、もっと野蛮なイメージあったけど…意外と…明るいの。」
「まぁ、歴史上氏族紛争なんて起こした人種の国だからね…。
正直、僕も少し拍子抜けした。」
街の様子を二人で評価してみると、ほぼ同意見だった。
建国当初はジーニアスに対抗して、氏族紛争を押し込めつつ戦争し、大敗を喫した国・プロトン帝国。
それが現在は酷く平和で、活気に満ち満ちており、対立なんてものも、どこかに消えている。
「ひとまず…経済面では、かなり高度…と見ても良い、と思うの。」
「そうだね…あと、情勢も戦時に突入する様子は欠片もない。
まぁ、いまのところは、だけど…。」
苦笑しながら告げる。
今のところは、というよりは今日のところは、と評した方が良いかもしれない。
まだ入って調査したてだし、何が起きるかも、何が出るかも分からないから、もう少し滞在して調べるべきだろう。
「そろそろ…暗くなってきたの。」
「うん、一旦戻ろうか。
セルヴィたちに報告すべき点は、高度な経済力…としか言えないから、報告すべき点という点はないね。」
「確かに…。」
僕が苦笑しながら告げると、シェイラも苦笑混じりに答えてくれた。
僕たちは来た道を戻り、関所付近の赤レンガ造りの宿に向けて歩を進める。
意外と距離があったことからも、結構奥の方まで調べに行ってたんだなぁ、なんて考えた。
「どうでしたか?」
「思いの外、賑やかだったよ。
経済面ではかなり潤滑した需要と供給が為されている、と感じた。
まぁ、まだ少ししか見ていないからなんとも言えないけどね。」
宿に入り、部屋に案内されると、既にセルヴィとシャムスが部屋の中に居た。
ベッドが四つあり、部屋の中心にテーブルと椅子が二対配置されるだけの広さはある。
入って早々、僕はセルヴィから問い掛けられ、見たままをそのまま報告する。
「そうですか…。
明日からはセルヴィと兄さんも街の視察をしようと思っています。
クレイヴさんとシェイラさんは街の東側と北側を頼んでも良いですか? 私たちは西側と南側を見回ります。」
「了解した…シェイラもそれで良いよね?」
「えっ?…あ、う、うん……クレイヴがそれで良いなら。」
「決まりですね…では、今日はもう休んでまた明日、本格的に動きましょう!」
セルヴィの掛け声に全員が頷く。
『いよいよですね。
当然ですけど、私の出番はまだまだ先、と。』
『流石にこんな場所を破壊するわけにはいかないからね。』
食事を済ませ、全員がベッドに入ったとき、ラシアが話し掛けてきた。
『私が次に使われるのはいつのことやら……戦いにならなければ、有用性は著しく低下しますもんね…。』
その声音はどこか憂いを帯びていた。
『ラシアは…もっと使って欲しい、って思ってるの?』
『それは……どうでしょうか? 私は所詮武器ですから、戦いになればその価値を最大限に発揮できる、とは考えています。
しかし、それは私自身が求める願いなのか、と聞かれれば疑問ですね。』
『それって……。』
神剣としての価値と、ラシアとしての願いに食い違いがある、ということなのかな?
そもそも、剣が戦い以外の何かを求め願い、存在する価値や理由を見出だしながら、それを否定的に捉えることなんてあるのか…? いや、自我を持った上で人のように振る舞うことを見ると、そうした価値観や思想、悩みや葛藤が生まれるのも当然なのかもしれない。
仮に有りだとするなら、ラシア自体がそんな考えを持っているのか? それとも、「神剣」という存在そのものが等しくそうした自我を持っているのか?
『まぁ、今はまだ考えなくても大丈夫ですよ。
いずれ…いずれ知ることになるんですから…。』
ラシアの言葉を最後に、意識は遠のく…。
やがて完全にまどろみと夢想の世界へと、身を投じていった。




