第三十二節「武器としての存在」
「どういうこと?」
「…言葉通りの…意味なの。
私、クレイヴが殺されるっていう夢を、見たの…。
私の夢、現実に起こりやすいから…クレイヴを守りたいと思って…来たの。」
「そ、か…。」
予知夢。
所詮はただの夢に過ぎないけれど、バカにはできない。
自然の流れを読み取れるフェアライトは時折、理の流れを読み取ることがあるといわれる。
その力がどれほどのものなのかは分からないけれど、未来を夢で見て、それを未だ覚えるくらいの鮮明なものだった、と考えても可笑しくはない。
それだけ鮮明に覚えていても何もないクリニーズやジーニアスなら、「そんな悪夢を見たのか」程度で終わらせることはできる。
もちろん、本当に起きてしまったら怖いという心持ちにはなるだろうけど、必要以上に神経質になっても仕方がないというのが常だと思う。
でも、自然の流れを読み取ったり、理の流れを夢として見ることもあるフェアライトは、冗談で済ませるものじゃない。
神経質にならなくても、警戒をして損はないだろう。
ただ、僕はそんな危なさ全開の話を聞いても、特に慌てることはなかった。
なぜかは分からないけど。
「怖く、ないの?」
「どう、なのかな…自分でもよく分からない。」
「……わ、私…私は…。」
「誰だ、お前…?」 「どちら様でしょうか?」
「ふぇっ?」
ボソッとシェイラが何かを言おうとしたところで、僕の背後から発せられた声に妨げられた。
シャムスとセルヴィが声を揃えながら、目の前の少女に向けて問いかけていた。
シェイラは間抜けな声を上げながら、僕の背後に居るシャムスに目を向ける。
彼女はひどく困惑した様子で、目を勢いよくあちこちに泳がせて思考している様子だった。
「彼女はシェイラ…僕の仲間だよ。」
「シェイラさん、ですか…私はセルヴィで、こちらは兄のシャムスです。
よろしくお願いします、シェイラさん!」
セルヴィは僕からの紹介に嬉しそうな笑みを浮かべながら言った。
さっき僕と話していた時よりも楽しそうな様子だった。
もしかしたら、女の子同士ということで心を許しているのかもしれない。
「また変なのが来たってことかよ。」
対するシャムスはいつも通り、全く気にも留めないといった風情で呟く。
「え、えっと…あ、あの…あの…。」
一方のシェイラは、兄妹からの突然の名乗りにかなり困惑している。
それはもう、見ていられないほどに。
あちこちに視線を送り、どこか隠れる場所を探しているかのようだった。
元々が人を避けるタイプだし、僕自身も彼女と話すのに、それなりの時間が掛かった。
「しっかもモジモジしやがる弱腰野郎なんてな…クレイヴの傍から離れられないお子ちゃまってか?」
「あぅ…ぅ…ごめんなさい…。」
そんなシェイラに対し、シャムスは容赦なく言葉の暴力を振り翳した。
それを受けたシェイラも途端に肩を落として落ち込み、謝罪するという、端から見るとイジメ以外の何物にも見えない光景が、出会って早々の二人の間で繰り広げられる。
「兄さん、言い過ぎです! あの…シェイラさん、兄に対して謝らなくても大丈夫ですし、気にしないでください。
…寧ろ、初めてお会いしたのに…こんなことを兄が言ってしまって…すみません。」
そんな二人のやり取りに居心地悪さを感じたのか、セルヴィは兄に代わって謝罪し、褐色肌の顔を深々と下げる。
「でも、これから仲良くなれればと思いますので、兄のことはあまり気に病まないでくださいね。」
「え、えっと…あの…そのぉ…。」
シェイラは目で僕に訴えかけてきた。
只でさえ他人に対して警戒心が強いシェイラが、いきなりの批判に続いた擁護に相当な困惑と混乱を覚えているのだろう。
彼女の瞳には潤んでいて、「助けてほしい」という声が聞こえそうなほどに、悲痛な色で染まっていた。
僕がこうして何気なしに会話ができるようになるのも、それなりの苦労があったのだから。
まぁ、あの時の事故は置いておくとして…。
「セルヴィ、実をいうとシェイラは対人関係を警戒する傾向があるから…その…あまりいきなり踏み込まれすぎると困ってしまうのかも…。」
というより、現に困っている。
セルヴィは恐らく気づいていないだろうけれど。
というか、彼女がこれほど夢中になって話すことがあるのだな。
出会ったのはついさっきだけど、とりあえずの僕の中で構築された彼女の印象は人の感情に聡い。
その判断が誤りだったのか、現時点の彼女の興奮が普段以上にあって、人の感情を読みづらくなってるのか。
その真意は分からない。
分からないけれど、これ以上はマズイ気がする。
「そ、そうだったのですか…それを知らずセルヴィ、馴れ馴れしくしてすみません。
でも、その…仲良くなりたいのは本心と言いますか…本音で…。」
「あ、ううん…わ、私こそ…その…こんな…性格で…ごめんなさい…。」
何を謝ることがあるのかは分からないけれど、シェイラは僕の背の後ろに隠れながら言った。
そんな彼女の態度と言葉に苦笑するセルヴィ。
「…そうだ、シェイラさん…向こうでお話しませんか? セルヴィ、シェイラさんのように女性とたくさんお話ししたいので!」
先ほどの暗い表情が嘘のように笑顔をその顔に刻み、明るい雰囲気を前面に出しながら相手に問いかけた。
「わわ、分かった…ど、どこに…行く、のかな?」
シェイラはセルヴィの抱える明るい雰囲気に追いつけない様子で、それでいて追いつこうと必死に接しているみたいだった。
その声量は恐ろしく小さい。
「じゃあ、こちらです! 来てください。」
二人は手を繋ぎながら何処かに向かって行った。
その場に残されたのは僕とシャムスだけだった。
「さっきは、二人でどんな話をしていたの?」
唐突に聞いてみる。
「あぁ…族長としての、って話…ま、いつも通りの話だ。
アイツは俺を族長にするつもりなのは嘘じゃねぇからよ…。
親父が死んでから…アイツも俺も変わった……。」
僕の問いかけに、どこか憂いを宿した瞳で空を見上げ、溜め息交じりに呟いた。
「まぁ、テメェにゃ関係ねぇ話さ。」
シャムスは何があったのかを話そうともせずに空を見上げ、それに僕も続く。
長く続く沈黙の中で、僕はフェアライトの仲間たちの過去を簡単に聞いてしまったなぁ、なんて考える。
彼らは僕に対して多少の時間が掛かっても、案外早い時間で話したと思う。
普通なら信頼しなければ、あまり自分の過去に踏み入りたくないと考えるだろう。
現に僕は過去にどんなことが起こったのか、どんなことを体験したのかを簡単に人に話したくはないし、話さなくても問題はない。
ただ、話をした方がより相手を知ることができるという程度のことだから。
「…テメェはさっさと寝ろよ。
明日から依頼をこなしていかねぇとダメなんだろ?」
シャムスが唐突にそんなことを言ってきた。
明日からやるとは考えていなかったけれど、こうしていつまでも自堕落な生活をするわけにもいかないから、明日からやらないといけないだろう。
「そうだね…じゃあ、今日はもう休むよ。」
「あぁ…。」
返してくれたシャムスの言葉が、どこか仲間を想う優しげな雰囲気を纏っているように感じた。
星空の下を歩き、冷えてくる荒野の風を遮るように岩陰に横たわる。
心地好い風が肌に触れてくれるおかげで、今夜は十分に休めるかもしれない。
『明日、いよいよ帝国内に入るんですね?』
『そうなるね…。』
『シェイラが言ったことが気になります?』
『そりゃあね。』
『……大丈夫ですよ。
クレイヴも強いですし、このラシアが貴方を簡単に殺させたりなんてしませんからね。』
『だと良いだけどね。』
僕はラシアの推測通り、シェイラが僕に言った言葉がどうにも心に引っ掛かった。
僕が殺されるという夢の話。
現実に起こりやすい夢であるという。
それを聞いてまず感じたのは驚きと焦りで、次に感じたのは安堵だった。
何に対する安堵なのか、どうしてそんな感情を抱いたのか分からない。
ただ、僕が死んでしまうということに安堵したといっても、死にたいと願っている訳ではないのは確かだ。
『これ以上考えても無駄だね。』
『そうですね…明日のこともありますし、そんなに気にしなくてもいいと思いますから、今日は寝てしまいましょう!』
『そのお気楽さが、なんとなく羨ましいな。』
『そうでもないと、“神剣として存在してなどいませんよ”』
『……? どういうこと?』
『いえいえ、特に深い意味はありません。
早い話…武器として存在している、ということを少々難しく“言ってみただけ”ですから。
それより、早くお休みになって下さい。
もしかしたら早いかもしれないですし。』
『………ん、分かった。』
僕はゆっくりと目を閉じる。
最後にラシアが言った言葉。
神剣として存在してなどいない…。
まるで、望んで神剣として存在していない、と示しているように…。
神剣はそもそも誰が、何処で、何のために、どうやって作ったのかの一切が不明で、存在自体が伝説上のものとされているから、ドラゴンが現存するか否かを真剣になって論じていることに相違ない。
でも僕はこの神剣を実際に手にして、何かを護れるだけの力を手にしているし、それ以上を求めていない。
ラシアがどんな存在で、どんな過去があるのか。
神剣とはそもそもなんだ?
何のために存在している?
ラシアとは結局なんだ?
男? 女?
ラシアは何を思い、何を考えている?
結局何もわからない
ただ存在している、それだけのことで…
もうこれ以上思考を働かせるのはやめよう。
どうせ何も分からない。
考えて分かることなんてないんだから。
ただ一つ…
“武器として僕の手の中に存在している”
その思考を最後に、僕は眠気に乗じて目を閉じ、意識を飛ばした。




