第三十一節「追跡終了」
会ったばかりのコンヴァルタの兄妹。
兄のシャムスは褐色肌にボロ布の服、骨で作られた首飾りを身に着ける。
尖った耳をして、猫のような縦筋の瞳孔に特徴的な黄玉色の瞳、髪は漆を塗ったかのようなくらいに艶のある黒髪を一つに括り、腰のあたりまで伸ばしていた。
言動はどこまでも生意気で上から目線が目立ち、「自分が」という言い方が固定化している、自称・誇り高きヴァリント族の族長。
なんでも帝国の支配下にありつつも、その支配から逃れて自分が族長として立つのだという。
一方、妹のセルヴィは落ち着いてどこか大人びている。
褐色の肌と薄汚れた半袖と、上下が繋がったスカートを身に着けている。
兄と同様に耳が尖り、瞳孔も猫のような縦筋で、青紫色の瞳だ。
ただ、髪は兄とは異なる白銀で、ツーサイドアップにしながら、括っていない髪を腰よりやや下まで伸ばす。
基本的に兄のシャムスがボケに回り、妹のセルヴィがツッコミとして参戦する。
どちらも一人ずつだと少々苦しいけれど、この二人を同時に前にしたなら、二人のやり取りを見るだけでもそれなりに楽しかったり。
「そういえば…君たちって、コンヴァルタなんだよね?」
「そうだぜ。
結局のところ、俺たちゃ種族で言えばコンヴァルタだからな。
ただ、ゼフィラナ公国には所属しねぇ…あれは、パルケニアの連中に媚びるだけの弱小国家だからな。」
ゼフィラナ公国とは、遺伝子操作で作られたコンヴァルタが兵器としてではなく、一つの種族として暮らしていくために建国した国家のこと。
さほど力はないが、やはり労働力として作られたコンヴァルタは驚異的な成長率がある。
元々が一国の軍隊を一人に凝縮したような強さを持つから、力はないといっても、戦闘面では無いどころかありすぎて危険。
ただ、その強大な力も、元々がジーニアスの支配だったから抜け出せないのが現状だった。
どこかジーニアスのパルケニア王国を頼っているのが、今の彼らの態度だった。
それに対抗したのが、シャムスの言うヴァリント族ということなのか。
「しかし…お前こそ、クリニーズのくせに帝国側の人間じゃなさそうだな。」
ジィッと観察するようにシャムスが覗き込んでくる。
そうか。
僕はデルトリアだけど、何も知らなければクリニーズとして見られるんだった。
それもデルトリアなんて僕しか居ない。
ここ最近は初対面からデルトリアとして見られて当然だったから、クリニーズのような見た目をしていることを忘れていた。
勘違いしてもらえているのならこちらとしても都合が良いけれど。
「今の僕は、色んな人の依頼を請け負いながら旅をしている身だからね。
その報酬で何とか生きているってところだよ。」
苦笑しながら、まことしやかに語ってみる。
嘘を吐きすぎず、真実を語りすぎず、なるだけ近いものを瞬時に思考して言葉を紡ぐ。
依頼を受けるといえば、恐らく彼らは僕に依頼を頼んでくるはず。
「依頼を受けながら、ですか…。
……あ、あの…早速ですが、依頼を頼んでもいいですか?」
「もちろんだよ。」
掛かった。
読み通り、セルヴィは遠慮がちに僕に問いかけてくる。
そして、恐らく依頼内容は帝国に関すること。
「お、おい…セルヴィ?」
「利用できるものは利用しなければなりませんから…兄さんは少し黙っていてくださいね。」
微笑みを兄に向けながら、彼女は交渉のために僕に視線を向ける。
「セルヴィたちは、公国の支配とその上にあるパルケニア王国からの支配を逃れるために、プロトン帝国に近づいたんです。
ですからもはや、この国を頼るしかありません。
そうじゃないと公国とも、王国とも戦争に発展しかねませんから。
皮肉なことですけど、ね…大国からの支配を逃れようとした末、もう一つの大国に頼って支配されるしかなかった感じですから。」
セルヴィが苦笑混じりに、自嘲混じりに説明した。
依頼の前に話すべきものを話そうというものだろう。
そんな妹の様子に意気込むのは兄のシャムスだった。
「そう……だからこそ、ぶっ倒してやろうって話だ!」
「…兄さん…黙っていてください。
今はクレイヴさんと話しているのはセルヴィなんですよ? …あと、言っておきますけど…現状のセルヴィたちではどうにもならないと思います。
プロトン帝国はパルケニア王国ほどでなくとも、大国であることに変わりはありませんし、セルヴィたち兄妹が動いたところで、ヴァリント全体を動かすに至るかどうか。
戦力もそうですが、戦意が圧倒的に足りないですし、セルヴィたちの力もコンヴァルタの中では強いとは言えないです。」
「ぐっ…けど…お前はそれでいいのか? このまま誰かに支配されながらの方が楽だっていうのか?」
声音だけは優しげだけど、言葉に隠された冷静さに加え、淡々と説明しては次々に兄の論理を看破するセルヴィ。
優しい声音といっても、普段とは比べ物にならないほどの圧倒的な気迫を、セルヴィ自身は彼にぶつけていた。
それでも、シャムスは彼女に対して対抗するかのように問いかけた。
「楽かと言われれば楽ですね…血を流す必要なく、代わりに汗を流しますが…仕事をこなした末の汗は悪くはないと思います。
ただ、彼らの支配下にあるということは、男が帝国のために重労働を強いられ、女が帝国のために奉仕しなければならないですし……それが現実ですから、命を懸けるよりは良い…という程度でしょう。
セルヴィ自身も現状が最善とは思いませんから。」
「なら、さっさと支配から脱するために喧嘩ぶっかけちまわねぇと…」
「だから、それは現実的ではないんです。
兄さん…兄さんはいつも言ってくれることは素晴らしいとセルヴィも思います。
でも、あまりに理想視しすぎで、夢物語もいいところなんです。
それとも…兄さんは、わたしたちを殺したいのですか?」
シャムスの意見に、セルヴィは悲しそうに眉を八の字にする。
その表情を見て、シャムスは激しく首を横に振った。
「んなわけねぇだろ! 俺はただ、みんなを助けたいだけだ!」
「でも、さっきの兄さんの発言は、わたしたちに「死ね」と言っているのと同じですよ。
勝ち目がない戦いを強いて、精神論だけで勝利を掴もうなんて…。
心意気は素晴らしいとは思います。
でも、戦いというのは心だけでどうにかなるものでもないと思います。
心と体…心身統一こそが勝利を勝ち取る戦いです。
死ぬ気で戦うという鋼の心と、戦えるだけの強靭な力が伴って初めて、勝機というものも見出せるのです。」
ジィッと兄を見つめながら、言葉を紡いだ。
顔は真剣そのもので、自称まで変わっている。
彼女の言うことはもっともだと思う。
いや、それが一般論ともいえる。
いくら精神的に勝ち誇ったとしても、戦うのは心じゃなく体なんだから。
ただ、シャムスの意見もまた一理ある。
何しろ、彼らは一国の軍隊に相当するなんて言われるほどの、戦闘力を有しているのだから。
でも、今この瞬間で交わす会話ではないのは確かだ。
「それで…僕にして欲しい依頼というのは?」
だから、僕は無理やりにでも話を戻した。
これ以上言い合って、二人の仲に亀裂が入っては元も子もない。
「あ…す、すみません…話が逸れてしまいましたね…。」
「チッ!」
シャムスは舌打ちしながらその場から去ってしまった。
セルヴィはそんな彼のことを悲しげな瞳を浮かべながら横目で見送り、すぐに僕に目を合わせる。
途端に真剣な面持ちに変わり、さっきの憂いを帯びた表情は消えていた。
「依頼内容はただ一つです。
プロトン帝国の帝都のソヴィレアに潜入し、戦力を調べてほしいんです。
兵器、兵糧の大まかな数と戦闘要員の大まかな数、あと出来れば…皇帝が居を構える巨城モンテス・イェルブルクの構造を調べてくれると…。」
「………。」
真剣な顔で淡々とこちらに依頼内容を告げてくる。
僕は彼女の話を聞いて、真剣に思考した。
あくまでも僕の目的は「帝国の情勢を把握する」ということであって、帝国の軍事力を深くまで調べる必要はない。
仮に調べるとしても、難攻不落と呼ばれるモンテス・イェルブルクの構造を調べるほどまでしなくてもいい。
「ダメ、でしょうか?」
途端、セルヴィが恐る恐る問いかけてくる。
まるで愛玩動物のような瞳。
思わず一手に引き受けたくなるような目を向けられ、慌てて心を鬼にして断ろうと思考する。
「…い、いや、問題というか…軍事の情報を調べるのは、苦手でさ。
というよりも、隠密行動自体まともにできない。
その依頼を受けてもいいけれど、恐らく失敗する。」
「そ、そう…ですか。
やはりその…難しいんですよね?」
「まぁ、現実的に考えればね。
実際、僕の能力をどう考えても成功の見込みはない。
それに、モンテス・イェルブルクは難攻不落で名高いし、その構造を調べるとなると簡単じゃないだろう。
素人同然の僕に対して、その依頼は意味を成さないと思うよ。」
僕は自嘲気味に告げた。
軍事以外の依頼を手にするために。
「なるほど…でもそういうことなら仕方ないですね。
むしろ、出来ないのに引き受けられるよりはいいと思います。
じゃあ……帝国の経済的なものを調べていただけますか?」
なんとか諦めさせることに成功したみたいだ。
危うくあの瞳に釣られて承諾するところだったけれど、僕の理性が勝った結果だろう。
セルヴィは苦笑しながら問いかけてくるのに対し、僕は即応する。
「もちろん、それなら何の問題もないよ。」
「良かった!! 本当に助かります! では、お願いします!!」
「わかった。」
セルヴィは心底嬉しそうに満面の笑み浮かべ、穢れを知らないという言葉が似合いそうな、そんな無邪気で澄んだ笑顔だった。
犬の尻尾でも付いていれば、きっと千切れそうなほどに激しく振っていることだろう。
依頼の話は終わった。
セルヴィはシャムスを追いかけるようにその場を離れる。
残された僕は何も考えずその場に寝転がる。
ゴツゴツの岩肌とは無縁の平らな何かが背中に当たる。
『グ、クッ…クレイヴ…! 下敷きにしないでください…苦しいです。』
「あ、ごめん…。」
僕は慌てて立ち上がり、ラシアを背中から抜き取る。
『…というのは冗談ですよ。
これまでもクレイヴには下敷きにされてますから、今更気にしません!』
「………はぁ…。」
悪戯っぽい声音とともにそんなことを言ってくる。
それにあからさまに深くため息を漏らした。
『そんな感嘆の一息を吐かれても…。』
「いや、寧ろ呆れの一息だよ。」
『でも、私の言葉を聞いて行動に起こしたのは、クレイヴの方ですし…呆れられても…。』
「それもそうだね…。」
そんなことを話しながら、二人が向かった方向を見つめた。
「追跡終了、なの…やっと…追いついたの…。」
突然、後ろから声がして振り返り、ラシアの柄を握る。
そして、声の主を確認して僕はすぐに柄から手を放す。
「…シェイラ…どうしてここに…?」
「え、えっと…あの…ディーナスの命令で…クレイヴの監視を任されて、なの…。」
なるほど。
恐らく、デルトリアの僕が両国のいずれかに味方しないかの監視のためだろう。
あくまで情報収集であって、味方になることが目的じゃないから。
だけどきっと、ディーナスの考えはもう少し僕を考えた末の命令だと思う。
彼女が僕に言ったあの言葉が真実であるのなら。
「あ、でも…それはあくまで表向きで…私の目的を叶える口実なの。」
「シェイラの…目的?」
なんだろう? この場において彼女の目的というのは、僕が居なければならないというのは確実だろうけど…。
シェイラは真剣な顔をして、真剣な瞳で見つめ、口を開き、告げた。
「貴方を…そば近くで護ること…それが、私の目的なの。」




