第三十節「兄妹との出会い」
太陽が沈み、再び太陽が昇るまで歩き続けた。
夜間でもデルトリアの視力は衰えることはなく、夜間に適した視力を有することになる。
地面を鮮明に捉え、闇の中に浮かぶ僅かな隆起を難なく双眸に焼きつける。
幸いなことに夜の獣たちは、僕に襲い掛かってくることはなかった。
太陽が昇ってきたところで、ようやく眠気が襲いかかってきた。
幾度もなく大きな欠伸をして、意識が飛びそうになる両目を必死に見開きながら歩を進めた。
そろそろ見えてくるはず。
そう思ってはみたものの、眠気で思考も視界も霞んでいった。
もはや本能で足を動かし、両目を閉じられていく。
周りから見れば、僕は目を閉じて眠りながら歩いているように見えるだろう。
『クレイヴ、あそこの岩陰で休みませんか? 流石に太陽の真下で寝ると、干からびてしまいますよ?』
「あ、あぁ…そうだね、そうしようか。
そろそろ…僕も…目が…。」
ふらふらとした足取りで、やや離れた巨大な岩石に向かって歩を進める。
限界だった。
日は既に斜め上に位置して、容赦ない陽光を突き刺してくる。
暑さと眠気と疲労で、精神的にも肉体的にも限界だった。
いくらデルトリアとはいえ、戦闘の後にまともな休憩も取らずに動き続ければ疲労が溜まる。
だけどそうでもしないと、僕は眠れそうになかった。
いくら考えないでいようと努めても、無意識に力のことについて頭がいっぱいになっていたから。
でも今は寝ること以外は頭に浮かばない。
ぐっすりと寝ることしか考えられなかった。
僕はゴツゴツした巨岩まで近づいた。
丁度太陽を遮るように配置され、裏側には大きな木が悠々と一本だけある。
その枝が岩を覆う天井のように伸び、緑の葉が簾のような役割を持ちながら、太陽の光を遮ってくれている。
これなら、昼間に天高く上った太陽の陽光でも何の問題もなく過ごせるかもしれない。
そう思うと、途端に疲労がこみ上げてきた。
早く寝転がりたい。
もはや思考はそれ以外を受け付けなかった。
疲労と睡魔の中で何とか岩肌の陰に入る。
そこに大きな葉っぱが布団のように敷かれているのもお構いなしに、その上に身を転がした。
ゴツゴツしているはずの地面に体を倒して尚、寝転がることができたことに体は歓喜しているみたいだった。
ゆっくりと目を閉じる。
真っ暗な景色が視界を覆い、意識は遠のいていき、体全体が宙に浮いたかのような快感に身を委ねた。
「おい、起きろ小僧! おい!!」
「ん…?」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
皆目見当もつかないままに、ゆっくりと目を開ける。
強烈な光に顔をしかめ、目を細めた。
そして再び目を開けることに努める。
すると、視界一杯に褐色の顔が飛び込んできた。
「うわああぁぁぁ!!!」
思わず絶叫する。
眩しさ以上の衝撃で声を上げる。
それと同時に黄色の顔が離れ、僕も体を起こして先ほどの顔の正体を視認する。
「ぐぎぎぃぃぃ……い、いきなり大声出すな、バカ者が!!」
見ると黄色肌にボロボロの布を体に巻いた服を着込んだ少年だった。
少年は漆のような黒髪を腰あたりまで伸ばし、後ろに一括りにしていた。
首には骨で作られた首飾りを付け、尖った耳をしている。
どこかの部族のような格好は、多分コンヴァルタの少年なのかも。
猫のような縦筋の瞳孔が特徴的な黄玉色の瞳をした少年は、両耳を押さえながらこちらを睨みながら怒鳴った。
「ご、ごめん…いきなりだったから驚いちゃって…。」
「ったくよぉ…人の寝床で寝るわ、大声で叫ぶわ…何なんだよ、お前は。」
「疲れてたからね。
でもそっか、ここは君の寝る場所だったんだね…勝手に寝ちゃってゴメン。」
「……ふん、分かりゃ良いさ。」
僕は相手の話を聞いてから謝る。
疲れていたとはいえ、人の寝床にお邪魔して寝るなんてさすがにね…。
謝ったけど、不愛想に腕を組みながら鼻を鳴らす。
なんか体も小さいし、偉そうだし…何より生意気だ。
僕は特に気にすることなく周囲を見渡す。
日は傾き、茜色の景色を照らし出していた。
もう夕方らしい。
「…僕はクレイヴ・アウデンリート。
君はなんて名前なの?」
「オレか? オレはシャムス。
誇り高きヴァリント族の族長だ! このオレ様が族長なんだぜ…覚えておけよ、ガキ!」
ガキは君だろ、という言葉は喉の奥に仕舞っておこう。
それにしてもヴァリント族…聞いたことはないけど、この先の集落に住んでる部族の名前なのかな。
「兄さん、族長と言いますが、今は帝国の支配下にあるので、あまり意味などないのでは?」
僕らの会話の中に入ってきたのはシャムスよりも更に小さくて、華奢な少女だった。
この子も同じく黄色の肌をして、兄と呼ぶシャムスとは違い、青色の髪を腰よりも真っ直ぐに伸ばしている。
瞳孔はシャムスと同様、猫のような縦長で、青紫色の瞳だ。
そして、シャムスほど簡素ではない半そでの服で、スカートと上着が繋がっている薄汚れた服を着込む。
尖った耳は言うまでもない。
彼女は無表情のままで淡々と言葉を紡ぎ、その両手には果物がいっぱいになって抱えており、小さな八重歯が口端から出ているのが特徴的。
「何言ってんだよセルヴィ…オレがその内、帝国なんてぶっ倒してやるんだから、意味ありありだぜ!」
「兄さん…いつも言いますね。
『オレが、オレが、オレが…』今まで兄さんが独りでできたことは何かありますか? このアジトも、セルヴィが見つけ、兄さんに教えたのですが…。
それを人の寝床がどうこうとは…思い上がりも甚だしいかと。」
「うぐっ…お、お前って奴ぁ…妹の分際で…。」
「妹だからこそ、出来の悪い兄をこうして世話しているのです。」
「な、なんだと!!」
「はぁ…兄さんのような人の面倒を見る、セルヴィの身にもなって欲しいものね…。」
「………。」
セルヴィと呼ばれた少女はシャムスに畳み掛けるように文句を言い続ける。
敬語口調とはいえ、放たれる言葉一つ一つに僕も苦笑を隠せそうにない。
彼女の態度には、さすがのシャムスも悔しそうに睨み付けるだけだ。
誰の目から見ても、妹の方がしっかりしている。
体に似合わず、精神的にはセルヴィの方が大人らしい。
セルヴィはそんな兄の態度を見つめ、果物を手に抱えながらあからさまに溜め息を吐いていた。
「っと、お説教はここまでにしまして…。」
セルヴィは一通り「お説教」を済ませてから、僕の方に顔を向けて、軽く咳払いをしていた。
思わず僕は居住まいを正す。
別に怒られるのでは、というからではなく、なんとなくそうしてしまう自分がいた。
ある意味ではこの子が次期族長でいいんじゃないかと思う。
事情の詳細は全くもって把握していないけれど。
「紹介があった通り、わたしはセルヴィという者です。
わたしたちコンヴァルタは、フェアライトと同様、姓というものはありません。
ですから、お気軽にセルヴィと呼んでください。
あと、セルヴィたちの家から持ってきた果物です。
長い旅だったのではありませんか? ここまで来るのに補給場所などはありませんし…宜しければ召し上がって下さい。」
「あっ、おい!……なんでこんな野郎に貴重な食料を渡さなきゃならねぇんだよ!」
随分と丁寧に名乗り出てもらった。
セルヴィはぺこりと頭を下げて名乗ってくれた。
この礼儀正しさから、この子が次期族長と名乗り出てこられても、あまり違和感がなさそう。
それに比べてシャムスは何とも失礼だ。
いや、生意気だ。
そんな彼の態度に、セルヴィはキッと鋭く睨み返す。
「……この御方は困ってるんですよ。
困ってる人のことを助ける、というのは父さんの遺志でもあったはずです。」
「けっ!! なにが「父さんの遺志」だよ。
あんな弱っちぃ奴の考えなんかに従うかってんだ!」
「あら?…では兄さん、この荒野の中を何日も歩き、ここに戻ってきてはいかがですか? 兄さんがこの方に何もあげない、というのでしたら…お望み通り、セルヴィも帰ってきた兄さんに対して何もあげませんから。」
「そそ…そいつぁ…困る…。」
なんだこの空気。
「兄さん…どうせあれでしょう? クレイヴさんの立場などを考えない発言でしょ? その前にきちんとクレイヴさんの気持ちを考えなければ、民の気持ちを理解することなども決して出来ませんし、立派な族長になんてなれませんよ。
その程度で族長とは笑わせる…本気で族長が務まる、などと考えていたんですか?」
「うぐっ!」
「謝りなさい、さもなくば立派な族長になど決してなれないんですから。」
いつの間にか繰り広げられた兄妹喧嘩。
というか、シャムスは族長の話を棚に上げられて、うまいこと流されている気がする。
それに気づいていないのか、はたまたそれほどの知能がないのか…。
「わ、悪ィ…。」
「う、うん…大丈夫、気にしていないから。」
そんなこんなで、僕は愉快(?)な兄妹の下で世話になる事に。
僕としては一向に構わないんだけど、彼ら自身がそういう訳にもいかないみたいだ。
それに、セルヴィが言った「帝国」というのは、やはりプロトン帝国の事だろうし、あの国について何か知っているかも。
今は僅かな情報源でも良い。
それに頼りながらでも今は情報が必要だった。
プロトン帝国に関する情報、パルケニア王国に関する情報、そこから導かれる両国の情勢。
これらを纏め上げながらディーナスの元へ届ける必要があるのだから。
今は利用できるものは利用したいというのが正直な話。
二人には少々悪いとは思うけれど…仕方ない。
僕らはその後、なんだかんだで談笑を交わしながら仲を深めていった。




