第二十九節「自己正当の果ては…」
大芋虫の化け物を蹴散らして数刻。
交戦場所からかなり離れたところに辿り着いた。
僕はふぅっと一息吐いてから先ほどのことを思い返していた。
二人同時に唱えた「暁」という言葉。
聞いたことのない詩が頭の中で流れた感覚。
知らない単語を勝手に口に出して、詠唱を唱える感覚。
それは、あまりに説明し難く、それでいて悪いとは一概に言えない体験。
そして、その直後に展開した、壁と形容してもいいほどの無数の岩石。
大小様々な岩石一つ一つに炎が点火した。
瞬く間に岩石は溶岩のような、赤と黒を含んだ岩に変わる。
そのまま剣を振るったとき、弾丸よりも早い流星群のように叩きつけられた。
地面にクレーターが刻まれる。
地面には大穴が開いていて、その中目掛けて一際巨大な炎岩が放たれ、強烈な轟音に振動、更に炎の柱を上げる。
炎の柱が収まったとき、破壊した地下深くから地表が崩れ去り、クレーターを超えた断崖絶壁を築くにまで至った。
この破壊規模はラシアも想定外だったらしい。
神剣の力は使い手に依存する。
つまり、僕のデルトリアとしての力がラシアの想像を上回る力を持ってて、必然的にその力を振るっていたということ。
僕は自分の力に戦慄した。
決して自慢するつもりはない。
いや、寧ろ自慢なんてできるレベルじゃない。
それと同時に気になったのは、さっきの攻撃以上の攻撃がどれだけあるのかということ。
もし、さっきの攻撃が一番弱いものであるのなら、一番強い技をさっきみたく放ってしまったらどうなってしまうのか。
「ねぇ、ラシア…さっきの攻撃以上に、強力な攻撃ってあるの?」
『……。』
ラシアは僕の質問に無言だった。
それだけで察した。
デルトリアの頭脳が、問いかけに否定しないラシアが居ることを確信させ、肯定の意があると判断させた。
強力な攻撃は山ほどある。
さっきの攻撃が一番強いというわけではない。
それを口に出すかどうかで、きっとラシア自身も躊躇っているんだ。
『今の攻撃が、最も下位の解放です。
神剣には三つの解放段階があります。
暁と夕…そして、夜です。
今回は最も下位段階の暁で、夕になれば三倍の威力、そこから夜になれば、夕の十倍です。
つまり、夜階位になれば、暁の十三倍ということですね。
更にこれら階位威力は、使い手と神剣の同調の高さでも左右し、使い手の力量で強くも弱くもなります。』
衝撃的だった。
ラシアは冷静に淡々と説明してくれた。
それが今の僕にはありがたい。
変に気を遣われたら、悲しくなるだけだ。
神剣には三段階の解放段階が存在し、一番強い段階になれば、最初の解放の十三倍。
つまり、地面を断崖絶壁に変えるだけの攻撃より十三倍も高い威力の攻撃ができるということ。
更に僕は、自分で自身の力の限界を知らない。
今の段階で分かるのは、殴れば人の頭も粉砕できる力を持っていて、天候操作を体全体で起こすことができて、それは例え神剣の理力攻撃だろうと諸共せず、殴るだけで人は原型を留めないほどの肉片に変わり得るということだけ。
それが全力なのか、それとも覚醒したばかりの小さな力なのかすら分からない。
そんな状態の僕がもしも全力でラシアを振り、尚且つ先ほどの攻撃の十三倍の力を発揮できるとなれば、もはや笑いしか出ない。
実際、笑っちゃいけないけど、それでも可笑しくなる位の力を発揮するということで、考えるだけで眩暈がしそうだった。
しかも、さっきの攻撃を発動させた時も、思いっきり振ってはいたけど、初めてということもあって躊躇いがちになっていた。
それが地面を断崖絶壁に変えてしまうものだったから、さすがに驚いた。
『私が先の戦いで感じたことといえば、貴方の力はあまりに脅威であり、私自らが理力の放出を抑えなければならないということです。
どこまでの力を発揮するかはわかりませんが、少なくとも貴方はデルトリアとして覚醒したばかりの赤子も同然です。
もしも、何らかの拍子に全力を出し、私を制限なしに夜階位を解放させた攻撃を放てば、この大陸、この惑星すらも危ういかもしれません。
私も些か、貴方の力を見誤っていたようですからね。』
そうか…まぁ、予想はしていた。
ただ、実際に口に出されると、その重みは予想以上だった。
まるで死刑宣告でも受けたみたいに後先が不安だった。
強大すぎる力は大陸以上に惑星規模で影響を与え、デルトリアが持つ神剣にはそれが可能である、と示された。
正直言って嬉しさなんて欠片もない。
この神剣を僕が持って、どうするというのだろうと途方に暮れてしまう。
僕は本当にこの神剣を使うべきなのか? 戦うべきなのか? 僕は何なのだ? 同時にいろんな疑問が浮かび、自問自答する。
いくら力が欲しいといっても、求めるのは所詮、誰かを護れればそれで充分なんて程度の力なんだ。
何もかも全てを壊せるだけの力が欲しい訳じゃない。
誰かを充分護れるだけの力があればそれでいい。
過剰な力は求めない。
求めたくもない。
だから、僕の中でラシアを使うのは間違っている、と考えてしまう。
いや、最早そう判断する他ないんじゃないだろうか。
『………まぁ、このラシアが全力で力の制限を掛けますので、クレイヴは気兼ねなく振り回しちゃってください!』
深刻なことを考えたことが察知されたらしい。
ラシアは明るい様子を全面に出した状態で励ましてくれた。
その励ましすら、今の僕にはどこか心苦しかった。
いっそ逃げ出して、いっそラシアを放って、自分だけどこかでひっそりと暮らしたい。
そんな願望すら出てくるくらいだ。
何も要らない。
ただ何者にも干渉されない、無謬の平穏が欲しい。
そこまで考えて……やめた。
今は、あまりそのことを考える暇がないのが現実だから。
今は、前へ進むしかないから。
日はとっくに傾き始め、橙色の太陽の日差しが、地平線から照らし出される。
左頬だけが照らし出され、肌が熱い。
自分のことを考えるのはやめた。
何もかも。
自身の中のどんな疑問も不安も、今は気にしないことにする。
そもそも、デルトリアの力が強大なのは承知の上だし、今さらどうということはない。
それに、この惑星が破壊されたところで、家族が居ない僕にとってはどうでも良いじゃないか。
フェアライトの仲間だって、結局は他人だし、いつ裏切られるか分かるものでもない。
ああそうとも…気にしなくてもいい。
何も気にしなくていいんだ。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
今は“やるべき事が他にあるのだから”
それに、どれだけ気にしていてもラシアが力を抑えるといっている以上、それ以上の懸念は思考の無駄遣いだし。
そうだ。
そうだ。
もう何も考えないでおこう。
今の目的は敵の殲滅じゃない。
僕が僕自身を考える過ぎること自体が間違っている。
力がどうこう言っている場合じゃない。
そう。
今の僕の判断は正しい。
今の僕の考えは正しい。
今すべきことは、僕のことを考えることじゃない。
今すべきことは、プロトン帝国とパルケニア王国両国の情勢確認と報告だ。
僕は強引に現状を収拾させ、思考を止めた。
これ以上の考えは野暮に思えたから。
無駄だと思えたから。
精神の負担だと思えたから。
そうして地面を踏みしめる。
足に伝わる揺るぎない大地。
踏みつけても文句一つ言わずに支えてくれる地面。
先ほど傷つけたことも気にしていないかのように、僕が挫けないように支えてくれている、なんて思う。
この大地があるからこそ、今の僕は生を受けているんだ。
「……行こう。」
一言だけ呟いてみる。
ラシアからの返事はなかったけれど、黙って頷いたように思えた。
僕は歩を進める。
僕はこの時点で、もっと真剣に考えるべきだったのかもしれない。
自分の力のことを、気持ちを、決意を、覚悟を。
現在の僕がするべきことに手が一杯になって、自分のことを「考える」という行為を放棄し、今の自分が正しいのだと強引に正当化して、行動に移してしまったのだから。
まだ僕は僕自身を……
本質的に 根本的に 理解していなかった……




