第二十四節「出発の時」
暁の空。 霜の掛かった木々。
少し肌寒い森。
いよいよ運命の朝を迎えた。
『クレイヴ、朝ですよ!』
心の中で響く相棒の声。
その声は覚醒しかけた僕の心に直接語り掛けられた。
僕はゆっくりと目を開ける。
木造の天井が視線の向こうに見えて、僕はゆっくりと体を起こす。
「おはよう…。」
もぞもぞと重たい体を起こす。
今日から始まるのは初めての任務。
プロトン帝国とパルケニア王国の情勢調査。
現地のフェアライトと情報を交換しながらこなす。
その時にもしかしたら、デルトリアだからって言って、相手にしてくれないかもしれないけど、ディーナスの名前を出したらいいのだろうか。
考えていても仕方がないと思い、朝食を食べる。
洗顔し、いつも通り身支度を整えて、長旅の準備も整える。
思えば長旅というのも初めての経験だ。
これを機に長旅を楽しむ、というのも一興かもしれない。
僕は一通りの準備を整えて外に出た。
既に橙色の朝日が樹海に射しこんでいる。
その中を進み、集落の入り口まで来た。
そこで集落の皆が待機して、ディーナスが門の前に立っていた。
彼女の下に歩み寄り、皆の顔を一通り見て回る。
みんな笑顔で僕の方を見返してくれた。
「さて、クレイヴ…いよいよ、初任務、ですね。」
「そうだね…正直、ちょっと緊張してるよ。」
「がはは!緊張するとは、らしくないな、小僧!」
ゼルマが豪快に笑いながら僕の背中を叩いた。
フェアライトとコンヴァルタの混血児の漁業に属する筋骨隆々の男。
それも超希少な混血種らしくて、天候操作による「天空攻撃」と大地に天候という名の異能を拳に乗せて地面を殴ることで、「大地攻撃」ならぬ攻撃を発生させる能力・「天地操作」が可能。
風の天候を纏って殴れば、地面から巨大な竜巻が発生。
水の天候を纏って殴れば、地面から大出力の水柱が発生。
雷の天候を纏って殴れば、地面に放射線状に電撃が発生。
日の天候を纏って殴れば、地面から溶岩性の火柱が発生。
聞いただけでも凶悪な技の数々を、ゼルマが行えることを聞かされて、僕もさすがに驚いた。
「そうですぞ、クレイヴ殿。
この野蛮人の話は聞く耳を持つべきではありませぬが、今回ばかりはこの男もまともな事を言っておるのでな。」
目を閉じながら告げたのは、ゼルマと正反対の性格をした一癖ある男・アレック。
サラサラの銀髪を腰まで伸ばし、尖った耳が目立つ。
服装は純白の騎士服で、白いマントのような物を右肩から垂れ下げている。
にも拘らずに属しているのは農耕という、なんとも想像を裏切る属性を持っている。
見るからにクールで堅そうな印象を抱く出で立ちで、ゼルマとはよく喧嘩している姿が目立つ。
その理由は、彼の過去に於いて大切な家族と好意を抱いた少女を目の前で殺されたことが原因。
そんな過去の中で助けてくれた、ディーナスやミレアナの父に対する恩を抱いているらしくて、二人と一緒によく遊んだらしい。
家族や親、先祖を非常に大切にし、それを誇りとしてブレない芯を持ち合わせている。
ディーナスが昨日僕に言ったように、ここに住んでいること自体が家族も同義だというのなら、きっとゼルマとの喧嘩もマシにはなるのかも、なんて思う。
ただ、そんなに簡単に心が変われるような過去ではないのは確かで、ゼルマと同じフェアライトとコンヴァルタの混血種の仕業となれば、仲良くしたくてもできないのが現状なのかもしれない。
「んだとテメェ! 俺は俺なりに小僧を激励してんだ!! テメェにとやかく言われてたまるか!」
「ふん、とやかく言うだけ無駄だというものだ。
野蛮人に言葉など通用せん事は百も承知…わたしはただ、クレイヴ殿にお話したまでの事だ。
自意識過剰が行き過ぎた時ほど、みっともないものはないぞ、蛮人が。」
「んだとコラァ!! ぶっ殺すぞテメェ!!」
「ちょ、ちょっと二人とも…。」
ゼルマとアレックの喧嘩に慌てて仲介に入ろうとする。
すると、二人から激しく睨まれ__
「テメェは黙っていやがれ!」
「クレイヴ殿、この蛮人を放っておくなど出来んぞ。」
二人から同時に言われる。
これには流石に僕も対応に困った。
「ちょっと二人とも! クレイヴを送り出す場で黙れはないでしょうが!!」
「そうですよ。
二人とも、喧嘩は結構ですが、時と場を考えて下さいね? そうでなければ、うふふっ…私とて許しませんよ?」
「う、ぐっ…すまねぇ。」
「め、面目次第もございません…。」
気まずい空気の中で切り出したのは、ミレアナとディーナス姉妹。
集落を束ねるディーナスと、それを支える妹のミレアナ。
ディーナスは同じ集落の者を「家族」といい、本当の血の繋がった家族の様に振舞う。
僕が求めていた家族像を、ある意味では彼女が体現したかもしれない。
本気で怒ることがあるのか…ちょっと気になるところ。
今のところは、ディーナスの直接的な過去は分からない。
ただ、彼女の母との話は、辛いものがあっただろうと思わざるを得ない。
純白の外套を身に纏い、それに負けないほどに白い肌をしていて、常に優しく微笑んでいる。
綺麗な琥珀色の瞳と、それらに並ぶ白い髪を腰まで伸ばし、一つに纏めている。
ディーナスが言う言葉は、どこか不思議だった。
今までどの本にも載っていなかった、それでいて本質的な事に聞こえる話。
およそ人が考えにくそうなもの。
それを言葉として表現して言ってくる気がする。
見た目に更に拍車が掛かって神秘性が醸し出されている気もする。
誰よりも平和を愛し、家族を愛し、僕を愛してくれる存在。
そして、その平和主義の長の妹がミレアナ。
彼女と最初に出会ったのは、新人類ジーニアスが治めるパルケニア王国でトップレベルの学校・国立グランヴォール大学付属中等学校の教室だった。
僕は学校の授業には殆ど通わなかった。
イジメられたからじゃない。
嫌だったからじゃない。
ただ、あまりに詰まらなかった。
授業自体が、僕にとっては簡単すぎる上に、先生よりも僕の方が頭が良い。
だから、大学の図書館にある難しい本ばかり読んだ。
僕は歴史が好きだった。
でも、そんな生活も終わりを迎えた。
新人の司書さんが僕を引き連れて教室に戻るように仕向け、久しぶりに教室に戻ると、そこに転校してきたばかりのミレアナが居た。
ある意味では、その司書さんが居なかったら、僕はミレアナと出会うこともなかったかもしれない。
あれから一度も見ていないけど、司書さんは元気だろうか。
僕の名前を知っていたようだけど、僕は司書さんの名前は知らないし、名乗ってもいないから不思議に思ったのを覚えている。
ミレアナと出会ってからは、僕の生活は目まぐるしく変化していった。
いきなり僕の事を「想像以上に頼りなさそうな顔」なんて言ってくるし、種族間の紛争が始まるから、それを止めて欲しいなんて言われて意味が解らなかった。
ミレアナの話では歴史はジーニアスに全て改ざんされたもので、今まで何もなく独自の文化を築いてきた、という歴史に僕自身も踊らされたと知った。
実際は他の種族を昔から蔑み続けてて、クリニーズがそんなジーニアスに対して戦争を仕掛けるって話だった。
正直言ってしまうと嘘くさかった。
でも、彼女は真剣だったから、僕も話を信じることにした。
そしてクリニーズは、大陸に一振り存在するとされる「神剣」を二振りも所持していると言った。
そもそも、このディスエイト大陸はかつて存在した六つの大陸が繋がって出来た大陸。
だから、その六つの大陸に一振りという事で神剣が存在するらしい。
神が打ったとされる神剣の威力は絶大。
ジーニアスとクリニーズの能力の差も、神剣があると関係なく、容赦なく蹂躙されてしまう。
そんな話をしていた矢先にクリニーズのプロトン帝国軍がパルケニア王国に攻めてきた。
そこで僕は両親を目の前で殺され、神剣を目の当たりにし、デルトリアの力を暴走させてしまった。
父さんも母さんももう戻らない。
僕を育ててくれた人はこの世に居ない。
でも、僕はミレアナという存在が新たな護るべき存在として認識できた。
そして、アウデンリート邸の地下に巨大な理力供給施設が存在し、その最下層で神剣・ラシアと出会った。
彼女に連れられてこのフェアライトの里の集落に来た。
ミレアナの過去については、ディーナスの口から聞くことが出来た。
母親が病気にかかり、体力がない状態で出産に臨み、ミレアナを生んだ直後に他界。
それ以来の父親からの愛情は皆無に等しく、父親が死んでも平気だったという。
それも、悲しみを我慢している訳ではなく、本当に悲しみも何も浮かばないほどの扱いをされていた。
そこは僕とは似て非なるもの、といったところだろうか。
「さて、ではクレイヴ。
よろしくお願いしますね。」
「うん…有力な情報を持ち帰ってくるからね。」
ディーナスが話を切り替える様に僕に言い、僕もそれに反応する。
改めて僕は、今集まる人を見て回る。
多くの仲間が、僕の任務を見送ってくれる。
ディーナス、ミレアナ、ゼルマ、アレック、そしてシェイラ。
シェイラは終始俯いている。
彼女は極度の人見知り。
最初は本当にまともな話が出来ず、謝られて逃げる、という事がパターン化してしまっていたくらい。
でも、なんとか話を出来るようになった。
ただ、僕が彼女に会おうと牧畜の小屋まで来て、彼女との衝突時に大変なことになって、強大な力で吹っ飛ばされてしまった。
エーデル・フェアライト。
純血フェアライトの生き残りらしい。
今のフェアライトの殆どは混血で、フェアライトの血筋だけというのは珍しいのだという。
シェイラは意外にも家庭的で、お洒落好きらしい。
そして、シェイラも僕とどこか似た過去を持っていた。
天候操作能力を特に強く受け継いでいるエーデル・フェアライトの遺伝子が、僕の中に入っていて、それがシェイラの母親だという。
シェイラ自身は母親が遺伝子提供した後に生まれたお陰で、遺伝子提供に関わることはなかった。
でも、施設をシェイラの母親が落雷によって破壊し、それがエーデル・フェアライトのシェイラとその母親の仕業だと疑われ、四歳のシェイラを母親が逃がしたという。
その母親は人体実験の末に殺され、自分を犠牲に愛する娘を護った。
僕の母さんが自分を犠牲にして僕を護ってくれたように。
シェイラは傷ついていると僕には分かる。
それを僕から話す訳にはいかないけど、いつかは言ってくれるんじゃないかった信じている。
「あ、あの…私…私も……クレイヴと行っても…良いですか?」
「え?」
僕が行こうとした矢先、シェイラがいきなり言った言葉に、全員の視線が彼女に向けられる。
ミレアナが一番呆気に取られた様子だった。
「シェイラ…分かってるとは思うけど、今回は特に隠密性を重視されちゃう任務なのよ? 貴女はいけない。」
「で、でも…私…。」
ミレアナに指摘されつつも、どこか必死になっている。
それはミレアナも同じだった。
二人が同時に互いを説き伏せようとする雰囲気を発している。
「シェイラ…そこまでして行きたい理由を述べてくれますか? 流石に、ミレアナの言う通り、簡単に行かせる訳にもいきません…。」
「ぁ……ご、ごめんなさい…やっぱり…いいです…。」
「ったく!何考えてんだよ、オメェは。」
「そうですよ…シェイラ殿とあろう御方が、何を考えての末の言葉かお聞き願いたいものです。」
「そ…それは…。」
ディーナスが問いかけると、シェイラは怖気づいたように再び俯いてしまう。
それに畳み掛けるようにゼルマとアレックも問いかけると、途端にシェイラは縮み込んでしまう。
どうしたのだろう。
「……何もないようですね。
ではクレイヴ、改めて行ってらっしゃい。」
ニコッと笑いながらディーナスが言ってくれる。
それに対して僕も笑顔を浮かべて頷き、里を後にした。
シェイラの事について後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、初となる任務を全うするために。




