第二十三節「決意の夜」
ディーナスとの話を終えて自分の家に帰ってきた。
決行は明日の早朝。
簡単にはいかない任務だからこそ、今日の内に覚悟を決めなければならない。
プロトン帝国とパルケニア王国に密入国して、国内の情勢の情報収集。
必要以上の殺生は避けないといけない。
殺生は、どうしても殺さざるを得なくなった時のみ。
家の中で考え事をしている最中、ドアをノックする音が響く。
「クレイヴ、居る?」
「ミレアナ…居るよ。
何か用?」
声から誰なのかを推測して、扉を開けた。
辺りは既に夕刻。
茜色の陽が射しこむ時間だった。
フェアライトの生活圏上では、夕飯を準備していてもおかしくない時間。
ミレアナは俯きながら玄関の前で立っていた。
「ちょ、ちょっと…話したいことがあるの。」
「……そっか…とりあえず、入りなよ。」
話したいこと。
何のことだろう…とりあえず迎え入れる。
ミレアナは「お邪魔します」と呟いた後、俯きながら部屋の奥に入っていった。
椅子に座り、僕がお茶を注いで彼女の前に置いて、向き合う形で僕も椅子に座る。
それでも、ミレアナの視線はテーブルに向けられていた。
僕の方に意識を集中せずに、暫くの時間が空いた。
「…ぁ…ぁ…。」
「…ん?」
何かを言った気がした。
殆ど聞き取られない小さな声だった。
僕は、俯いたことで見えるミレアナの頭頂部を見つめながら首を傾げる。
何を言ったのだろう?
「ぁ…。あ、明日からの初めての任務…役割は大きいけど、絶対にヘマしないようにね? アンタの働き一つで、今後の方針が変わるんだから。」
ミレアナは顔を微かに赤くして言った。
もしかしたら夕陽の光に同化しただけかも知れないけど、真っ白の肌が赤くなった気がした。
困ったような顔をして、顔が赤くなっていて、いつもの彼女とは別人のように感じた。
「……そんなの、言われなくても分かってるよ。」
事実、今まで考えていたし、頭では分かっている。
今更ミレアナから言われるものじゃないのは確かだった。
「な、ならいいわ…。」
なんて言い終わると、再び俯きながらの沈黙の時間が増えた。
他に何か言うべきことがあって、ここまで来たように感じる。
でも、こうして黙っているという事は、僕に対して言いにくい話題なんじゃないだろうか。
「…ねぇ、一体どうしたの? 何かあるなら聞くよ?」
流石にここまで沈黙されても気まずいだけだし、尋ねてみることにした。
ミレアナは僕の言葉を聞くなり、顔を上げ、再び俯き、意を決したように口を開いた。
「…あ、明日からの任務は…失敗は許されない一方で、物凄く危険なんだ。
アタシ達とは比べ物にならない位、危険だから…さ。」
目を泳がせながらボソボソと呟く。
これまた言われなくても分かるものだった。
どうしてそれを改めて言うのかは分からない。
でも、彼女なりに心配しているんじゃないかって思う。
「それで…これ…その…つ、作った…。」
ミレアナは両手を前に出して、僕の目の前に掲げた。
小さな人形。
それも、ミレアナと同じ顔をしている。
薄紫の髪と瞳をした小さな人形は、ニコッと笑いながら僕の方を見ている。
「えっと…これは、僕にくれるって事?」
「あ、あげないつもりなら、差し出さないわよ!」
僕の発言に不満げに言い放つ。
なんだか微笑ましい。
普段見せないような振る舞いに、ちょっと新鮮さを感じた。
「そっか…確かにそうだね。
ありがとう…大切に使わせてもらうよ。」
「は、初任務で緊張するかもしれないけど、アタシだと思って大事に使いなさいよ? 作るのに苦労したんだから…ボロボロにしたり、失くしたりなんかしたら許さないんだから。」
睨むようにミレアナが告げる。
それだけでただならない威圧感を感じた。
「……人を愛する前に、物を愛することが大事だって…姉さんも言うしね。
アンタには丁度良いんじゃない?」
補足するように言った。
人を愛する前に物を愛する。
ディーナスらしい言葉だと思う。
物は人と違って喋ることはないし、感情が分かる訳でも無い。
扱う者によって、その価値性は変わる。
愛する気持ちで物を大切にしないと、人を大切にすることなんて出来ない。
それを、ディーナスは言いたいのだと思う。
慈愛に満ちた彼女らしい言葉だと思った。
「それじゃあ、用は済んだし…アタシは帰らせてもらうわ。
明日に支障が出ないようにさっさと寝なさいよ。」
ミレアナは本当にこの小さな人形を渡す為だけに来たらしい。
言った通り、さっさと部屋から出て行ったのを見送った。
たった一つの人形を僕に渡す為だったはず。
それだけの為なのに長い沈黙状態に陥ったり、小さな声を出したりしていた。
話を持ち出すのに相当考え込んでいた様子だった。
なんだか微笑ましい。
僕は手に持つ人形を神剣ラシアの柄の先に付けた。
『これは…私に付けていていいのですか?』
『いいよ…ここに付けていたらボロボロになるかもしれないけど、こうした方がラシアの事も大切に扱えそうだからさ。』
ラシアからの心の声に答える。
神剣・ラシア。
僕が住んでいたアウデンリートの邸宅地下に存在した、神剣の理力を保つ設備。
中央に巨大な柱と張り巡らされたパイプ群。
どこまでも続く巨大な周回を描く螺旋階段。
それを降りて行った最下層に、たった一つだけ、中央の床に突き刺さった剣。
それが神剣・ラシアだった。
一歩近づくたびに感じた、凄まじい力の反抗。
ようやく柄を持てた時、ラシアの声を初めて聞いた。
でも、神剣は意思がなく、自我が無いとミレアナは言っていた。
どうして僕にラシアの声が聞こえるのか、詳しくは分からない。
僕がデルトリアだからなのか、ラシアにとって特別な存在として見えるのか…。
ただ一つ分かるのは、僕がラシアを正しく使わなければならないという事。
『クレイブが良いのなら良いですが…なんとなく、ミレアナさんの好意を無為にしている気がします。
…私が戦わず、貴方が戦うというのに…。』
『それはそうかも知れないけど…まぁ、僕が良いって言うんだから良いよ。
明日から始まる任務…キミの力を借りることは…まぁ、あまりないとは思うけど、僕一人ではないし、共に歩むって事の意味だと思ってくれると良いかな。』
『なるほど…それならお言葉に甘えていただきます。
明日は早いですし、さっさと休んだ方が良いんじゃないですか?』
『そうだね、そうしよう。』
ラシアに言われた通り、僕は夕食を済ませ、出来るだけ早く床に着いた。
でも、なかなか寝付けない。
フェアライトの集落に来て以来、初の任務。
僕ができることは、明日から始まる任務を全うすることだけ。
僕に本当にできるのだろうか…。
不安や緊張が強くて寝付けないのかもしれない。
ふと、ラシアの柄に取り付けた人形を見る。
月明かりに照らされて闇に目が慣れてきた頃、その人形がほぼハッキリと見えた。
ミレアナが作ってくれた可愛らしい人形は、実に僕には不似合いなものだった。
それでも嬉しかった。
こんな僕のために与えてくれたのが、本当に心から嬉しく思った。
同時に彼女やフェアライトの仲間たちに感謝した。
父さんも母さんも殺され、何も残らなかった僕にとって、ミレアナは護るべき唯一の存在。
それがフェアライトの集落に来てから仲間たちと出会い、新たに護るべきものとして確立した。
そうだ。
僕にとってフェアライトとは唯一の居場所。
唯一の護りたいと思う存在。
唯一の家族と呼べる存在。
唯一の仲間と呼べる存在。
唯一の大切な人たち。
フェアライトの皆のためになるなら、役に立てるなら、全力で投入していきたい。
今回の初任務だって、皆の役に立つために失敗してはならないもの。
「今まで僕は…初任務を前にして、自分一人で考え込んでいたんだ。
でも違う。
皆が僕の成功を期待して、僕ができると信じてこの任務を与えてくれた。
ここで僕が失敗したり、怖気づいたら…困るのは皆なんだ。
明日からの任務…絶対に全うしてみせる。」
僕はベッドの中で、明日からの任務に向けての決意を完全に固めた。
必ず成功させるという決意を抱いて、目を閉じた。




