第二十二節「本当の家族」
自然溢れる深緑の樹海。
陽の光が木々の間から照らし出され、光のカーテンのように森を明るくしている。
緑と木々の香りが鼻腔を通過して刺激する。
何とも言えない、どこか心地良い香りがするその中を、僕は一歩一歩足を踏みしめながら、ミレアナの双子の姉・ディーナスの家に向かっていた。
ディーナスはミレアナと共に暮らしていて、集落では一番大きな家に住んでいる。
長だから当然といえば当然だろうけど。
とりあえず、集落の皆は僕を見ても変な目で見なくなった。
みんな、僕を受け入れてくれたらしかった。
ちなみに僕の所属職業は商工業の方に配属された。
余った資源を他の集落や国に行って物々交換を果たしたり、武器の生産をこなしたり、魔術研究をする他、各国との外交や村同士の交流、更に村の祭りや祝い事の全てを管轄する、村の経営に重要な役職。
僕はそこで日々森のあの開けた場所に行って、鍛錬に励んでいた。
そして、今はディーナスに呼ばれて家に足を運んでいる。
僕は彼女の家の前に着いて、ドアに手を掛けては中を覗いた。
「ディーナス…居るかな?」
「居ますよ、クレイヴ。
すみませんね、わざわざ呼び出してしまって。」
ディーナスが僕を呼び出したのは、今後の方針についてだった。
今やプロトン帝国とパルケニア王国の関係は緊張状態にある。
戦争という戦争は起きていないものの、パルケニア側の首都が燃やされた事は変わりない。
パルケニア王国の国政の方向によっては、戦争か講和かが決まってしまう。
そうなれば、かつてのジーニアス・クリニーズ大戦の巻き返しと同時に、種族間の世界大戦へと繋がりかねない。
それに対しての危機意識を持って行動しているのは、恐らくフェアライトだけ。
謎のフェアライト「クレアス」の活躍のおかげらしい。
相変わらずの混沌ぶりに、僕も困惑ものだった。
そして、その行動の一角に、僕の今後の歩みがあると思うと、妙に誇らしく思う。
そして今回の内容は、僕にしか出来ないのか、商工業の人が出張らっているのか、とにかく僕にしか頼めないからこそ頼むのだろう。
最早、面倒な役回りになる事は目に見えている。
そこで我を通すか、素直に受け入れるか。
「ご存知の通り、プロトン帝国とパルケニア王国の情勢は、現状で緊張状態に入っています。
いつ戦闘が繰り広げられても可笑しくない状況下です。
ここでもし戦争が起きてしまえば、それはいずれ…種族間の大戦へと発展することでしょう。
私とミレアナで両国の戦力を出来る限り削いでいき、パワーバランスを取って行きたく思います。
貴方は両国内の情勢を見極めていただきたいのです。
緊張状態の両国民の感情はいかほどのものか…恐らく、既に別集落から行動しているフェアライトの者も居るかも知れませんので、その者達とも上手く繋がりながら情報の収集をお願いします。」
情報の収集。
それも緊張状態にある両国の情報。
恐らく、今の両国の入国は困難を極めるだろうと思う。
先ほど考えていた通り、面倒な役回りだった。
それでも、僕はディーナスを信頼している。
これまで会った人物の中で、一番信頼している。
それだけ、彼女の存在は僕にとって大きなものだった。
「分かった。
難しいかもしれないけど、言われた通りやってみるよ。」
答えは既に決まっていた。
それを、本当に選択すべきか否かを考えていただけだった。
ディーナスは僕の答えを聞いて苦笑した。
「自分で言ってなんですが、この様に困難な仕事を頼んでしまって、すみません。」
「それは、別に気にしなくてもいいよ。
でも、一つ聞きたいんだけど、良いかな?」
「…? はい、宜しいですが、何か?」
僕の問いに一瞬キョトンとしつつも、微笑みを崩すことなく、優しく訊いてくれた。
内心嬉しく思いながら、ふと思った問いを投げかけてみることにした。
主に精神面の話。
「今回のこの役目…本当に、どうしても僕にしか出来ないの?」
僕も彼女の言う通りにしたい気持ちはある。
でも、今回の任務は余所者が遂行して良い任務ではないのは、誰から見ても明らかだった。
なぜなら、両国に行っている間に僕自身がその国に寝返ろうと思えばできるからだ。
入国が困難だという事は、僕の監視を付ける人員は無く、ほぼ単身で乗り込まないといけない。
それでもディーナスが僕をその任に就かせるのは、それだけ信頼していることの表れか、若しくは逃げるかどうかを試しているかのいずれかだと思った。
「えぇ、貴方にしか出来ません。
貴方のことを詳しくは知らない今は、フェアライトの…私たちにとっての脅威としかなりませんが、前にも話した通り、貴方を愛し、貴方を大切に想い、貴方の存在を受け入れるために…まずは私から信頼しなければなりません。
ですから、貴方を信頼し、愛してここで待つことにします。
抜け出したいと思っておられましたら、それは貴方の自由です。
私に止める権利などありませんよ。」
母性溢れる優しい微笑みで語り掛けてきた。
どうやら前者の考え方らしい。
「…でも、余所者の僕に対して重大な任務を任せるのはどうして? 君にとって僕は信頼に値することを一切行っていない。
それでも、信じるの? 裏切って、君を殺しに来るかもしれないのに…。」
「それでも、ですよ…クレイヴ。
貴方は道具ではなく、この集落の住人です。
私にとって貴方は、大切な大切な家族です。
大切な家族が自分の進みたいと思う道を見出して、どうしてそれを阻害出来ましょうか…。
私は家族を信じるという、当たり前のことしかしていませんからね。」
家族。
家族とはなんだろう? 今まで家族といっても所詮は直接的な血の繋がりのない、ただの集まりに過ぎず、家族だと思っていたからこそ、家族として振舞って来られた。
ここでも同じ。
血なんて繋がっていない。
種族も全く違う。
思想だって、文化だって、食生活だって違う。
でも、ここでは根本的に今までと違うものがある。
それは、価値観。
家族という一つの価値観が、血統、種族、思想、文化に留まらず、同じ集落に居る、というだけで家族として認めている気がする。
単に血統でもなく、種族でもなく、特定の地域一元的な平等。
パルケニア王国はジーニアスが純国民と認められ、プロトン帝国でもクリニーズが純国民で、ゼフィラナ公国ではコンヴァルタが純国民と認められている。
いずれの国家も他の種族に対する扱いは国民としてのそれではない。
こういう各国の構造はことは、父さんが転職の際に国家間移動をしていたから、僕が一番理解している。
それに比べてこの集落は血統も、種族も、関係なく集落の住人として認める、地域一元的な古い政治体制が敷かれているらしい。
でも、そう考えると一つの疑問を抱くことになる。
「…じゃあ、君は僕が敵となった場合、どうするの? 殺すの?」
そう、仮に家族が敵として立ちはだかった場合、どうするのか。
裏切り者は殺す。
世の中の価値観なんて結局のところそれだけだと思う。
組織として形成されている限り、裏切り者が少なからず出ることもある。
たとえ家族といえど他人であることに変わりはないし、いつ喉元を噛み切られるか分からない。
それを、この集落ではどうするのか…それが気になった。
家族であると謳うこの集落の長が、仮にその家族から裏切られた場合、どういった対応をするのか。
殺すのか、見捨てるのか、はたまた拷問にでも掛けて、徹底的に報復でもするつもりなのか。
ヴィーナスは僕の質問を聞いて、真剣な表情になった。
「…仮に、貴方が私たちの敵として現れるのなら、私はその者と全身全霊、死力を尽くして戦います。
この集落を治めるのは私の役目ですから。」
目線を外すことなくヴィーナスは答えた。
決意に満ちた綺麗な瞳。
僕はその瞳に宿った決意の炎を見て、確信に変わった。
ディーナスは嘘偽りなく僕に語り掛けていた。
「……そっか。」
所詮は同じだということ。
組織なんてそんなものだ。
大切な家族、なんて言いながら、結局は裏切り者を殺す。
その事に変わりはない。
それを家族というのなら、僕は家族なんて存在は要らない。
いや、そもそもが裏切りたくなるような家族なら、居たくもないと思うだろうけど、不思議とそんな気はない。
僕が故意にこの集落を裏切ることは、今のところ自分でも万が一にもありえないと思う。
「しかし…。」
ヴィーナスは再び口を開いた。
これには続きがあるらしい。
「それは、この集落の長としての…最低限度の役割の一端にしか過ぎません。」
ヴィーナスは優しげな微笑みを浮かべながら述べた。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「ヴィーナスとしての想いは、敵となってしまった者を救うため…その為にその者と戦います。
仮に貴方が裏切ろうと、貴方が私を傷つけようと、貴方が我が妹を傷つけ、村人たちを傷つけようと、私は貴方を責めたりなどしません。
貴方が私たちに牙を向けて来るのなら、私はその牙を折るために戦います。
貴方はどんどん前に進んでください。
そして…貴方の罪、貴方の苦しみや悲しみ、憎しみは…全てこの集落の長であるディーナスが背負います。
どこまででも赦し、どこまででも救っていき、どこまででも愛していきます。
それこそが、家族というものでしょう。
何があっても家族という因縁が消えることなど決して無いように、この集落の家族もその因縁が消えることなど決してありません。
ですから、何も心配することはございません。
自分の信じる道を、ひたすら走り続けて下さい。
貴方がここに来てここに住むと決めた時から、貴方は私たちの大切な家族で、貴方は一人ではないのですからね。」
ヴィーナスは終始、微笑みながら語った。
何があっても赦す。
何があっても受け入れる。
何があっても愛する。
組織ではなく、家族として…。
ここまでなると、お人好しの域すら凌駕していると言わざるを得ない。
この回答には、流石に驚かずにはいられなかった。
どうしてここまでのことが言えるのか、疑問を抱かずにはいられない。
血の繋がらない、種族が違う、文化が違う者を相手に、ここまで言える人物なんて居るのだろうか。
それが家族なのかは、今はまだ何も分からない。
でも、そういう家族だというのなら…それが本当の家族だというのなら…家族も捨てた者じゃないと思った。
家族という枠組みを作り出し、家族を持ってもいいと思った。




