第二十五節「覚醒存在 女神か邪神か」
とある一室。
そこには様々な研究機具や研究資料が所狭しと乱雑し、天井や壁には無数のパイプが張り巡らされ、いくつもの培養槽が立ち上っている。
一つの培養槽の中に小さな全裸の少女が、目を閉じて培養液に浸かっていた。
燃え盛る炎の様に赤く、バラの様に赤く、どこまでも赤に染まった長い髪。
それに対して幼い顔立ちに異常なほど白い肌。
それがまた、赤を強調する役割を担っているかのようだった。
それが、禍々しさを秘めているようだった。
しかし、神秘性や神々しさといった魅力を感じさせる組み合わせだった。
それ以外に居るのは、黒い外套を身に纏う人物。
フードによって顔が完全に隠れている。
「ククク…奴が動いた。
いよいよだな、フェルティナ」
男の不気味な笑い声が響き渡る。
その視線は培養槽内の少女に向けられている。
―――――ドクン
大きな鼓動が響く。
コポコポと培養槽内に小さな気泡が立ち上る。
ドクン―――ドクン―――ドクン――――
ドクンドクン――――――ドクンドクン―――――ドクンドクン―――――
徐々にその鼓動を早めていく。
まるで生を受けた赤子の如く。
「フェルティナ…まさか…」
男は驚きを隠せない様子だ。
予想外の出来事ゆえか。
待ち望んだ出来事ゆえか。
その心情は定かではない。
ただ、落ち着きはなくなった。
冷静さを欠いた。
――――ドク、ドク、ドク―――
――――ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――――ドッ、ドッ―――
鼓動が
その一拍一拍が
早く
早く
早くなっていく
―――――――ドクン――――――――
一際大きな鼓動
心臓が一気に高鳴る音
直後に
刹那に
流れる
無音の時空
それと共に、少女の海色をした大きな双眸が見開かれた。
その海色の瞳は、宝石のように、磨き抜かれた大鉱石のような、鮮麗さを持つ。
その海色の瞳は、女神のように、何もかも包み込む大海のような、慈愛を持つ。
その海色の瞳は、津波のように、何もかも飲み込む大嵐のように、畏怖を持つ。
それらは何者にも例え難く、圧倒的な美しさと包容力と厳格的強さを併せ持った異質な瞳。
様々な色と美を併せ持つ海色の瞳は、初めて映し出した世界をジッと捉え、男を見据える。
否、この瞳に映るもの全てが、それら様々な感覚に魅了されることだろう。
「………。……。っ…くっ…ふはは、ははははは!!! はっははははは!!!! いいぞ、いいぞフェルティナ!! 我は…我はこの時を待ち望んできたのだ! 眠れる姫よ!その殻より出でよ!! 貴様にならば簡単に砕けるものだ!! その内から力により脱し、我が力となるがいい!!! 我が矛となり、盾となり、銃となり、砲となれ!!! 秩序と正義の兵となりて、我に刃向かう森羅万象を滅せよ!!!! 貴様が生を受け、生きていることは、我の存在あってこそだ!! 我に力を貸し、我に命を預け、我の為にこそ死ね!! フェルティナ!!!」
男の表情は分からない。
だが、大口を開けながら笑い、歓喜に満ち溢れている。
フェルティナと呼ばれた赤髪の少女は、ゆっくりと培養槽の強化ガラスに手を添える。
刹那、強烈な粉砕音と共に勢いよく割れ、ガラスの破片は粉雪のように細かく砕かれており、それは男に当たることなく辺りに散らばる。
そして、やや遅れて水が流れ落ち、その水は一滴たりとも辺りに飛び散らさせることはなかった。
つまりは、内側から強化ガラスを粉雪状に破壊するほどの力。
その破壊速度は水流よりも速く、水に対しては一切の力を加えていない事で飛び散ることはない力。
初めて使った自身の力を完全制御しており、その力は想像以上に強大。
赤髪の少女はゆっくりとした足取りで一歩、また一歩と踏み出し、培養槽から出てくる。
「フェルティナ…わたしの…名前…」
「そうだ…フェルティナ…我の力となるために生まれた貴様の名だ」
フェルティナが問いかけ、男は答える。
凶悪な笑みを口元に浮かべながら。
男の心情には自身の子だという想いなど一切ない。
赤髪の少女に対してあるのは、自分の力としての存在価値のみ。
他を圧倒し、支配し得る力を持った存在を手にした時の喜びの感情である。
待ち望んだというのも、支配欲成就を為しうる存在の誕生に対するものだともいえる。
男から見た少女は
最早、物であり、兵器であり、人間として見る目を持ち合わせてはいないのだ。
それを幸せか不幸せか、というものは、少女自身は知らない。
「フェルティナ…パパの為に…力、使う」
少女は必然的な言葉を発した。
何も間違いはない。
動物の多くは、初めて自分の目に飛び込んできた存在を「親」として見定めるからだ。
海色の瞳を男に向け、ただひたすらに見つめる。
それを満足げに口元に笑みを浮かべる男。
少女の心情などは全く関係ないと言いたげな笑み。
果たしてここに生まれ出た存在は、如何なる災厄をもたらすのか、如何なる祝福をもたらすのか、如何なる破滅を生み、繁栄を生むのか。
女神となるのか、邪神となるのか。
誰にも、この少女の運命などは分からない。
ただ一つ分かることは、現段階の繁栄は有り得ない、という事だけである。




