第二十節「正式な契約」
どれくらい時間が経っただろう。
僕はずっと、かつての家族の事を考えていた。
父さんは僕を逃がそうとして、僕も父さんを連れて行こうとして…奴等に殺された。
母さんも僕を庇ったも同然だった。
自身の体に食い込んだ銃弾を自身と同化させて、貫通弾から僕を護ってくれた。
シェイラも同じだった。
でも僕は、僕以外の事を考える余裕すらなかった。
頭は優れていても、やはり自分の事になると自分の事で頭がいっぱいになる。
「落ち着いた?」
「……うん、ありがとう。」
「いいの。
でも、これでエーデル・フェアライトの事、少しは理解できたんじゃないかな? 私にできることなんてそんなに無いけど…。」
「そんなことはないよ。
凄く元気づけられた…本当に感謝しているよ。」
事実、僕は落ち着いて、更に元気づけられた。
僕は自分以外を考えなかった。
それでもシェイラは受け入れてくれた。
母さんの事も父さんの事も話した。
逆に元気づけられることになってしまった。
「そっか…それなら、良かったの。
クレイヴは辛いと思うけど、私は大丈夫だからね。」
そんな事を笑顔で言ってくる。
彼女が内心でどう考えているかは分からない。
でも、辛くないはずはないと思う。
それも僕の為に隠しているんだと思うと、胸が苦しくなる。
「辛くないなんて事ないんじゃないの? 何かあれば訊くけど…。」
「…ううん、本当に大丈夫なの。
誰かの為に動けるのならそれだけで幸せだから。
皆が喜んでくれると嬉しいんだよ。」
何か隠している、という事だけは分かった。
でも、今の僕ではそれを判断することは出来なかった。
これからもっと交流を深める中で判断しなければならない。
僕ばかりがこんな風に言い様にされて、何も返さないなんて歯がゆい。
彼女にとって嬉しい事って何だろう…。
「とにかく…そろそろ私、帰らなくちゃいけないの。」
「あ…もうこんな時間か…。
分かった、じゃあまたね。」
気づけば夕方。
辺りは木々の間から差し込む陽の光で橙色に染まっていた。
シェイラは玄関に行く。
僕も後を追う。
あっという間の時間が過ぎた。
これだけ泣いたのは初めてだ。
でも、それだけ僕の心は壊れていたんだと思った。
シェイラに励まされ、その心がどこか修復された気がした。
「おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
シェイラが挨拶して退室し、それを見送る。
部屋に残ったのは僕とラシアだけ。
今日はもう遅い。
やることと言っても食べて寝る程度。
と、僕が夕食を作ろうとした時…。
『主、少しいいですか? 夕食作りながらで良いので』
『なに?』
『今まで、こうして主の事を見てきました。
どういう心情の人か、どういう行動を選ぶのか…。
このラシアを扱い切れるのかどうか、相応しい主であるかどうか…見つめてきました。
主は…エーデルフェアライトの事、どうお考えですか?』
やや真剣な雰囲気で神剣・ラシアが心の中で僕に話し掛けてきた。
どう考えるか…それはどういう意味なのだろう。
よく分からない。
僕は夕食を作りながら、意識をラシアに集中させた。
そしてラシアの言葉を黙って最後まで聞こうと思った。
『主は凄く立派な御方です。
それは理解出来ました。
そして、エーデル・フェアライトの少女の事を見て、何か感じるものはありましたか?』
『何を感じたって…別に何も。
ただ…彼女が僕と同じような辛い過去を持っていて、それを隠している…そう思っただけだよ。』
『そうですか…。』
ラシアはそれ以降何も言わなくなった。
僕が夕食を食べている時も、食べ終わった時も、布団に寝転んだ時も、何も言わなかった。
流石に気になった僕は、暗い天井を見上げながら訊いてみることにした。
『……。 急に何も言わなくなったけど、何を考えているの?』
ラシアの心の中は分からない。
何を考えているのか。
何を感じているのか。
何を思っているのか。
でも、ラシアは僕の心の中を知っているみたいだ。
少し理不尽だと思うけど、別に気にするほどでもない。
恐らくラシアも気づいていたはずだ。
僕が疑問に思ったこと。
それでも答えないラシアに、僕から聞いてみた。
ラシアは、やや間を置いてから答え始めた。
『………。
いえね、そろそろ潮時かなぁなんて思いましたので。』
『潮時?』
何のことだろう…。
心の中で話しかけてくるラシアの言葉に、眉をひそめる。
考えてもこれといって心当たりはない。
強いて言うなら、ラシアの扱い方くらいだろうと思う。
でも、仮に扱い方を教えるにしても、そこまで悩むことでもないと思うし。
『主が考えている通りですよ。
私の使い方を教える時が来たか、ってことです。
しかし、私の力と…デルトリアである主の力を合わせても大丈夫なのかどうか…それが心配で、考えていました。』
淡々と話してくるラシア。
いつも通りのからかう様な口調じゃない。
凄く真剣に、本気で悩んでいる声音。
『なるほどね…。
僕としては、ラシアの力を使えるのなら、使いたい。
ラシアと一緒に、僕はこの集落の人達を護りたいから。
僕にはもう…この集落しか居場所が無いんだ。』
そうだ。
僕にはここ以外、帰る場所なんてない。
護るべき場所なんてない。
護るべき人も居ない。
だからこそ、僕はラシアの神剣としての力が欲しかった。
ラシアの力があればどんな敵にも勝てる。
護りたいものを護れる。
『どうしても、わたしの力が欲しいですか?』
『もちろん。
ラシアのその力が人もこの場所も護れるのなら…力が…ラシアの力が欲しい。』
『そうですか…そこまで言うのなら明日、私を使って下さい。
扱い方法をお教えします。』
どこか嬉しそうな声音。
何に喜ぶ要素があったのかは分からない。
でも、ラシアが喜んでくれたことに、純粋に嬉しく思った。
『寝坊しないで下さいよ? 主…。』
『大丈夫だよ。
ラシアを扱えるんだ…これほど嬉しい事、寝坊する方が勿体ないし。』
『フッ…変な主。
でも、嬉しいです
それじゃ、おやすみなさい。』
『おやすみ。』
いつものラシアに戻った。
僕たちは眠りに落ちる。
明日の事を考えながら…。
朝が来た。
朝食を食べ終えた僕は、フェアライトの集落の外れの森の中を歩いていた。
鳥達のさえずり。
虫の羽音や鳴き声
木々の匂い。
枝や葉の間から差し込んでくる陽の光。
『いい天気ですね! 主!!』
『うん、そうだね。』
ラシアは元気いっぱいだった。
昨日の数瞬の憂う様な声は何処にもなかった。
しばらく歩くと開けた場所に来た。
自然に作られたにしては出来過ぎた空間。
中央には木がなく、その中央を囲うように木々が並べられていた。
ポッカリと空いた空間のその中央に僕は立った。
『私を構えて下さい。』
ラシアは一気に真剣な声音になった。
まぁ、当然だろうけど。
僕は言われた通りに背中の剣の柄を握り、構える。
赤く輝く刀身は禍々しくも、神々しくも見える。
その矛盾性を孕んだ刀身は、異彩を放ちながら僕の腕の中にあった。
力としてそこにあった。
思えば、こうして見つめたことはなかった気がする。
僕がラシアを避けていたのか…それで、ラシアもあんな憂いた声音で話していたのだろうか。
『いきますよ…主、余計な邪念は捨てて下さいね。』
『…ご、ごめん! 続けて。』
ラシアの言う通り、邪念は捨てた。
目を閉じて意識を集中する。
手が勝手に動いた。
まるで、何かの力に引っ張られている感覚のまま、ゆっくりと僕の手が動く。
全身の力を抜いた。
体をラシアに預ける様に。
神剣の刀身を自分の前で横にする。
そして、赤く輝く刀身を鍔から切っ先まで、ゆっくりと撫でる。
切っ先に手を添えると、身体の奥が熱を持ち始めた。
『 求めよ さらば与えられん 汝の望むままに 我が力を授け 汝がその力を受けて剣を振るいし時 勝利を我がもとに授けよ 力の授受によって より強大な力を生み出す 』
あの時のラシアと同じ。
神々しさを持った声。
心の中に響き渡る神の声。
普段のラシアとのギャップが大きい。
身体が徐々に温まっていく。
苦しみはなかった。
寧ろ、心地よさすらある。
身体が勝手に動く。
『 我が力は万象 破壊のためにあらず 創世のため 秩序のため その本質を見出し時 真の力 開かれん』
切っ先から手を離し、片手で刀身を下になる様に持ち替えながら、地面に深く突き刺す。
すると、地面に赤く光る六芒星が刻まれる。
ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
強烈な地響きとともに、急速にその六芒星が刀身に収束する。
「うっ!!」
ジュゥゥゥ!!
肉が焼ける音と匂い。
見ると右手甲に先ほど地面に刻まれていた六芒星が、タトゥーのように刻まれている。
『これで、正式な契約は終わりです。
帰りましょう、クレイヴ』
『帰るって…扱い方法を教えてくれるんじゃ…それに、クレイヴって…』
『あれ? 聞いてなかったんですか? クレイヴ…。
授けて受ける…これが神剣・ラシアの扱い方法ですよ。
あと、もう主と僕の関係ではないですから、クレイヴと呼ぶのは当然です。』
『授けて受けるって…よく分からないよ。』
『授けて受けるというのはその内、理解出来ます。
で、呼び捨てにしたのは同等のパートナーだからです! 正式に契約するとはそういう事ですからね。』
ラシアは僕の言葉を聞く前に発言する。
授けて受ける…なんて言っても、力を与えるのは僕じゃなくてラシアの方のはず。
その後のラシアも、授けて受ける意味を言ってはくれなかった。
それでも、僕たちは正式な契約を果たし、正式にラシアは僕のパートナーとなった。




