第十二節「出会い」
目を開けると見たことがないほどの広大な樹海があった。
そして、見たこともないほどの巨大な樹木の数々がそびえ立っていた。
「ここは…。」
「アタシの集落の近くよ。」
ミレアナは辿り着いた景色を見渡しながら呟いた。
光は既に消えている。
僕もミレアナに倣って景色を一望した。
ひたすらに樹、樹、樹だった。
でも、日の光が満遍なく辺りに射し込まれていて、心地よい陽光で森が映えていた。
案外こうした景色のほうが好きなのは、僕も同じかも知れない。
若しくは、こうした景色が新鮮に感じるのかも。
「……はぁ~…やっと辛気臭い場所から開放されたわ。」
「辛気臭い場所?」
「アタシ、ああいう街は嫌いなの。
もっと自然に囲まれた方が好きよ。」
「それはキミがフェアライトだからだろ? でも、その気持ちは分からなくもないけど。」
この言葉は本心から来たものだった。
ミレアナがフェアライトだからこそ、自然がない街が辛気臭く感じてしまうのかもしれない。
そして同時に、僕としてもこうした自然溢れる場所のほうが好きだ。
「……あたしに合わせてるつもり?」
「そんなことはない。
本心だよ。」
どうも疑われているみたいだった。
きっと彼女自身は、僕が今まで王都において都会しか知らないから、自然というものに興味があること自体疑り深いことなのかもしれない。
でも、僕自身は本心以外の何者でもないし、ここで嘘を吐いたところで何も始まらない。
その後、しばらくはお互い無言で歩いた。
やがて、彼女の方から口を開く。
「クレイヴは…自然は好きってことよね?」
唐突だった。
いきなりそんな事を訊いてきた。
そんなに疑うことかな。
「……さっきミレアナが自然が好きだって言って、僕もその気持ちは分からなくはない…そう言ったよ? 遠まわしに言えば、僕も自然が好きだってことなんだけど…そんなに変なこと?」
「…………う、ううん!ごめん…別にそういうわけじゃないの。
気にしないで。」
僕が問いただすと、ミレアナは目を泳がせて何かを考え、誤魔化す様に首を振った。
何かを隠しているようだった。
ここで何か言うべきなのだろうか?
『主、聞いてあげなくて良いんですか? 彼女、相当迷ってるみたいですよ?』
『聞くって何を?』
迷っていると、心の中でラシアが話しかけてきた。
まるでじれったいとでも言いたげな話し方だった。
『とぼけないでくださいよ。
ミレアナさんは主に質問しましたけど、しばらく迷って誤魔化しました。
聞いてあげたほうが良いと思います。』
『……いや、質問の意図がわからないし、そもそも自然が好きか嫌いかの問いには遠まわしではあるけど、肯定したつもりだから。』
『でも……もういいです!この鈍感!!』
『な、何でそこで怒るんだよ…。』
『主は彼女の気持ちに鈍感ですから! でももういいです…気にしないでください!』
ラシアはなぜか怒ったような口ぶりで言い放つ。
二人してどうしたのだろう。
というか、彼女の気持ちって、ミレアナの気持ちだよね? それって、自然が好きか嫌いかを疑ってるってことじゃないの?
「あ、ここよ。
ここがアタシ達の集落。」
そうこうしているうちにミレアナが呟く。
見ると森の中に大きな柵が端の巨木まで設置され、真ん中に木造のアーチ型の門があった。
その向こう側に木造の家が立ち並んでいた。
人が多数行き来して、活気に溢れている。
「ただいま。
今帰ったわよ。」
ミレアナは門の前にいるフェアライトの男に言った。
ここの門番か何かかな。
その男は巨大な槍を手にし、木の皮で出来たような茶色い服を着ている。
屈強な体を持ち、長年ここを守護しているという貫禄を感じた。
鎧の一つなしに堂々とした立ち姿だった。
「おぉ、ミレアナか。
そっちは…例の奴か?」
男は僕のほうを見て呟いた。
例の奴…デルトリアかどうかと言うことか…。
ここに来ても僕は差別的な目で見られるのだろうか…。
「そうよ。
それより、姉さんは…居るかしら?」
「あぁ、長なら家の中で待ってるぜ。
大任を達成したんだ。
労いの言葉でももらって来い。」
「えぇ、ありがとう。
また後でね、ヴァイザル。」
「あぁ、またな。」
ヴァイザルと呼ばれた男が道を空けてくれる。
ミレアナは空けられた道を進んでいった。
僕も後に続く。
ふと、ヴァイザルの方に目を向けると、ものすごい形相で僕を睨んでいた。
心の中でどう思ってるのだろう…。
村内を歩いていると度々ミレアナに対して労いの言葉が投げかけられた。
だけど、その後の僕に対する目線は厳しいものだった。
僕がただの余所者なら、ミレアナの顔に免じて許してくれるのかもしれない。
でも、僕はデルトリアで、その捕獲のためにミレアナがこの村を出発しているはずなんだ。
だから、皆が警戒するのは無理もないことだった。
集落の一番奥に、ひときわ大きな木造建築の家があった。
その家の前で止まり、ミレアナが扉を開けて中に入る。
「姉さん…今戻ったわ。」
ミレアナに続いて僕も入った。
中は独特な木の匂いが香り、装飾が施された絨毯や、壁に多くの武具が飾られていた。
「お疲れ様、ミレアナ。」
「ただいま…それじゃあ、アタシの任務は終わり…席外すね。」
「すみません…そうしていただけると助かります。」
「……分かったわ。
それじゃあ、何かあったらいつでも言ってね。」
「はい、分かっています。」
二人のやり取りを僕は呆然と見つめる。
どう声を掛けるべきか迷っていた。
ミレアナは去り際に僕の肩をポンと叩いて、その場を後にする。
「貴方が…クレイヴですか?」
向こうから話し掛けてきた。
物凄く優しそうな人、優しそうな声音だった。
純白の外套を身に纏い、それに負けないほどに白い肌をしていて、優しく微笑んでいた。
綺麗な琥珀色の瞳、真っ白な髪。
その髪を後ろに伸ばし、腰の辺りで一つに纏めていた。
こめかみのすぐ上に小さな花びら形の髪飾りを付けている。
全身真っ白なその姿は、清楚で純潔で穢れ一つなく、加えて神々しさすらあった。
そして、何よりも美しかった。
姿も、顔も、立ち居振る舞いや居住まいも何もかも。
僕は思わず固まる。
「あ、はい…えっと…。」
「フフッ…そう緊張なさらずとも結構ですよ。
名乗り遅れました。
私はディーナス…ミレアナの姉です。」
そう言ってゆっくりと頭を下げた。
僕も慌ててそれに倣う。
「えっと…僕はクレイヴ・アウデンリート…って、知ってるか。
その…ディーナス。
僕を求めたのは…キミ、なの?」
「はい。
私が、ミレアナに貴方を連れてくるように命じました。」
「どうしてそんなことを?」
「ミレアナから既に耳にしたかと思いますが、この世界で種族間の紛争が始まると懸念されていました。
そして、既にプロトン帝国がパルケニア王国へ攻撃を加え始めました。
このままではクリニーズ・ジーニアス大戦のような争いが世界中を巻き込み、戦火が拡がってしまいます。
それを止める力として、貴方の力が必要なのです、クレイヴ。」
真剣な顔で淡々とディーナスが語った。
優しげな顔とは裏腹に、決意に満ち満ちた瞳をしていた。
これがミレアナの姉だなんてとても思えない。
「力が全てなの?」
「……表面上ではそうです。
そうでもしないと、この村の者たちは納得しないでしょう。
デルトリアの力が必要だからこそ呼ぶのだ、と。
この村は先代の思想が未だ色濃く、フェアライト以外の種族を毛嫌いする傾向にあるからです。
不快にさせたのであれば、長としてお詫び申し上げます。」
「あ、ううん…大丈夫だよ…もう慣れてしまったし。
だけど、それがこの村での風習ってことだね。
それで、キミはどう思うの? キミもデルトリアの力を恐れていたり、毛嫌いしたり…。」
「そのようなことはしません。
私は貴方だからこそ、ここにこうして呼びました。
この村を救い、この世界を救い、私たちを救ってもらうために…貴方の力が必要なのです。」
「力だろ? 結局はキミも…。」
「力は……人を傷つけるものだけが力ではありませんよ、クレイヴ・アウデンリート。」
まっすぐ僕を見つめてきた。
何を言っているんだ? 何が言いたい? 何がしたい?
さまざまな思考が巡る。
ディーナスは続けた。
「力とは確かに傷つけ、破壊するために存在すると捉えがちです。
しかし、それは自己のために使い、自己のために振るうからこそ、破壊のための力としかならない。
例えば、貴方が持つその神剣。」
ディーナスは僕の背にある神剣・ラシアを指差す。
赤光する刀身は、表面ではうんともすんとも言わないただの剣。
どこにでもありそうな一振りの剣。
「その剣は人を傷つけ、世界を壊し、滅ぼすほどの力を秘めています。
しかし、それを扱う者が自分のために使わない限り、そうした結果にはなりません。
世界を愛し、世界を救うために振るう力が、世界を滅ぼすに至るはずないのです。
貴方は愛する家族を殺そうなどと考えますか? 愛する人を傷つけ、苦しめようなどと考えますか? 世界を、人を、自分を愛する者が持つ力は、平和を構築すると思います。」
にこっと微笑みながら言う。
それでも、何かを必死に伝えようとする意志を感じた。
嘘偽りなく、純粋に思っていることを口にし、僕に対して真っ直ぐに伝えてくれている、そう感じる。
「勿論、それが正しいことか間違ったことかは分かりませんし、それが絶対ではありません。
それでも、私は信じています。
だからこそ私は人のため、誰かのため、世界のため、貴方の力を欲しているのです。
そして同時に、貴方という存在を知りたい。
しっかりと貴方を知り、愛し、貴方を大切に想い、貴方の存在を受け入れるために…。
知らなければ、愛することも、大切に想うことも、受け入れることもできませんからね。」
僕は微笑みながら言う彼女の言葉を聞き、正直驚いていた。
今まで考えたことなんてなかった。
人のために自身の力を振るう。
誰かのために破壊の力を使うなんて考え。
僕にとってはとにかく新鮮だった。
『「活人剣」と同じ考えということですね。
古代の考え方で、正しい心の持ち主が力を持ち、正しい心の持ち主が力を振るって人を生かす…といった思想。
まぁ、人殺しを正当化しそうな、そんな矛盾性を孕んだ思想の一つではあるんでしょうけど、それもまた一つの考え方ですよ。』
独り言のようにラシアが呟く。
人を殺すもので、人を生かす。
ディーナスは僕に活人剣のようになれというのだろうか?
「とにかくこれが、私が貴方を呼んだ理由です。
あまり時間はありませんが、時間がなければ決め兼ねる事柄かと思います。
この家の隣に空き家があります。
そこで今日は休息をとり、答えが見つかれば私に言ってきてください。
決まらなくても、ここに居続けていただいても結構ですからね。」
クスッと笑いながらそんなことを言った。
つまり、この地で何もしなくても出て行く必要はないということだ。
寝る場所がない僕としてはありがたいけど、フェアライトにとって、彼女にとっては損しかない。
裏切られる、なんてことは考えないのだろうか? いや、もしかしたら僕を知ろうとしているのかもしれない。
そして、僕という存在を知りながら、愛したり、受け入れたりしようと考えているのかもしれない。
兵器であるはずの僕を…。
「ごめん、やっぱり、もう少しだけ…あと少しだけ、待ってもらえるかな? 心の整理をつけたい。
力を貸すことは決まってることではあるんだけど、それ以上にもっと考えたいことがあるんだ。」
僕は困惑していた。
力を貸そうと決意しているのに、力を貸せない心持ちという、矛盾した考えを持ってしまった。
この状態で仮に力を貸したとしても、ディーナスの思い描くほどの活躍はできないと思った。
「そうですか…まだ時間はありますので、じっくりと考え、悩み、お決めになられてください。
それでは、今日は色んなことがあって疲れたでしょう? ゆっくりとお過ごしください。」
ディーナスは嬉しそうに満面の笑みを向けてきた。
僕はその笑みを最後に振り返り、部屋を後にした。




