第十一節「赤髪の少女」
とある一室。
そこには様々な研究機具や研究資料が所狭しと乱雑し、天井や壁には無数のパイプが張り巡らされ、いくつもの培養槽が立ち上っていた。
それらの前で一人の黒い外套を身にまとう人物が居た。
フード付きの外套を目元までフードで隠している。
「すべては計画通りだ。」
男はひとつの培養槽に手を添えて呟く。
その培養槽には小さな全裸の少女が、目を閉じて培養液に浸かっていた。
燃え盛る炎のように赤く長い髪。
幼い顔立ち。
異常なほどに白い肌。
その肌が彼女の赤髪を、より一層強調しているかのようだった。
「バラのように赤く、美しいお前を、お前の声を、お前が動く姿を、いつになれば見れる? 何が足りぬのだ? いつになれば其方はパルケニアのために力を振るってくれるのだ? よもや、これ以上の力を求める気か?」
男は培養槽の前で、動かぬ少女に語り掛ける様に尋ねた。
口ぶりからパルケニア王国の力となるために、人外なる少女が創造されていることがわかる。
しかし、少女は眉ひとつ動かすことなく、ただ培養液に浸かりながら目を閉じていた。
『殿下、いらっしゃいますか?』
研究室の外から声を掛けられる。
男の声質だった。
「無論だ。
用があるなら入れ。」
『失礼します!』
外から返事が返ってきて、研究室の自動ドアが開き、軍服を着た男が入室した。
黒を基調とした服に、漆黒の制帽を被り、制帽には黒い十字の紋章が付いている。
黒い十字はパルケニア王国を象徴する紋様である。
黒革のベルトを腰に巻き、バックルには鷲のバッチが付いていた。
右肩には大きな三ツ星が刻まれた肩章があり、そこから右胸ポケットに向けてランヤードが伸びている。
更に左胸には数多くの勲章が付いており、彼が国家の大幹部であることが見て取れ、黒光りするほどに磨き抜かれたブーツがそれをまざまざと見せつけている。
軍服を着た男は外套の男の前に来ると跪いた。
「殿下、ご報告申し上げます。
先日、帝国軍の侵攻があり、王都が甚大な被害を被りました。
おそらく例の、被検体666デルトリアの一件からでしょう。
あの者の捕獲のために侵攻してきた可能性があります。」
「………続けろ。」
男の淡々とした説明を、培養槽から目を離すことなく聞き、ボソッと一言呟く。
「はっ! 王都攻撃は数時間の内に収束。
恐らく、被検体666がデルトリアとしての力を一部覚醒・開放したためと思われます。」
「能力は?」
「周囲のエアロイズ濃度と、エネルギー量から察するに、コンディションレベルはさほど高くありません。
所詮は暴走から力の一部が奔流しただけと思われます。
よって、いまだ神剣対抗にはほど遠く及ばないかと。
しかし、それでも神剣を持たない一兵士であれば、何万を相手にするのも容易いかと思われます。」
「なるほど…データは取ってあるか?」
「はっ! その場での観測に成功し、今はシミュレーションに回しております。
力の奔流程度でどれほどの力を発揮したかは明確に再現でき、それも時間の問題かと。」
「そうか…。
データの再構築が完了したら直ちに我が元へ送れ。
他、何かあれば申せ。」
相変わらず体は向けずに言った。
男の目線は培養槽に向けられている。
しかし、どうやらいつものことのようで、兵士もかまわず淡々と続けた。
「はっ! では、もう一つだけ報告させて頂きます。
帝国軍が撤退した後なのですが、今日の朝方、強大なエアロイズの柱が立ち上り、その場所は被検体666を保持していたアウデンリート邸宅だということです。」
「なるほど…柱…誰か協力者が居るな。
恐らくフェアライト…被検体の身柄を確保するためだろうが…。」
「いえ…それが…。」
ここで初めて男の言葉が濁る。
まるでこの場で言おうか否かを迷っているかのようだった。
それを瞬時に感じた外套の男は、初めて兵士のほうに体を向ける。
その顔は外套のフードで隠れていて、伺い知ることはできない。
「申せ。」
一言だけ告げる。
威厳に満ちたその声音に、軍服の男は慌てた様子で口を動かした。
「は、はっ! …その、エアロイズの柱自体が強大なエネルギー量を発していたのは前述のとおり。
しかし、それ以上のエネルギー量を放つものがありました。
そのエネルギーを今は解析中ですが、恐らく、構造から察するに、神剣の理力のエネルギーと思われます。」
「神剣の…理力だと? ……確かか?」
軍服の男の言葉に、驚いた様子で口を開いた。
外套のフードで顔が隠れているため、その顔を垣間見ることはできない。
しかし、決して少なくない驚きを孕んだ声質だった。
「はっ! 理力に関してはほぼ確定しました。
すでに憶測の域を超え、ほぼ間違いないかと。」
「神剣の種は?」
「あれほど巨大なエネルギー、圧倒的に強い存在感を放っていたのを考えると…恐らく、ユーラシアの神剣です。
他の神剣で最も強大な力を放つ、二振りの剣の一振り。」
「ッ!? まさか…アウデンリート邸に隠されていたということか!?」
「それ以外に考えられません。
仮にユーラシアの一振りでなくとも…それと並ぶほどに強大な神剣であることに変わりありません。」
そう言って軍服の男は頭を下げる。
それにお構いなしに外套の男は何かを考えていた。
「……そうか…報告ご苦労。
他、報告事項が無いのであれば下がってよいぞ。」
「はっ!」
「貴様には苦労を掛けるな。」
「滅相もありません! 殿下の為に力を振るうこと、至極光栄に思います。
私は殿下の直臣、ヴォルデ・シュレンベルガーです。」
「そうだったな…期待しているぞ。」
「ははっ! では、私はこれにて…。」
踵を鳴らし、こめかみに指先を当てながらの敬礼をして、兵士が研究室から出て行く。
部屋には数多くの培養槽と外套の男のみとなり、静けさが空間を支配する。
男はしばらく考え込んでいた。
やがて楽しげに笑い始める。
「ククク…フフッ……フハハハハハハ!!!!! 面白い!! 実に傑作だ!! 666はやはり、他の欠陥品とは違うらしいな。
ユーラシアの神剣を手に入れるなど…普通ではない。
あれほど捜し求めていた神剣が今、デルトリアの下にあるとは…。
フッ…しかし、それ以上の秘策は我にはある。
のぅ、『フェルティナ』よ…。」
彼の呼びかけに答えるかのように、培養槽の中の少女は瞼を僅かに動かす。
それを見て外套の男も、ニヤリと不気味に口角を上げた。
「そうだ…それで良い。
早く、早く我が手となり足となって世を平定しようではないか。
『フェルティナ』、其方がその狭い世界を壊して出てくる日を楽しみにしているぞ。」
男は培養槽に触れながら呟く。
その言葉に赤髪の少女はピクリとも動かない。
まるで話すよりも、力を蓄える事に専念しているかのようだった。




