第十三節「ラシアの気持ち」
ディーナスの家の隣。
形も大きさもさほど違いはないみたいだ。
僕は扉を開けて中を覗く。
ディーナスの家と同じような、装飾品で彩られた広い空間が視界に入ってきた。
僕はその部屋に足を踏み入れる。
中央に丸いテーブル、その周りに椅子が数脚配置されている。
左端にベッドがあり、右端に暖炉。
ベッドの近くに本棚、暖炉の近くに食器棚が配置。
扉を開けた前方とベッド、暖炉の近くにはそれぞれ小さな小窓があった。
真ん中から開ける形式の窓のようだった。
『さて主、これからどうするんですか?』
『決まってるよ。
フェアライトに力を貸す。』
部屋に入ると突然、ラシアが話しかけてきた。
僕の心はすでに決まっていた。
フェアライトに力を貸すことだけだ、と。
『しかし、主自身も少し迷っているからこそ、ここにこうして来た。
フェアライトの力になること自体は、確かに決まっているかもしれませんけど…あの場で即決しなかったのには、心の底では迷いがあるからでしょう?』
確かにそうかもしれない。
ラシアの言う通り、あの場ですぐに決められなかったのは、自分の中で迷いもあったかもしれない。
だけどそれ以上に…。
『迷いよりも、困惑のほうが大きいんだ』
『困惑?』
『うん。
ディーナスは誰かのために戦おうとしていた。
その対象が世界だったり、人だったり…それらを救うために僕の力を必要としていた。
僕の力をそんな風に見る人は今まで見たことがない。
父さんたちですら、僕にこんな力を持たせたこと、こんな存在として生み出してしまったことを悔やんでいた。
父さんも母さんも、僕という存在を必要としていても、この力は必要じゃないって思っていたんだ。
だけど、ディーナスは僕の力が必要だと言い、それ以上に僕を理解しようとしている。
僕の力も、僕の存在も認めてくれる。
それが初めてだったから、困惑してしまったんだ。』
『なるほど…そういうことですか。
それで、今のお気持ちはどうですか? 協力するか、否か。』
『いや、協力すること自体は変わりないんだ。
ただ、父さんたちとは違った愛情を感じて驚いてしまっただけ。
それで一つ、心の整理がしたかった。』
僕の考えは変わらず、フェアライトに協力すること。
それでも小さくない驚きや困惑があった。
だから、こうしてここに来て考えたかったんだ。
『じゃ、今日は休んだほうが得策じゃないですか? 本心が決まってるのなら、明日以降に話しても何も問題はないでしょうし。』
『…そう、かもね…』
ラシアの言われ、僕はベッドに近づいて横たわる。
ミレアナと会ってまださほど時間が経っていない。
父さんも母さんも、昨日に死んでしまったばかり。
僕の中でも未だ整理は付かないでいる。
本当に死んでしまったのかとも思う。
でも、二人とも目の前だった。
殺された瞬間。
殺された光景。
殺された音。
五感を刺激した二人の死の瞬間。
僕は何もできずに終わった。
そして、二度と繰り返さないと誓った。
大切な存在は僕がこの手で護る。
そのためにラシアを手に入れた。
誰かを守れるだけの力。
生かすための力。
破壊するための力が人を救う。
矛盾性を孕んだその思想は、「活人剣」といった。
ラシアの力はまだどんなものかは分からない。
でも、きっと大きな力を秘めているはずなんだ。
『そういえば、主は私の力を知らないですよね?』
『あぁ…そうだね』
『私の力は決して何かを護れるような力ではありませんよ。
護ろうとしても、結局はその人を殺すことになってしまいます。
貴方が使っても、誰が使ってもそれは変わりません。
ディーナスさんに言われて、人を救えるだとか、世界を救えるだとか考えているかもしれませんけど、私を使う限り、救うなんてことはあり得ません。
私は武器であり、破壊するために存在し、主がいかに優れた人格者であろうと、破壊は破壊です。
主の心意気に左右される武器ではないことを勘違いしてはいけませんよ。』
ラシアはどこか悲しそうに、それでいて忠告するような言い方をした。
結局は人を殺してしまう力。
破壊してしまう力。
護るためでも、人のためでも、世界のためでも、破壊の力であれば破壊以外は生み出さない。
それが武器というものだから、ディーナスの言葉に浮かれてはいけない、そう言いたいのだと思う。
『それに、デルトリアとなれば尚更です。
ただでさえ神剣の私が強大な力を持っているのに、全種族で最強のデルトリアである主が握ってしまえば、それは破壊以外の何を生むというのでしょうか。
神剣は使い手の技量と力によって左右するんです。
ただでさえ普通じゃない強さを誇る、デルトリアの主が普通じゃない威力の武器を手にする……まさに鬼に金棒状態ですよ。
…主は悲惨な過去を払拭して、私を使おうとしているのかもしれませんけど、私はその望みにかなうパワーバランスではありません。
主が考えるようなことは、万が一にも不可能です。』
ラシアの言葉も尤もだった。
実際、僕自身もラシアを扱いきれるかと訊かれればどうなのか分からない。
あの時と同じように頭が真っ白になって暴走することも考えられる。
それに強力な使い手が強力な武器を手にするのだから、破壊以外のことをこなす
方が、現実とは逸脱している行為であることは明白。
それでも、僕はラシアほどの力があれば、大切なものの一つや二つを護れることができると思っている。
たとえ何かを犠牲にしてでも、それは成し遂げないといけない。
武器を持った暴漢が家族を殺そうとしているのを黙って見るなんてできないし、その暴漢の犠牲のもとで家族を救えるのなら、それでいいと思う。
『そんなものは関係ない。
確かに不安要素はたくさんある。
でも、それ以上に…キミの力を使えば、助けられないはずの人を助けられそうな気がするんだ。』
『それは…そうかもしれませんけど…。』
『だから気にしなくてもいいさ。』
ラシアは何か言いたげな雰囲気で呟いていたけど、僕は気にしないように半ば無理矢理に受け流した。
とにかく今の僕は休みたかった。
休んで気持ちを整理したかった。
僕はゆっくりと目を閉じる。
徐々に意識が遠のいていく。
意外と体は相当な疲労を募らせていたらしかった。
_____
主は寝ました。
寝息が聞こえます。
よほど疲れていたのかもしれません。
無理もありません。
たった一日のうちに立て続けに両親を失ってミレアナさんに付いて行く事になってしまったんですから。
私は主とは会ったばかりです。
主のことはまだよく分かりませんが、大体は理解しました。
主はすぐに自分を責めたり、デルトリアであることを極端にコンプレックスとしているようです。
それと同時に大切な存在を護れなかったことに対して、自責の念を抱いているみたいです。
私は神剣。
主には私という武器を使いこなせるように、成長していただく必要があります。
その支援は私の役目です。
主の心の問題も、私が解決してあげなくてはなりません。
幸い、私の気持ちは主に届く。
本来は届かない私の気持ちを、主はいとも容易く受け止めてくれました。
それだけ心が純粋で、私との同調率が高かったのでしょう。
そんな主と私ですが、主自身は私を使って大切な存在を護ろうとしています。
でも、私はそのために造られたものではありません。
自然の中で、神によって創られた神剣は、世界の消去のために存在し、そのための道具です。
つまり破壊でしかないのです。
それがデルトリアである主の手にある。
主はそのことに気づいていません。
恐らく、フェアライトのミレアナさんやディーナスさんも気づいていません。
決して私は「活人剣」にはなれない存在です。
もし、このことを主に言ってしまえば、きっと私は封印されてしまうでしょう。
ようやく見つけた主人を、私は手放したくありません。
これは私の我侭。
それでも、初めて私を手にし、私の気持ちを理解してくれた主のそばに、もう少しだけいたいと考えています。
それが私の願いであり、私の気持ち。
この気持ちは、もう少しだけ心の中に留めておこうと思います。
そして主…願わくば、この寝息を立てている間だけでも安らかでありますように…。




