第七話「形見のブレスレットの紛失」
欧米では庁舎での結婚式は安価で一般的、という背景を基に本作を書いています。
麗しき国レジェリアの首都リーガル・シティの南方にある海辺の港街ハーバータウン。その街にあるコーヒーショップ“ルビー”で。
「来月は恒例の港街フードフェスね」
焼き菓子の配達を終えたマリルーはエドウィンとともにコーヒーをごちそうになりながら、笑顔で言った。毎年8月に街の港周辺で大規模なフードフェスティバルが行われることになっていた。今までもルビーは出店しており、今年も出店すると思ってメイに話題を振ったのだが。
「それなんだけど、今年は参加するかどうか、迷っているのよね」
「え? どうして?」
「去年までアルマさんがいてくれたけど、今年は私一人でしょう? エドもルーもいないし」
そう。実は二人はこの夏休み、ユリウスが紹介した長期アルバイトをすることになっていた。
「そっか……まあ、メイが決めることだからな。……あ。ところでライリーを覚えてる?」
「ええ、もちろん」
「実はユリウスさん紹介の長期バイト、彼も一緒なんだ」
「え? そうなの?」
「ああ。ひと月前の観光以来、彼はタオのチケット会員になったんだけど、この前来た時……」
とエドウィンはライリーとの先日のやり取りを話し始めた……
「夏休み中に金を稼ぎたいが、いいバイトがねえんだよなー」
稽古の合間の休憩時間。ライリーが水を飲みながらエドウィンに零す。エドウィンは彼の話を黙って聞いていたが、割のいいバイトをすることが決まっている身でそれを話さないのは不誠実だと思い、彼にユリウス紹介の短期バイトについて話すことにした。
「……実はヴァルム・コンツェルンのリゾート施設で、サマー・パーソナル・サポートスタッフを募集しているんだが、興味があるか?」
「ヴァルム・コンツェルンだって!? すげぇ! どんなことすんだよ?」
「一言で言えば、“非公式なコンシェルジュ・サービス”だ。専任のコンシェルジュはいるけど補佐として、彼らが対応できないような急なペットの世話だとか子供を預かるとか、顧客の個人的で突発的な依頼に対応する仕事だよ」
「へぇー…面白そうじゃねえか。エド、お前は? 応募すんのか?」
「俺とルーは既に働くことが決まっているんだ。もしやる気があるなら、お前のことも話してみようか?」
「なあんだ、そうなのかよ。なら頼む、絶対に雇ってもらってくれ! コネがあるなら使わなきゃ損だろ!」
ライリーに思わぬ勢いで迫られて、エドウィンは些か戸惑いつつも引き受けたのだった。
「ライリーさんが一緒なら賑やかになりそうね。」
とメイが微笑み、静かな決意を秘めたように続けた。
「……私、ね。これがいい機会だとも思っているの。私、今まで二人に頼り過ぎてたな、って。これからは自転車で配達して、ヴェリディアの顧客の注文も一定数以上を送料無料で受けることにしたの。フェスへの参加もイベント会社の担当者に相談しようと思ってる」
「メイ……」
マリルーが感心したように呟いた、そのとき。
「メイ!」
ルビーのドアが勢いよく開き、三人がよく見知った顔が現れた。
「え……キャシー?」
元同級生のキャシーだった。彼女はすぐに双子の存在に気づいた。
「エドもルーも久しぶりね! メイ! 今からアイシングクッキー160個、作れる!?」
「ひゃ……160個?」
「そう、ゲスト80人分、計160個! ウェディング・フェイバーズの手配を忘れていたの!」
「「「ウェディング・フェイバーズ!?」」」
「そうよ! 私、一週間後に結婚するの。ゲストに感謝の贈り物を用意してないなんてあり得ないでしょ?」
皆、キャシーの宣言に驚いて彼女を見つめた。
結局。元同級生の頼みを無下にすることもできず、キャシーの注文を引き受けたのだが……
「ごめんなさい……今まで二人に頼り過ぎてた、って言ったそばから……」
「いいって! 俺たちにとっても新婦は元同級生だからさ」
「そうよ。今は夏休みだし、ね?」
申し訳なさそうに言うメイに双子は快く協力することにしたのだった。
結婚式は一週間後の土曜日に迫っていたが、大量注文のため、まずは材料を仕入れねばならなかった。
そして式を三日後に控えた、ルビーの定休日である水曜日。メイとエドウィン、マリルーは店の奥の作業部屋に集まっていた。
「今から引き出物用のアイシングクッキー、招待客80人、1人2個ずつ、全部で160個の作成に取り掛かります」
メイが宣言し、既に焼き上がってバットに盛られたハート型クッキーを、調理用ゴム手袋を嵌めた手で一つ摘まみ上げた。
「ここに昨晩焼いたクッキーが60個あるわ。私があと100個のクッキーを焼く間、二人にはクリームを塗ってほしいの。私が1セット作ってみせるから、それを真似て」
二人が来るのに合わせてメイが周到な準備をしていたのは明白だった。彼女は片手にクッキー、片手に絞り袋を持ち、表面を白く塗っていく。塗り終えるとクッキングシートを敷いた浅型角バットの上に置き、次に二枚目のクッキーを別の絞り袋を使って薄ピンク色に塗る。それからさきほどの白く塗ったクッキーの縁の内側に薄ピンクのハートの線を、そのハートの中に新郎のイニシャル“B”というアルファベットを描いた。そして再び薄ピンク塗りのクッキーを手に取り、対称になるように白い線と新婦のイニシャル“K”を描く。
「ふぅ、これで1セットよ。アイシングクリームはたっぷり作っておいたけれど、なくなったらそのときは教えて? あとバットがいっぱいになったらお店の方のテーブルに置いてね」
作業部屋の作業台もそれなりの大きさだったが、製作にはスペースが必要だった。双子が頷くとメイが続けた。
「バットをすべて使い切ったら、一旦作業を中断してパッケージングに入ります。……質問はありますか?」
「大丈夫。とにかくやるしかないな」
「気の遠くなるような作業だけど、頑張るわ」
エドウィンとマリルーは大きなマスクをした顔で頷いた。
*
キャシーの結婚式当日。エドウィンとマリルーはウェディング・フェイバーズを届けるため、キャシーが市民婚をする街の庁舎へ向かった。夏は長期休みが取れる人が多いため親戚も友達も集まりやすく、結婚には人気の季節である。
「……本当に、80人分すべて作り終えることができてよかったわ」
「同感だ」
マリルーが助手席で呟くと、エドウィンが相槌を打つ。
一昨々日の水曜日。メイは前日の夜に作り寝かせておいた生地をひたすら伸ばし型を取ってクッキーを焼き、双子は一心にアイシングクリームを塗り続け、バットが埋まるとアイシングが乾いたクッキーをラッピング袋に入れ、再び作業に戻る、ということを繰り返した。昼はメイがランチセットを用意してくれたものの、午後までかかった。
式開始一時間前。庁舎に着くと、二人はホールに向かった。キャシーからの伝言で、ホール入り口の受付に渡してほしいということだった。庁舎内は婚礼に関わる大勢の人が行き来しており、ざわついた雰囲気だ。
受付には『来てくれてありがとう! 一人一つずつお持ち帰りください。 ボブ&キャシー』と貼り紙された大きなバスケットが設置されており、受付嬢に言われて双子はそこに配達用の箱に詰められたフェイバーズを慎重に入れていく。
それらを納品し終え、受け取りのサインをもらい、二人は帰ろうとしたのだが、そのとき。
「大変よ! キャシーが身に着けるはずだったブレスレットが見つからないって!」
と恐らく親戚だと思われる、慌てた様子の少女が駆けてきた。
「エド……」
「ああ」
こんなとき。双子がどうするかは、決まり切っていた。
「エド! ルー!」
控室を訪ねてきた二人にキャシーは驚きの声を上げた。
「キャシー、結婚おめでとう」
「おめでとう。私たち、あなたのブレスレットがなくなったって聞いて……」
マリルーの言葉にキャシーはすぐに現実を思い出し、顔を曇らせる。
「ええ、そうなのよ。ブレスレットはおばあちゃんから譲り受けた大切なもので、式で身につける予定だったの。特に高価なものってわけじゃないけれど、私には大切なものよ。絶対にここに置いたはずなのに……」
「それなら誰かが盗んだ可能性が高いわね。ブレスレット自体、それほど高価ではないなら、金銭目的ではないかもしれないわ。個人的な恨みか、それとも嫉妬かしら……」
「とりあえず、状況を詳しく話してくれないか?」
マリルーとエドウィンの言葉にキャシーは頷き、溜息交じりに話し出す。
「たった今、式のリハーサルから控室に戻って来たところなのよ。私がリハーサルのために部屋を出たのは30分前。それまでは確かにこのテーブルの上に置いてあったわ」
とドレッサーの傍の小テーブルに片手を置く。
「この部屋にはあなたの他に誰かいた?」
「ううん。その時は誰も。ママも部屋の外で親戚と話していたし」
「お母さんと親戚の人が部屋の外で話していたのなら、控室に出入りした人を見ているかもしれないな」
いつもならばそこで聞き込みして情報を集めるのだが、エドウィンはハタと思い止まった。
「……見ているかもしれないけれど。今は犯人が誰かよりも、ブレスレットを見つける方が先だ。もう、式まで時間がない」
「そうね。盗んだものを犯人がそのまま持っているってことはないと思うわ。どこかに隠したか、或いは捨てたか……」
エドウィンは控室を見回した。
「控室は狭い。ここに隠してもすぐに見つけられてしまうだろう。隠すとしたら、控室以外の場所に隠すはずだ」
彼は控室と隣接する、スタッフルームに目を向けた。スタッフルームの窓は古く、開けっ放しで、窓の外には庁舎裏手の植え込みが見えた。
「ルー。もし犯人がブレスレットを一時的に隠したかっただけなら、スタッフルームの窓から外の植え込みへ投げ捨てたと考えるのが、最もしっくりくると思う」
「ええ。心理的にも、盗んだものを持ちながら大勢の人が行き来する控室の外に出るというのは考えにくいわよね」
「よし、二人で植え込みを探そう」
「OK」
二人はすぐに庁舎の裏手へと向かった。
エドウィンとマリルーがスタッフルームの窓に近い植え込みを探すと、花に引っかかっていたブレスレットを見つけた。
形見のブレスレットは式が始まる前に花嫁の手元に戻り、婚礼は滞りなく行われた。
「……結局。犯人はわからなかったな」
庁舎からの帰り道。エドウィンが祖父の車を運転しながら、隣に座るマリルーに言った。
「ええ。警察を呼べばアリバイの確認や指紋の照合ができたかもしれないけれど……そこまでしてせっかくの婚礼を台無しにするのはやっぱり、ね。ブレスレットもキャシーの手に戻ったんだから」
「それもそうだな。二人が幸せならそれでいいさ」
エドウィンの答えにマリルーは微笑んだ。
「ええっ!? 形見のブレスレット紛失事件!?」
納品の報告をするためにルビーに立ち寄った双子が庁舎で起こったことを話すとメイは驚いて言った。
「まあ、すぐに見つかったんだけどね」
「でも犯人はわからずじまい」
双子がやれやれ、という風に答えて。
「でも、婚礼は無事にできたよ」
「キャシー、幸せそうだったわ」
そう言って笑った。メイも微笑んで。
「そう。よかったわ」
胸を撫で下ろしたのだが。ふと思い出したように悪戯っぽい笑みを浮かべて、棚から何かを取り出した。
「クッキーが割れたりアイシングに失敗したときのために何枚か余分に焼いておいたんだけど、余ったから作ってみたの♡」
とエドウィンにそれを見せる。それは先ほど双子が納品したウェディング・フェイバーズにそっくりな、白と薄ピンク色に塗られたハート型の、きれいにラッピングされた2枚のアイシングクッキーだった。だがある部分が異なっている。
「JとE? 新郎新婦のイニシャルはBとKなのに?」
エドウィンが首を傾げると、マリルーがニヤニヤしながら。
「いつもみたいにユリウスさんに送ってあげたら?」
と言って兄を肘で小突く。ユリウスの名前を出されたことでエドウィンもその文字の意味に気づいた。赤くなり、口をぱくぱくさせる。
「な……こんなの、送れるわけないだろ? 冗談にしても悪質過ぎる……」
「……と言うと思って今、写真だけ送ったわ」
してやったり、という顔で手に持ったスマホ画面をエドウィンに向けるマリルーに、今度こそ彼の顔は真っ赤になった。
「お、おま……ルー、お前、何てことするんだ!? ……はっ、それよりも早く説明を……」
エドウィンが慌ててスマホを操作し始めるが。
「うわっ!?」
すぐに電話が掛かってきた。まるでお化け屋敷の扉を開けるときのような顔で躊躇った後、エドウィンが電話に出る。今回はスピーカーモードにはしなかった。
「あ、あれは違うんです。メイとルーの悪ふざけで、……は、はい。不快にさせてしまったなら謝ります。……あ、バイトの件、よろしくお願いします。それでは……」
電話を切ると、エドウィンは大きく肩で息を吐き、キッとマリルーを見て。
「……今度こんなことしたら、許さないからな」
と低い声で警告したが、メイもマリルーも赤い顔で言う彼を不覚にも可愛いと思ってしまったのだった。
その夜。メイは店舗二階の居住スペースで、両手で包み込むように、何かを大事そうに持ち、見つめていた。彼女の手の中にはきれいにラッピングされた中に、二つともMという文字が描かれたハート型のアイシングクッキーがあった。
「……いつか、叶うといいな」
メイは夢見るようにホゥ、と小さく溜息を吐いた。
かくして。それぞれの想いが交錯する中で「形見のブレスレット紛失」事件は幕を閉じた。今日もハーバータウンは平和である。
~第七話 終わり~




