第四話「学園祭の迷子」
欧米の大学の学園祭は日本のようにサークルやクラブ、研究室が屋台や催しをしませんが、本作では日本の学園祭に準拠しています。また、民間の業者が学園祭でブースを得ているのは創作です。
麗しき国レジェリアの首都リーガル・シティから少し離れた海辺の港街ハーバータウン。双子が住むその街から首都に向かって車で30分ほど走ったところにある都市ヴェリディアに、彼らが通うヴェリディア大学はあった。
そして今日は大学の学園祭である。年に一度の祭典である今日の構内は学生や一般客でごった返していた。
「兄様の想い人、エドウィンに会うのが楽しみだわ」
亜麻色のロングヘアーに朽葉色のヘアバンド、オリーブ色のワンピースを合わせたユリウスの妹クラリッサは兄と一緒に構内を歩きながら、笑顔で言った。クラリッサは15歳。大きな鳶色の瞳の美少女で身長が低いわけではないが、185㎝ある兄と並んで歩くとやはり小柄に見える。
「ああ、まあ……」
とユリウスは歯切れ悪く答える。妹と同じ髪と瞳の色である彼の今日の装いはカーキ色のボタンダウンシャツにベージュのスラックスと、兄妹揃って落ち着いた色合いで纏めており、彼ら的には目立たない恰好をしてきたつもりだったが、この美形な兄妹は遠目からでも目を引くオーラがあった。
「ほとんどの大学の学園祭は秋なのに、ヴェリディア大学は春なのね」
クラリッサが呑気に呟く。ことの発端は数日前。エドウィンの通うヴェリディア大学の学園祭をネットで知ったユリウスは早速彼に連絡を取って会う約束を取り付けたのだが、久しぶりに会えることが嬉しくて傍目にわかるほどウキウキしていたらしく。結果、妹に感づかれて全て話さざるを得なくなった挙句『私も連れていって』攻撃に遭い、今に至る。
――午後二時からのエドの武道演武まで一緒に観て回って、演武が終わったら改めて近隣のカフェでお茶しようと思っていたのだが……
妹がいてはもはやデートではなかった。ユリウスは心の中で溜息を吐いた。
「それにしても。兄様がピンチの時に颯爽と現れて助けてくれただなんて、すっごくドラマティックな出会い方ね!」
両手を組み合わせ目をキラキラさせながらクラリッサが話すと、ユリウスはエドウィンとの最初の出会いを思い出して微笑んだ。極秘の商談の帰り道、チンピラ数人に囲まれたユリウスは痛い目に遭い財布を盗られることを覚悟したのだが、偶然通りかかったエドウィンが彼らを瞬く間に撃退した。
――一目惚れだった。
お礼をしようとして決して受け取ってもらえず、名乗らずに立ち去ろうとした彼に頼み込んで連絡先を交換してもらった。
――あれからずっとアプローチし続けているが、気づいてもらえていない。
だから今日の彼との約束はユリウスにとって“満を持して”とでもいうべき出来事だったのだ。
「フードコートはここを真っすぐよ」
「ああ」
大学のメインゲートでもらったパンフレットの地図を確認するクラリッサにユリウスは頷いた。今日はコーヒーショップ“ルビー”も出店しており、双子もメイを手伝っていることから、フードコートのルビーの焼き菓子ブースで待ち合わせることになっていた。
「エド……」
ユリウスはもうすぐ会える想い人の名を愛し気に呟いた。
「このまま行けば完売しそうだ」
ルビーの焼き菓子ブースの後ろに積んだ段ボール箱からパッケージングされた焼き菓子を取り出し、せっせと店頭に並べるエドウィンが売り子のマリルーとメイに言う。
「ルビーのインスタを大学の友達に共有した効果かしらね」
「本当に、ブースの抽選に当たってよかったわ」
二人とも嬉しそうに微笑んだ。
「そう言えばエド、ユリウスさんと会うのよね? 彼が来たら店のことはいいからゆっくりデートしてきて」
「へ? デートじゃない。案内するだけだ。第一、妹さんも一緒だっていうし」
「え……妹さんも一緒なの?」
マリルーが意外、といった顔をした。てっきり二人で会うと思っていたからだ。
「……まあ。学園祭は大勢で楽しむ方が“らしい”よね。あっ、あれ、ユリウスさんじゃない?」
「ほんとだ。俺、行ってくるよ」
エドウィンはエプロンを外してブースの外へ出た。
「エド!」
キョロキョロとブースを探していたらしいユリウスがエドウィンに気づき、真っすぐに向かってきた。近づくにつれて彼の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「エド、久しぶりだな。会いたかった……」
「お久しぶりです、ユリウスさん……わ!?」
ユリウスが思わずぎゅっと抱き締めてしまい、エドウィンが驚く。……が。
「んっんー!」
ユリウスの傍にいたクラリッサがわざとらしく咳払いしたことで彼は我に返った。
「ああ、紹介しよう。こちらは私の8歳下の妹、クラリッサだ」
「クラリッサです。クララと呼んでください。よろしく、エドウィン」
「エドウィンです。よろしく。俺のこともエド、って呼んで下さい。俺の妹マリルーと友達のメイも紹介したいけど……」
笑顔で握手した後にエドウィンが振り返ると、ブースには数人の客が並んでいた。
「……今はちょっと忙しいみたい。とりあえず三人で見てまわりましょうか?」
エドウィンの提案に兄妹は頷いた。
それから。エドウィンはユリウス・クラリッサ兄妹とともに食べ歩きしたり、様々な催しを観てまわった。クラリッサは多くのものに興味を示し、目を輝かせながら学園祭を満喫していた。
「わあ、二人とも見て! あそこのゲーム、面白そう!」
クラリッサが指差したのは屋台が並ぶ一角で、人がごった返している。
「順番が来るまで時間がかかると思うけど、並びますか?」
エドウィンが訊くとクラリッサは少し不満そうにしながらも好奇心には勝てなかったのか頷いた。そのとき。威勢のいい掛け声が聞こえ、応援団のパレードが三人のいる方に向かって行進してくるのが見えた。パレードの隊列が目の前を通り過ぎる轟音と熱気が辺りを包み込み、通路にいた観客がわらわらと脇へ避けた一時的な混乱で三人は人波に押され、他の二人を見失ってしまう。
十数秒後。パレードが過ぎ去り、再び視界が開けた。だが……
「クララ?」
ユリウスが周囲を見回すが、そこに妹の姿はなかった。そして彼は地面にあるものを見つける。
「これは……クララのスマホ……クララ!!」
ユリウスはスマホを拾い、半ば叫ぶように妹の名前を呼ぶ。
「落ち着いてください、ユリウスさん。クララさんは小さな子供ではありません。学内放送で呼びかけてもらいましょう」
「あ、ああ。そうだな」
今にも駆け出さんばかりのユリウスにエドウィンが冷静に提案すると、彼は多少の落ち着きを取り戻し頷いた。
「今から俺は放送室に向かいます。ユリウスさん、あなたは彼女が自力で戻ることも考えて焼き菓子ブースで待っていて下さい」
「わ、わかった」
ユリウスは動揺しながらもエドウィンの指示通りフードコートへと足を向ける。次にエドウィンはスマホを取り出した。
Edwin:ユリウスさんの妹が迷子になった。今から彼がそちらに向かうから、ブースで待機してもらってくれ。俺は学内放送をかけてもらう。彼女が戻ったらすぐに連絡を。
エドウィンはマリルーにラインすると放送室へ向かって駆け出した。
エドウィンは放送室に着くと事情を説明し、学内放送を頼んだ。
『えー…皆様にお知らせします。ただいま、学園祭に来場中の15歳の少女、クラリッサさんが行方不明になっています。オリーブ色のワンピースを着ています。お心当たりの方は、スタッフまたは本部までご連絡ください。また、クラリッサさんご本人がこの放送を聞いていたら、フードコートのルビーの焼き菓子ブースにお越し下さい。お連れ様がお待ちです』
スタッフが放送を終えるとエドウィンは礼を言って放送室を後にした。階段を下りながらスマホをチェックする。メッセージは来ていない。ブースに戻ってはいないようだ。
――見つかるまで俺は俺で探すしかないか。
だがこの広い構内のどこを探せばいいのか。隅から隅まで探し回るのは途方もない時間と労力が要る。そこでエドウィンははっとする。
――もしも。クララさんがスマホを落としたことに気づいていなければ、自分が心配されているとは思わないだろう。そのとき彼女が夢中になる何かを見つけたとしたら。
エドウィンが今日行動をともにした短い時間で、彼女が興味を引かれるものがあると目を輝かせてすぐに駆け寄っていったこと、ゲームの列に並ぶことを一瞬迷ったものの、待とうとしたことを思い出した。
――好奇心で頭がいっぱいになれば、ついそちらに行ってしまうかもしれない。
エドウィンはスマホを取り出した。
Edwin:クララさんがこの学園祭で興味を持っていたものに心当たりはありますか?
――彼女が興味を持っていて、まだまわっていないところがあれば、そこにいるかもしれない。
一縷の望みをかけてエドウィンはユリウスにラインした。返信はすぐに来た。
Julius:そう言えば、漫画アニメ研究会が気になっているようだった。
「漫研……」
エドウィンは図書館棟の裏に漫画アニメ研究会のブースがあるのを思い出し、駆け出した。
果たして。彼女はそこにいた。
「クララさん!」
ブースの前でパイプ椅子に座り、スタッフが懸命に何か描いているのをじっと見ていたクラリッサは名前を呼ばれて振り返った。エドウィンが駆けてくるのを見て驚いたように、大きな鳶色の瞳を更に大きく瞠る。
「エド……」
彼女は駆け寄ってきたエドウィンに小さく呟き、椅子から立ち上がった。
「探しましたよ! なぜここに?」
「なぜ、って……無料で一枚、好きなキャラクターを描いてもらえる、ってポスターに書いてあったから……」
「そ、そういうことじゃありません。あなたとはぐれたから、俺とユリウスさんは心配して探していたんです。あ、見つかったって知らせないと」
エドウィンはすぐにラインを送った。
「クララ!」
エドウィンとクラリッサがフードコートに戻ると、ユリウスは妹を見るなり駆け寄ってきて彼女を抱き締めた。
「この……馬鹿! どれだけ心配したか……」
クラリッサは兄に抱き締められて不覚にも鼻の奥がツン、として目に涙が滲んだが、次の瞬間ちょっと怒った顔で彼を引き離した。
「な……何よ、心配なら電話すればよかったじゃない!」
「お前、スマホを落としたことに気づいてなかったのか!?」
「えっ……!?」
クラリッサが慌ててポシェットを見ると、留め金が外れていた。
「ほら、私が拾っておいた」
「ごめんなさい、兄様……」
クラリッサは電話を持たずに迷子になった自分を兄がどれだけ心配したかを理解し、自身のスマホを受け取ったとき、素直に謝った。
「それにしても……エドが学内放送をかけてくれたのも聞こえなかったのか? 周りの人も?」
「もしかして……放送されたのが、漫研の隣の体育館でブラスバンド部が演奏会をやっていたときだったのかしら……?」
「……」
ユリウスは大きな溜息を吐き、改めてエドウィンに向き直った。
「エド、妹を見つけてくれてありがとう」
「いえ、見つかってよかったです。……ああ、そうだ。お二人にルーとメイを紹介しますよ。ルビーのブースへ……」
「エド!!」
エドウィンが言いかけた、その時。マリルーが大慌てでブースから駆けてきた。
「武道演武!! 2時からでしょう!? 早く行かないと!」
「!!」
エドウィンが腕時計を確認すると、開始まであと20分もなかった。
「やばっ! 早く行って着替えないと!」
エドウィンは急いで武道館へと向かった。
そして。何とか開始時間に間に合ったエドウィンは見事な演武で観客を魅了し、大きな喝采を浴びた。観客席の片隅で観ていたユリウスとクラリッサ、マリルーも、その勇姿に惜しみない拍手を送る。
こうして、地区武道大会優勝者エドウィンの武道演武は大成功で終わったのだった。
「焼き菓子、完売したわ」
マリルーたち三人がブースに戻ると、店番のために一人残っていたメイが嬉しそうに報告した。
「本当に!? やったわね、メイ!」
「……けれど、エドの演武、見たかったなあ……」
「大丈夫! ばっちり全部撮ったから。今、送るわね!」
マリルーがすぐにスマホを操作する。それを見てユリウスはマリルーに期待を込めて話しかけた。
「私にもその動画、送ってくれないか? 見るのに夢中で撮るのを失念してしまっていた」
「いいですよ」
「あ。私とも繋がって下さる?」
「ええ。もちろん」
兄妹に請われてマリルーは彼らとラインで繋がり、兄の方にエドウィンの動画を送信した。ユリウスは受信すると早速、動画を再生して画面の中の想い人を見つめ、微笑む。
兄妹はメイとも連絡先を交換し、ブースの片隅で少しの間4人で他愛もない話をしていたのだが、暫くして元の服に着替えたエドウィンが戻ってきた。
「ユリウスさんにクララさん、演武、見てくれてありがとうございました」
「エド……君の演武、素晴らしかったよ」
「武道演武の動画、ユリウスさんにも送ったわよ」
「これでいつでも君を見ることができる」
「え……」
ユリウスに熱っぽい目で見つめられた上、マリルーの動画送信が追い打ちになって、エドウィンの顔がはっきりと赤くなった。
「は、はは……」
「……さあて。焼き菓子も完売したことだし。学園祭が終わるまで私もちょっと観てまわりたいな~! 誰か一緒に来てくれない?」
「俺、行くよ!」
ぎこちなく笑い固まるエドウィンがさすがに気の毒に思えてメイが声を上げると、彼女の提案を渡りに船、とばかりにエドウィンが手を上げ、『私も!』とクラリッサが言い、必然的に保護者のユリウスも、一人残されるのは嫌とばかりにマリルーも一緒に行くことになり、皆で学園祭を最後までめいっぱい満喫したのだった。
こうして。学園祭の喧騒の中で起こった小さな事件は、エドウィンの冷静さと推理力によってすぐに解決へと導かれた。
今日もハーバータウンと、双子が通うキャンパスは平和である。
~第四話 終わり~




