第三話「消えた苺と灯台の約束」
麗しき国レジェリアの首都リーガル・シティの南方にある港街ハーバータウン。その街の住宅街の一角に武術道場“タオ”はあった。タオの師範であり、エドウィンとマリルー、双子の祖父であるモーガンは身長180cmほどの頑強な体躯を持つ70歳の老人で、引き締まった体と武道家らしい威厳のある佇まいをしている。顔が広く、ハーバータウンの住人からも慕われ、頼りにされる存在だった。
そのモーガンがある夜、武道場の隣にある自宅で亡き妻メレーヌの蔵書を整理していたところ、彼女が愛読していた古い詩集からパラリと黄ばんだメモが床に落ちた。
「むう……?」
モーガンが拾い上げると、そこにはシンプルな言葉だけが書かれていた。
『上から3、左に7』
それが何を意味するのか。メレーヌは謎かけや暗号遊びが好きだったが、彼女が逝ってしまって既に数年が経つ。
「はて……?」
モーガンが考え込んだ、そのとき。彼のスマホがメッセージの受信を知らせた。
翌朝。きっと朝稽古をしているだろうと思ったモーガンが武道場を覗くと、やはり孫のエドウィンはいた。
「エド。昨夜グレアムから連絡があった。“わけあり品”の苺がある、と」
モーガンはエドウィンに昨晩のメッセージを伝えた。グレアムというのは郊外にあるアンドルー農園のオーナーで、モーガンとは古い友人である。形が歪だったり大きさが不揃いだったり疵があったりと市場に卸せない果物を、昔からルビーに安く譲ってくれていた。
「わかった。今日は日曜日だし、後でルーと一緒に行ってくるよ」
エドウィンが答えるが、モーガンは少し考えて。
「むう……今回は儂も行くことにしようか。久しぶりにグレアムの顔も見たいしのう」
「そう? じゃあ三人で行こっか」
エドウィンはにっこりと笑った。
モーガンはエドウィンが朝稽古を終えるのを待ってグレアムに『今から向かう』とメッセージを送った後、自身の愛車であるグレーのセダンの後部座席に双子を乗せ、自らが運転して20分程の距離にある郊外のアンドルー農園へと向かった。
海沿いの道を走る途中、青空を背景に立つ白い灯台を通り過ぎる。古くからある、街のシンボルとも言うべき灯台だった。
程なくして、モーガンたちはアンドルー農園に着いた。だが……
家の前で待っていたらしいグレアムが暗い顔をしているのに違和感を覚える。
「グレアム!」
「やあ、モーガン。エドにルーも。会えて嬉しいよ」
「「こんにちは」」
モーガンが車を降りて呼び掛けると、グレアムは挨拶した後、言いにくそうに口を開いた。
「……実は、困ったことになった。あんたたちに渡すつもりだった“わけあり品”の苺が、さっき倉庫を見たら消えていたんだ」
「「えっ!?」」
「何?他に被害は?」
「それが……市場に出荷する商品は盗まれちゃいない」
グレアムは頭を掻いた。なくなったのはあくまで規格外の果物だけ。
「通報するレベルの被害ではないし、どうしたものかと思ってな」
「グレアムさん、差支えなければ盗難現場を見せてもらえませんか?」
「ああ。構わない」
グレアムはエドウィンのオファーに頷いた。
「これは……」
グレアムに案内された農園の片隅にある倉庫の中を見たエドウィンは奥の窓に注目した。
「この低い位置にある窓、開閉が容易な場所だ。そしてこの足跡……侵入者のものでしょう」
「ふうむ……その窓はあまり気に留めてなかったな……」
「この農園はハーバータウンの東端です。街から農園に来るには海沿いの道を通らなければなりません。そしてここに来る途中にはコンビニがあり、防犯カメラが設置されているのは誰もが知っています。映るとわかっていて、わざわざこの農園を狙うとは考えにくい」
エドウィンはグレアムに説明し、続ける。
「……となると、自ずと対象は絞られます。コンビニより東側に住む人たち……グレアムさん、近隣の住人について教えてくれますか?」
「近隣の住人といっても……コンビニ以東には一軒も……」
グレアムは少し考え込んでいたが。
「……そう言えば、近くにある道沿いの古い空き家が最近になって、家も身寄りもない者が集団生活をする福祉施設ヴィスタとして改装されたらしい。詳しくは知らんが……」
「福祉施設……」
マリルーはピンときた。一人では生活できない人々が集まって暮らす小規模な施設が、最近ハーバータウンにもできたと配達先で聞いたのを思い出す。何でも食事は栄養を満たせる最低限しか出ず、菓子はもちろん果物さえも滅多に口にできないらしい。
――そんな彼らが果物食べたさについ“わけあり品”を盗んでしまったとしたら?
「……状況証拠から考えて恐らく、彼らが犯人なのではないかと思いますが……わけあり品“だけ”を盗ったのは、農園に損害を与えるつもりはなかったからでしょう」
マリルーが自身の推理を述べるとモーガンは少しの間、考え込んで……静かにグレアムに尋ねた。
「グレアム。ヴィスタの人々に、仕事を与えてやれないだろうか」
「仕事? ここは老い先短い老人の農園だぞ」
「儂の道場に通う者の中には、この地域の行政や福祉に関わっている者もいる。彼らと話をして、ヴィスタの者たちを繁忙期の労働者として受け入れては? 規格外品の選別や、収穫の手伝いなど、仕事はいくらでもあると思うが」
モーガンが武術道場による地域社会との繋がりを利用した解決策を説く。
「そうすれば彼らは盗みではなく、正当な労働の対価として農作物を受け取れる。お前は人手不足の解消になる」
グレアムはモーガンの提案に深く頷いた。頑固一徹な彼だが、人情味は厚い。
「……分かった、モーガン。行政に相談してみよう」
「ありがとう」
モーガンたちは安堵し、笑顔でグレアムに礼を言った。
*
数日後の夕方。再びグレアムから連絡があった。
「“わけあり品”の苺が用意できたそうじゃ。儂が取りに行こう」
モーガンが双子に伝え、出掛けようとしたところ。
「じいちゃん、俺も行くよ。ヴィスタの人たちや農園のその後のことを知りたいから」
「私も」
「おお、そうか。では家族でドライブに行くとするかのう」
モーガンは前回の訪問時の孫たちの活躍を思い、頷いた。
農場では身体障碍者や見るからに虚弱そうな人たち数人がそれぞれ作物の収穫や選別に携わり、生き生きと働いていた。
モーガンたちの姿を見とめてグレアムがトラクターを停めて降り、その厳つい顔を緩ませる。
「やあ、モーガン、エドにルー」
「「グレアムさん、こんにちは」」
「やあグレアム。上手くいったようだの」
「ああ。あんたの助言のおかげだ。農場は以前より良くなったよ。今回は感謝の気持ちとしてお代はいらない。持って行ってくれ」
とグレアムは用意してあった木箱を身振りで示した。見ると、中には形も大きさもまちまちな“わけあり”苺がぎっしりと詰まっていた。
「おお。それなら、ありがたくいただこう」
モーガンはグレアムに礼を言って苺をもらい、彼に別れを告げた。
三人が帰途に就く頃には、空は茜色だった。双子は後部座席に並んで座り、モーガンが車を運転していたのだが。
「あの灯台を見ると、何だか心が落ち着くのよね。……ねえ、エド」
遠く前方に現れた古びた灯台をマリルーは車窓から眺め、呟いた。夕陽が彼女を美しく彩っている。
「ん? なんだ、ルー」
「ルビーの新作お菓子、作ろうよ。街の象徴の灯台をイメージした、ホワイトチョコでコーティングした細長い形のクッキーとか」
「チョコでコーティングはいいアイデアだな。食べるときもポロポロ崩れないだろうし。」
「ふふ、そうね」
二人の会話を聞くともなしに聞いていたモーガンだったが、エドウィンの言葉に何かが引っ掛かった。
――『ポロポロ崩れ』る?
運転しながら一瞬、岬の古びた灯台へと目を遣る。そのとき。彼の中で閃いたものがあった。
「もしや……」
岬の灯台は彼が若かりし頃、妻メレーヌとよくデートした場所で、灯台の周囲には煉瓦塀があった。
「エド、ルー、ちょっと寄り道してもいいかの?」
「いいよ」
「いいわよ」
二人がほぼ同時に答え、モーガンは灯台へとハンドルを切った。
近くに車を停めて降り、三人で白い壁がオレンジ色に染まる灯台へと向かうと、灯台を囲むようにところどころ崩れた低い煉瓦塀があった。その煉瓦塀を見て、モーガンの頭に当時の記憶が鮮明に蘇る。若きモーガンはスポッと抜けてしまう煉瓦をこの塀に偶然見つけた。それはこの塀を作った大工の遊び心だったのだろう。そしてその抜いた煉瓦の下に位置する煉瓦には浅い長方形の窪みがあり、厚みのないものなら隠せるようになっていた。
モーガンは煉瓦塀の前で立ち止まり、妻の詩集に挟んであったメモの数字を思い返す。
「上から3、左に7……」
彼は煉瓦塀の端から左に7つ数え、上から3つめの煉瓦を押してみた。
ゴト……
煉瓦は重い音とともに、向こう側へと落ちた。記憶の通り、下の煉瓦には長方形の窪みがあり、そこには油紙に包まれた封筒があった。モーガンはそれを慎重に取り出し、開ける。
中には、妻メレーヌの直筆の手紙が入っていた。懐かしく優しい彼女の手蹟にモーガンの胸が熱くなる。
モーガンへ
この手紙をあなたが見つけるときには、もう私はあなたの傍にはいないのでしょうね。
この灯台で、あなたが私にプロポーズしてくれた日からちょうど四十年。私にとって、この四十年は宝物のような時間でした。
あなたにはいつだって幸せに笑っていてほしいから、これをプレゼントします。開けたら、すぐに笑ってね。
永遠に愛しているわ。
あなたのメレーヌより
モーガンは手紙を読み終えると、そっと目を閉じた。鼻の奥がツンとして目頭が熱くなる。それでも孫の前で泣くのを堪えて封筒の中を確認すると、二枚の写真が入っていた。
一枚目は若き日のメレーヌが、モーガンがいる武道場の裏庭で、楽しそうに笑っている写真。そして二枚目は……
「何だ、これ」
「うわ、ケッサク……」
エドウィンとマリルーが写真を覗き込み、思わず笑いを堪える。
二枚目の写真は、モーガンが武道の稽古で派手に失敗し、四つん這いになっている瞬間を写したものだった。当時の若くてやんちゃだったモーガンの姿が滑稽で、思わず力が抜ける。
「まさか、この時の写真を残していたとは……」
モーガンも思わず苦笑し、やがて声を出して笑った。
「ばあちゃんは、ユーモアがある人だったよね」
「ほんっと、最高~~!」
双子が優しい目で祖父を見つめる。モーガンは手紙と写真を丁寧に封筒に仕舞い、胸ポケットに仕舞った。
「……さて、そろそろ行くとするか」
外した煉瓦を元に戻すとモーガンは踵を返した。
『準備中』
ルビーのドアに掛けられた札にはやはりそう書かれていた。わけあり苺をメイに届けてから自宅へ戻ろうと思い、寄ったものの、時計を見るともう6時で、閉店時間の5時をとっくに過ぎていた。
「でもメイのことだからワンチャンいるかも」
そう言ってマリルーが電話すると、幸運にもメイはまだ店にいてドアを開けてくれた。そして三人は今日の戦利品である“わけあり苺”を無事に届けたのだった。
*
週末。コーヒーショップ“ルビー”の厨房は甘い香りに包まれていた。大鍋でアンドルー農園からもらった大量の“わけあり苺”を煮込みながら、メイが大きな木べらで間断なくかき回す。メイの傍にはエプロンをしたエドウィンとマリルーがいて、彼女の作業を見守っていた。恒例の“メイの料理教室”である。
やがて。苺が煮詰まり、トロトロのジャムができる。
「さあできたわ。粗熱が取れるまでコーヒーでも飲みましょ♪」
メイが二人にぱちん、とウィンクした。
三人で店のカウンター席に移動して他愛のない話をしながら、コーヒーをいただいているとメイが嬉しそうに。
「今回は本当にラッキーだったわ。わけあり品を無料でもらえるなんて」
「ああ。盗難事件が起きたって聞いたときは驚いたけど、事後処理も含めてその場で解決できてよかったよ」
「おじいちゃんが一緒だったのもよかったのよね」
双子が軽く笑う。
「……けれどよかった。ヴィスタの人たちも仕事が見つかって、農園も人手が増えて。」
メイがコーヒーカップを両手で包むように持って感慨深く呟く。
「彼らもきっと、私みたいに自分の足で立てるようになるわ」
「「……」」
エドウィンもマリルーも、アルマから店を任せられるまで、メイが人一倍努力してきたことを知っている。その努力が誰にでもできるかというと、そんなことはないと思うのが本音だったがそれでも。
「ああ。そうだな」
「そうね」
二人とも微笑んでそう答えた。
暫くして。できた苺ジャムは店のランチセットのために、あるだけの冷凍用保存容器に詰められるだけ詰めて冷凍し、余ったものは小売り用として保存瓶に入れて脱気しラベルを貼った。
「ルー、これは自宅用。家族皆で食べて? あとは……」
メイは瓶の一つを取ってマリルーに渡すともう一つを悪戯っぽい笑顔でエドウィンに差し出した。
「エド。一つユリウスさんに送ってあげたら?」
「え? ……あ、まあ。何かとお世話になっているから、な。メイがそう言うなら送るよ」
エドウィンがスマホを取り出してジャム瓶の写真を撮ると、メッセージとともに送信する。
Edwin:ユリウスさん、こんにちは。アンドルー農園の苺で作ったジャムです。いつもお世話になっているお礼に送りますね。
数秒後、ユリウスから電話がかかってきた。スピーカーモードにしたエドウィンのスマホから、焦れた声が響く。
「エド! また宅急便か! そのジャムを塗ったパンを君と一緒に食べるのでなければ意味ないだろう!?」
「? ユリウスさん、お忙しいでしょうし、宅急便が一番早く届きますよ!」
エドウィンの返答に、マリルーとメイは苦笑いした。
かくして。海風と波の音の中で、岬の煉瓦塀に隠されていたメレーヌの謎はモーガンによって解かれた。
ハーバータウンの古い灯台は、今日も静かに街を見守っている。
〜第三話 終わり〜




