第十一話「冬の首都」Ⅲ 魔法のお菓子
家政学部は日本独自の名称ですが、管理栄養士の資格が取れる学部は国ごとに名称が違うので、わかりやすく家政学部にしました。
「さあ! 皆が揃ったところでプレゼントを開封するわよ!」
昼食後にアルマが元気よく宣言し、皆がリビングのツリーの許に集まった。ギフトタグを確認してツリーの下に置かれた自分宛のプレゼントを取ると、メイからのプレゼントにメッセージカードが添えられているのに気づき、ベネット家の人々はまずメッセージカードを開いた。
モーガンさんへ
夏は焼き菓子の配達を助けていただき本当にありがとうございました。モーガンさんの温かさにいつも救われています。メリークリスマス!
メイより
トーマスさんへ
この度はベネット家のクリスマスの団らんに温かく迎えて下さり、ありがとうございます。とても幸せです。メリークリスマス!
メイより
アルマさんへ
高校時代からずっと支えて下さり、ありがとうございます。ルビーを大切に守っていくことが私の恩返しだと思っています。メリークリスマス!
メイより
エドへ
いつもさりげなくフォローしてくれてありがとう。エドがいると、とても心強いです。これからもよろしくね。メリー・クリスマス!
メイより
ルーへ
私を孤独から救い出してくれてありがとう。ルーは私の最高の親友です。あなたと出会えて本当によかった。大好き! メリークリスマス!
メイより
「もう、メイったら泣かせないでよ」
アルマが鼻を啜り、他の四人もメイからの心の籠ったメッセージに感激しながら、皆で一斉にプレゼントを開封する。モーガンから夫婦にオリーブオイルのセット、双子とメイにギフトカード、双子からは毛糸で片足ずつ編んでセットにしたベッド・ソックス、モーガンへトーマスから湯たんぽ、アルマから手編みのニットカバーをセットで、メイへは夫婦でキャメルのカシミヤマフラー、アルマから双子へグレーの手編みのビーニー、トーマスからはギフトカード、メイからベネット家の面々に、それぞれの好みに合わせたコーヒー豆のブレンドと二色の毛糸で編まれたストライプのカップコージーが贈られた。
皆がプレゼントを見て顔を輝かせ、『ありがとう!』と言い合ってハグをする。とても幸福な時間だった。
午後は皆でクリスマスディナーの準備をすることにした。昨日の午前中の買い出しで今夜の夕食分も買い込んでいたため、早速調理に取り掛かった。
前菜にカプレーゼ、スープはポトフ、主菜のローストチキンにラザニア、マルゲリータピザ、デザートのヨーグルトムースと一通り作って行く。
「これで準備は万端ね!」
アルマが出来上がった料理を見て満足そうに頷いた。
クリスマスディナーで大人はホット・アップルサイダー、お酒が飲めない年齢の三人にはスパークリング・アップルサイダーが用意され、美味しい料理と飲み物に皆、心もお腹も大満足したのだった。
*
翌26日の午前の朝食後。
「メイ、今からジンジャーブレッドクッキーを一緒に作らない?」
「は……はい、ぜひ!」
アルマが提案し、メイは勢いよく頷いた。
双子が掃除と洗濯をし、モーガンとトーマスがリビングで寛ぐ中、キッチンでアルマに見守られながら、メイは次々と材料を入れては混ぜてを繰り返し……
「ここでジンジャーパウダーとシナモンパウダー、カルダモンとオレンジピールをこのメモの量、加えて?」
「はい!」
「よく混ぜたら生地を伸ばして」
「は……はい!」
スパイスを混ぜた生地を薄く伸ばし、冷凍庫で冷やし固めてから、型抜きしてオーブンで焼いて。
「アイシングを描いたら完成よ」
そしてついに、見る人に微笑みかける、たくさんのジンジャーブレッドマンが完成した。
午後になり、家にずっと籠っているのに退屈してきたエドウィン、マリルー、メイの三人は都心のクリスマス・マーケットにやってきた。広場には多くの屋台が立ち並び、マーケットの目玉である仮設のスケートリンクの氷が冬の柔らかな陽光を浴びて宝石のように輝いていた。リンク内は多くの親子連れでかなり賑わっている。
「わあ、素敵……! ハーバータウンにはない光景ね」
吐息を白く弾ませながら、メイがスケートリンクを見て感嘆の声を上げる。ハーバータウンにも冬季限定のスケートリンクはあるが、港の倉庫の中に設置されるため、首都の燦燦と降り注ぐ冬陽の下のスケートリンクはメイたちには眩しく映った。
「受付は向こうだ」
「あら? エド、あれを見て。あの子、一人で座っているわ」
エドウィンがチケット売り場に向かおうとしたとき、マリルーが指さした先へ目を向けると、噴水の縁にあるベンチに五歳くらいの少年が一人で座っていた。周りは観光客や家族連れで賑わっているが、彼だけがぽつんと取り残されたような違和感を放っている。
「……行ってみよう」
エドが答え、三人が近づくと少年はひどく怯えた様子で、右手にだけはめた赤い毛糸の手袋を、もう片方の素手でぎゅっと握りしめていた。
「ねえ、ボク。一人なの? パパやママは?」
メイが視線を合わせて優しく問いかける。少年はびくりと肩を揺らし、口を固く結んだまま視線を落とした。
「! 二人とも、足元を見てみろ」
エドウィンが鋭く指摘する。少年の足元には、取っ手が引きちぎられた百貨店の紙袋が転がっていた。中身は空だ。
「一体、何があったの?」
「……ママが、バッグと買ったものを盗られて、それで、追いかけて行ったの」
マリルーの問いに少年がようやく小さな声を漏らした。
「どの方向に行ったかわかるか?」
エドウィンが少年の前に膝を追って目線を合わせて尋ねると。
「……あっち」
少年が広場の入り口の方を指差す。
「よし、行こう」
「メイ、この子をお願い」
双子はそう言うとすぐに駆け出した。残されたメイは、小刻みに震える少年の隣に座った。
「大丈夫よ。あのお兄ちゃんはとっても強いんだから。それに加えてお姉ちゃんもいるから安心よ」
メイは自分のバッグから今朝、アルマと一緒に焼いたジンジャーブレッドクッキーを取り出した。丁寧に包まれた袋を開けると、シナモンとオレンジピールの香りが冬の冷気の中にふわりと広がる。
「これ、魔法のクッキーなの。食べると勇気が出るわ」
少年の鼻先がぴくりと動き、おずおずと手を伸ばした。自分に微笑みかけるジンジャーブレッドマンのクッキーを一口齧ると、スパイスの刺激と甘みが少年の頬を緩ませた。
「……おいしい」
「そう、よかった。ママもきっとすぐに見つかるわ」
メイは少年の手袋をしていない方の手を、自分の両手で包み込んで温めた。
十五分後。息を切らせたエドウィンとマリルーが、一人の女性を連れて戻ってきた。
「ママ!」
「ダニー!」
駆け寄った女性は、少年を見るときつく抱き締めた。
事の顛末は、双子が少年の指し示した路地の先で黒いジャンパーを着た男と少年の母親がハンドバッグを取り合っているところに出くわし、二人を見て逃げようとした男を追いかけ、エドウィンが取り押さえた。マリルーは近くにいた巡回中の警察官を呼びに行き、男を引き渡したという。
「……ありがとうございます。バッグを盗られたもので思わず追いかけたのですが、この子に不安な思いをさせてしまいました。本当に、ありがとうございました」
何度も頭を下げる女性の傍らで、少年はまだメイから貰ったクッキーを大事そうに持っていた。
親子と別れた後、双子とメイは三人でスケートをした。子供たちで混んではいたが、明るい冬陽の下でのスケートはそれだけで楽しかった。最初はぎこちなかったものの、段々と慣れてきて気持ちよく滑られるようになる。
「きゃっ!」
「大丈夫?」
「あ……ありがとう」
そんな中で危うくバランスを崩しそうになったメイを体幹のしっかりとしたエドウィンが咄嗟に支えると、彼女は少し赤くなって小さな声でお礼を言った。
転んでいる子供を助け起こしてあげたりしながら、最後は三人で手を取り合って滑り、小一時間ほど滑った後、三人はリンクから出てレンタルしたスケート靴を返した。
スケートの後は屋台でソーセージを買って食べ、温かいベリージュースを買って飲みながら雑貨屋を覗いたり、広場をぶらぶらと散策したりした。ジュースが入っていたマグカップはその年限定のデザインで、そのままお土産として持ち帰ってもよかったため、三人とも飲み終わったカップをハンカチで包み、コートのポケットに入れた。
夕暮れ時になり、豪華なイルミネーションが点いて広場を彩る。暗くなり始めると、派手な格好をした若者のグループや、手を繋いだカップルたちが広場に増え始めた。
「混んできたし、そろそろ帰ろうか」
「そうね。母さんが夕飯にビーフシチューを作るって言ってたし」
エドウィンとマリルーのそんな会話とともに、三人は賑やかさを増していく広場を後にして、冷たい夜風に頬を撫でられながら駅へと向かう。
「やっぱり、どこへ行っても事件はあるものね」
マリルーが伸びをしながら言う。
「どこにいても俺たちのやることはあまり変わらないな」
「エド、ルー。二人とも、あんなに迷いなく動けるなんて、すごいよ。……私はあの子の傍にいることしかできなかったのに……」
「あの子が落ち着いて待っていられたのはメイのおかげさ。」
「あの子、メイのクッキーを大切そうに持っていたわね。」
双子が口々に言い、微笑む。
やがて街の街灯が一斉に灯り、光の都はさらなる輝きを増していく。家族が待つ暖かなベネット家の食卓へと、帰る三人の足取りは軽かった。
*
『せっかく首都に来たのだから、明日は私の母校を訪ねてみる?』
昨夜の夕食の席でアルマが提案し、今日三人はマンションから電車で数駅の所にある彼女の母校・ウィスタリア大学のキャンパスを訪れた。ここはかつてアルマがパメラ、サリーと共に学び、管理栄養士の資格を取得した場所である。
「冬休み中だけど、中に入れるのかな……」
少し不安げなメイの言葉通り、大学の正門は固く閉ざされていた。だが脇にある通用路は開いており、そこには『散策される方はこちらからお入り下さい』という近隣住民向けの看板が立っていた。ウィスタリア大学の構内は地域に開かれた公園でもあるようだ。
「中に入れるようね。行きましょう」
マリルーが足を踏み入れ、エドウィンとメイも続いた。歴史を感じさせるレンガ造りの校舎が並ぶキャンパスは冬期休暇のため、静まり返っている。その静寂がかえって“かつてのアルマたちの足跡”を想像させる特別な空間を作り出していた。
「ここが、母さんたちの通った大学……」
「静かすぎて、何だかタイムスリップしたみたいね」
双子が周囲を見渡しながら話す。冬休みでキャンパスに学生たちの姿はないが時折、大きなリュックを背負った研究員らしき人や、犬の散歩をする老夫婦とすれ違った。
レンガ造りの重厚な講義棟が並ぶ中で三人は、一際モダンなガラス張りの建物を見つけた。
『家政学部棟は比較的新しい現代風の校舎よ。私はそこの調理実習室で、白衣を着て夜遅くまでレシピの試作をしていたわ』
「あそこが家政学部棟ね」
とマリルー。
『管理栄養士の試験に合格するために、パメラ、サリーと図書館に籠って猛勉強したのよ』
「向こうにある白い壁の建物が図書館だな」
エドウィンが二階建ての広い建物を指差す。
「あそこで猛勉強されたのね」
「今の母さんからは想像できないけど」
尊敬の眼差しを図書館に向けるメイにエドウィンが苦笑いする。
「……だから、アルマさんの作るお菓子はあんなに正確なのね。ここで基礎を学んだから……」
メイは彼の言葉が聞こえなかったかのように、ただ感動していた。
「メイは母さんから習っただけで正確なお菓子を作るんだから、十分すごいわよ?」
マリルーがふふ、と笑う。
それから三人は冬の今は枯れているが、ミントやラベンダーの名札が土に差してある、キャンパス内にある小さなハーブガーデンの横を通りかかった。冬の土の冷たい香りがするが、夏にはここがミントの香りでいっぱいになるんだろうなと想像する。
ハーブガーデンを通り過ぎた三人は学内の並木道を歩いて行く。
『あなたたちに一つのミッションを与えるわ。大学の中で私のお気に入りのベンチを探して。大きな樫の木が目印よ』
「あ、あそこかしら?」
メイが見つけたのは、大きな樫の木の下にある、少し古びた木製のベンチだった。
「この樫の木が一番大きいから、きっとこのベンチがそうね」
『よく晴れた日はいつもそこでパメラやサリーと一緒に昼食を食べたわ。ベンチを見つけたらママが作ったランチ、食べてもいいわよ~?』
「よし、母さんの言っていた場所を見つけたことだし、ここで昼食にしよう」
茶目っ気たっぷりに言った母の言葉を思い出してエドウィンが言い、ベンチに腰を下ろした三人はリュックから彼女が持たせてくれたランチボックスを取り出して広げた。中にはハムときゅうりを挟んだサンドイッチと、魔法瓶に入った熱い紅茶。
「美味しい……」
メイが一口食べて、小さく呟く。
「……ここで、母さんはパメラさんやサリーさんと将来の夢を話していたのかな」
サンドイッチを頬張りながら、エドウィンが呟いた。
「きっとそうね。まだ何者でもなかった頃の母さんが、ここで笑っていたと思うと不思議な気分だわ」
マリルーが空を見上げて微笑む。
「私もいつか……アルマさんのようになれるかな」
「メイならなれるわ。今だってもう、母さんみたいに“ルビー”を切り盛りしているじゃない」
マリルーがメイの肩を抱き寄せ、二人は笑い合った。
「……アルマさんは、ここからずっと歩いてきた……道は繋がっているのね」
メイが手の中の温かい紅茶のカップを見つめて呟く。今はまだ見えない未来に少しだけ不安を感じつつも、隣にいる親友と幼馴染の存在が、メイの心を温かく支えていた。
(Ⅳに続く)




